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閉鎖戦術級魔導征圧者決定戦 #29 終

 

 しばらくして笑いを納めたウィバロが、威力を帯びた視線をレンシルへ叩き付ける。
「意趣返しか。三年前の意趣返しのつもりか」
 身を震わせ、くつくつと笑動を噛み殺す。
「まぁそんなところです。すこしはわたしの気持ちがわかりましたか?」
「“死ぬ気をなくす結果”……そういうことか……」
 こらえきれなくなったのか、ウィバロは再び天を振り仰ぎ、世界すべてを笑い飛ばす。
「アーウィンクロゥ! 敗北していながら相手の気まぐれで勝ちを譲られるということが、よもやこれほど気分の悪いものとは思わなんだ! この屈辱は忘れんよ! 絶対に!」
 灼熱の激情を横溢させた怒声。その貌には生命力が満ちていた。一気に十年は若返ったような相貌。……いや、若くなったというよりは、元に戻ったとするべきか。
「三年間! 賞杯は預かっておいてやる! 次の魔法大会で、この借りは返す! 叩き潰す! 完全に! 完璧に!」
「待ってますよ。ま、どうせわたしが勝つでしょうけどね!」
 剣呑な笑みを両者は交わす。
 そして次の瞬間――
 二人とも、唐突にくずおれた。力を根こそぎ失ったかのように。地面に倒れる。
「お爺ちゃん!?」
「姉貴!」
 声を上げながら、フィーエンとエイレオは立ち上がる。
 限界だったのだ。ウィバロは喀血しているし、レンシルは意識を保つのもやっとな状態だ。お互い言うべきことを言い終えて、気が緩んだのだろう。それほど、二人の戦いは激しく、憔悴を強いるものだった。そして命をも。
「お爺ちゃん!」
 嫌だ。
 フィーエンは観客席の手すりから前に乗り出した。
 嫌だよ!
 思いが突き動かすままに、手すりに脚をかける。
「バカ、あぶねえ!」
 エイレオに後ろから羽交い締めにされなければ、二階以上の落差も眼に入らなかっただろう。もどかしい。今すぐ祖父に駆け寄りたいのに!
 かたわらで、風の流れが急激に変わった。
 ベルクァートが手すりに手を当て、構文を呟いている。すぐに手の先の空気が収斂し、安定した。透き通る結晶は、ここから舞台までをつなぐ階段の形をしていた。
「お行きなさい」
 口の端を吊り上げるベルクァート。
「あ、ありがとうございます!」
「恩に着るぜ!」
 フィーエンとエイレオは、同時に階段へ身を乗り上げ、駆け出した。
 見ると、運営側の救護班も担架をかついで舞台に駆け込んできているところだった。
 舞台を囲む六つの呪化極針によって展開される絶縁障壁は、驚いたことに赤熱して融解していた。魔導光学整流発振砲の極大威力は、魔法大会千年の歴史において一度たりとも損なわれなかった古代魔法の叡智を突き破り、観客席下の壁面に大穴を穿っていたのだ。
 その穴の角度から、ウィバロが観客たちに危険がないように射角を調整していたことを知る。最初に極光を撃った時、一旦上空に配置した円環術法によって軌道を曲げ、上からレンシルを狙わせたのも、そういう配慮があってのことだったのだ。
 唸りとともに消失した絶縁障壁を乗り越えて、フィーエンとエイレオは倒れた二人に駆け寄った。
「お爺ちゃん!」
 抱き起こす。
 祖父は、微かに反応を返した。
「……む……」
 そこへ救護班が来た。迅速に魔導師たちを担架に乗せ、移動し始める。
「フィーエン……」
「うん、なにっ?」
 フィーエンは彼らに付いてゆく。
「見たのか」
 何を、とは聞かなかった。わかっていたから。
「うん……見た。見たよ。それで、わかったよ」
「そう……か。すまんな、お前にはイシェラのことは伏せていた。過ちを知られるのが、恐ろしかったからだ。それを、謝りたかった」
「うん……」
 彫りの深い顔からは張りつめていたものが抜け、穏やかに弛緩していた。
「俺はな」
 ウィバロはわずかに苦笑を浮かべ、横を見やる。並んで運ばれながら、弟とやかましく口論しているレンシルを見やる。
「アーウィンクロゥに、感謝している。彼女と討ち合っていると、己の小ささと弱さを照らし出され、笑い飛ばされたような気がする」
「うん……そうだね」
「まだまだ死ねん。この貸しと借りは、両方返さねば腹の虫が収まらん」
 不敵に、獰猛に、魔王は笑む。
「もう、過去の幻影に惑わされるのはやめだ。思えばあれのせいで、アーウィンクロゥにとんだ狼藉を働くところだった」
 そう言って、ウィバロはフィーエンの首に掛かる呪媒石を手に取った。
「もう、この石は捨てよう」
「それは、違うと思うっ」
 急に湧いてきた衝動のままに、そう言い放った。
 ウィバロは、怪訝そうにこっちを見る。
「呪媒石に過去の情景が保存されていたことの意味について、僕も、お爺ちゃんも、もっとよく考えたほうがよかったんだね」
 呪媒石には、確かに過去の一場面が三次元的に保存されていた。だが、呪媒石とは本来古生物の化石にすぎない。情景を記録するには、何者かの意志と呪式が必要なはずだ。
 何者かの。
 ウィバロの眼が、見開かれてゆく。
「では、イシェラが……」
「察していたんだと思う。こうなることを」
 イシェラはそのために、世界を余すことなく感得し、魔導構文として再構築する術式を彫り込んだ。つまり世界の偶像とは、イシェラの伝言。そして、自身の生涯をかけた研究の成果。夢の跡。
「そうか」
 万感を込めた吐息とともに。
「俺は」
 岩の間から清涼な水が湧き出てくるように。
「ずっと気付かなかったのか……」
 ウィバロの眼から。

「動けるようになったら、墓参りに行こう。ずっと……会いに行ってやれなかった」
「……うんっ」

「決めたっ! わたし、旅にでる!」
「何ィ!?」

【完】

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