イスラエルの「LGBTフレンドリー」政策の嘘③
【イスラエルの「LGBTフレンドリー」政策とピンクウォッシングについて考える記事を数回にわたって連載しています。①と②はこちら↓】
第3回の本記事は、ピンクウォッシングについてホモナショナリズムという概念を使用して検討し、イスラエルの軍事占領の覆い隠しを可能にした力の作用が何であるのかを探る。
ジャズビル・プアー(クィア理論・ジェンダー学者)は2007年にホモナショナリズムの概念を考案したのち2013年に「ホモナショナリズム再考」Rethinking Homonationalismを発表している。元々ホモナショナリズムという概念は、プアーが9・11後のアメリカ社会を検討するために用いたものであったが、2013年の論考ではイスラエルのピンクウォッシングに関してもこれが当てはまることが強調されている。
ホモナショナリズム
ある国家が「性的マイノリティの権利を否定する」として他文化を批判し、自文化の優位性を主張して国民を動員する行為。具体的にはブッシュ政権下の米国のアフガニスタンへの軍事行動が「アフガン人女性を解放するため」として正当化された事例などが挙げられる。
ホモナショナリズムには、女性器割礼や名誉殺人、イスラーム教を利用した同性愛者差別など、他文化に「固有と思われる」事例については、その地域社会の後進性の証拠として、ここぞとばかりに言及し、繰り返し引用する一方、自国、自文化における性的マイノリティや女性差別に関しては沈黙するというオリエンタリズムの姿勢が見られる。また、西洋がこういったジェンダーのトピックに関する「後進性」を東洋の文化に固有なものとして見出し、東洋を他者化し攻撃するまなざしは、ジェンダー・オリエンタリズムと名付けられる。
プアーはピンクウォッシングを可能にした要因を、歴史的な要因と資本主義の機能から説明している。まず歴史的に、植民地主義は女性や子供の保護と暴力の行使を結びつけてきたが、ピンクウォッシングはこうした「『被害者』をめぐる密接なレトリックの長い伝統の内にある、帝国の/人種の/国民国家の暴力の正当化」(2013,p.338)[筆者訳]の一つに過ぎないという。つまり、ピンクウォッシングは歴史的にある地域の女性や子供を守るという正当化のもと行われてきた侵略、戦争、占領などと「女性や子供」を「同性愛者や性的少数者」に変換した同一の線上にある植民地主義の暴力の一種だという指摘である。
また資本主義の中で、同性愛者をターゲットにするツーリズムのマーケティングが「ゲイフレンドリーな目的地と非ゲイフレンドリーな目的地という談話的な区別」(p.338)[筆者訳]の上に建てられていることを例にして、ネオリベラルの妥協的な経済構造において人権概念を商業化し利益を得る「人権産業複合体 human rights industrial complex」(p.338)を批判している。そしてこのような人権概念を利用する産業が「アイデンティティ・ポリティクス、『カミングアウト』、公共的な可視性、そして立法措置を社会の前進の支配的なバロメーターと権威づける」(p.338)[筆者訳]欧米のアイデンティティ構成を増殖させていることを指摘する。
以上のプアーの議論からは、ピンクウォッシングにはイスラームやアラブ社会の文化を本質的に女性や同性愛者に対して抑圧的で後進的なものとみなすジェンダー・オリエンタリズムの作用と、女性や同性愛者の権利がどの程度可視化されているのか・国家の法律でどの程度保障されているのかという単一の視点によって人権を数値化し、そこで高得点をとっている欧米社会を先進的なものとみなすことでその優位性を確認するホモナショナリズムの作用が働いていることが明らかになる。
実際、イスラエルは中東に位置しながら、イスラームに付随して自動的に与えられる、性に対して厳格で閉鎖的なイメージという中東「らしさ」の要素を、国家の2割を占めるパレスチナ系住民(イスラエル領内に住むイスラエル国籍を与えられたパレスチナ人で、その多くはイスラーム教徒)とともに切り捨て、欧米のイスラモフォビアに便乗し、ナショナル・ブランディングを行う。このように欧米のキリスト教圏にアイデンティティの足場を移動している一方で、大使館の観光広報宣伝では中東の「エキゾチックな」街並みがアピールされているなど、矛盾した態度をとる。前々回、前回の記事でも引用した[保井,2018]はこれについて「『イスラエルが、その中身(ユダヤ・キリスト教的な民族的ルーツや気候、国民性、シオニズムといった起源が想起される)においてはいかにヨーロッパ的であるか』を強調するためである」(p.46)ことを指摘している。
イスラエルの外国向けの広報は、中東にある「にも関わらず」LGBTQの権利が侵害されていないということを宣伝することで、言外にパレスチナを含むイスラエル以外の中東が本質的に「LGBTQフレンドリー」を成し得ない土地であるという判断を下すものである。
参考文献
保井啓志「『中東で最もゲイ・フレンドリーな街』イスラエルの性的少数者に関する広報宣伝の言説分析」 『日本中東学会年報』(34−2),p.35-70,2018.
Puar, Jasbir, Terrorist Assemblages: Homonationalism in Queer Times, Durham, N.C., Duke University Press, 2007. ――― “Rethinking Homonationalism”, International Journal of Middle East Studies (45-2), p.336-339, 2013.
Y.S.
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