納屋は焼かれたのか? Was the barn burned?

 ときどき読み返す大切な本が私にはあります。その中の一冊が『螢・納屋を焼く・その他の短編』(村上春樹著・新潮社刊)です。
 収録作品の「螢」は、のちのベストセラー「ノルウェイの森」の原型で、哀愁溢れる短編です。最後の螢が消えていくシーンは、夏の終わりであり、青春の背中を見送るような心持ちになります。
 一方、収録作品の「納屋を焼く」は、かなり奇妙な短編です。この短編集の中では、この作品が最も好きです。これは、彼女と僕と彼の、ミニマムでミステリアスな作品です。彼女はホリー・ゴライトリーのようであり、彼はジェイ・ギャツビーのようであり、その中で語り手の僕は翻弄されつつ、最後まで謎を抱えたまま語り終えます。「時々納屋を焼くんです」と僕に告白した彼は、僕の近所の納屋を焼くと約束して、後日再会した僕に「もちろん焼きましたよ」とほほえみます。でも僕の近所では納屋は焼かれていないようです。そして、そのころ彼女が消えます。友達もいそうにない彼女が、どこへ?と僕は不審に思います。謎は謎のまま、僕は歳をとりつづけていきます。小さな眩暈を引き起こしてしまいそうなこの短編はクセになります。

追伸

 「螢」は長編「ノルウェイの森」となり映画化(2010年/トラン・アン・ユン監督)されました。また「納屋を焼く」も「バーニング」として映画化(2018年/イ・チャンドン監督)されました。どちらも楽しめましたが、「ノルウェイの森」が映像美も含めて原作に近かったことに比べて、「バーニング」は春樹ワールドを随所に散りばめるだけでなく、原作の大胆な解釈に驚かされました。
 『螢・納屋を焼く・その他の短編』文庫本56頁に、僕が「フォークナーの短編集」を読んでいるシーンがあります。最初(昭和59年に単行本を)読んだときは気づかなかったのですが、フォークナーにも「納屋を焼く」という短編があります。実際に私はその作品を10年ほど前に読んでみましたが、ものすごく暗い読後感だったということを覚えています。ちなみに『村上春樹全作品 1979~1989 ③』にも「納屋を焼く」は収録されています。しかし「フォークナーの短編集」は「週刊誌を三冊」になっています。実に興味深い(ここは湯川学みたいに読んで)。

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