絶罪殺機アンタゴニアス 第一部 #83
――きっとわたくしは、きれいなばかりではいけないのですわ。
大きな声を出したシアラを、みんなが驚いた目で注視している。
皆、寂しそうだったから。
皆、怖がっていたから。
ここまでの温かな触れあいで、ようやく自分がどうしようもなく傷つき、疲れ果てていたことを自覚してしまったから。
だからシアラは、彼らを抱きしめ抜くと誓った。
たとえそれが、犠牲を伴うものとなろうとも。
清濁併せ呑み、そのうえでなお「清」をこそ貴いと迷いなく断言できる境地。そういうものにならなければ、この人たちは救えないのだと。
――自分や庇護対象を守るために人を殺さなければならない時、躊躇うつもりはない。神ならざるこの身に、すべての命を拾うことなど到底できないからだ。これは、わかるね?
初めて出会ったとき、アーカロトに言われた言葉が、シアラの中でようやく実感として理解された。
すべての命は、拾えない。
その大前提を受け入れない限り、誰一人救えはしないのだと。
小さな淑女は、この世の悲惨と残虐を前に泣くばかりの子供であることを、やめた。
祭壇からぴょんと飛び降り、何故か骨をかじっているアーカロトに歩み寄る。
「アーカロトさま」
「何かな。僕は見ての通り忙しいんだけど」
「わたくしを、ころしてくださいませ」
まばらに漂っていたざわめきが、完全に途絶えた。
酒精に濁った胡乱な目つきが、シアラを刺すように降り注いだ。
「……決心したというわけか」
「はい」
「自分が無力であることも、自分に差し出せるものが何もないということも、君はきちんと理解しているわけだ」
「はいっ!」
「では、はっきりと言ってくれ。自らの命を差し出す代わりに、僕に何をしろというんだい?」
シアラは、涙ぐんだ。
容赦のない人だ。
自分が死んでも言いたくないことを、言わせようとしている。
言わずに察してもらいたいという甘えを、見透かされている。
震える肺腑に、精いっぱいの息を送り込む。
そして。
「アメリさまを、いきたまま、つ、つかまえてほしいのですわ」
自分の発言に、心底から吐き気が込み上げてきた。
だが、耐えた。終わらせてはいけない。この場の誰もが感じた温かな絆を、現実の悲惨の前に潰えさせてはいけない。それだけは絶対に許容できない。
「つかまえて、それからどうするの?」
「……っ」
涙が零れた。本当に、この人は、容赦をしてくれない。
「……ねむらせて、おなかのザイゴウヘンカンキカンをとりだして、ママに――ギドさまにわたすのですわ」
「その結果、アメリクローンは十中八九死ぬことになるけど、」
「しなせませんわっ!」
「もし死んだら?」
「……うけいれて、のみこんで……せおいます」
「そのうえで、命も差し出すと」
「はい」
ふわり、と。
優しく抱きしめられる。
「良く言えたね。きついことを言わせて、ごめんね」
賭けるしかないのだ。
あの恐ろしい老婆のプランに。
頭を撫でる優しい感触に、シアラはふっと気が抜けて、声を上げて泣き始めた。
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