不揃いな縫い目 Ragged seams

 先週、再就職先の説明会に参加して、制服のサイズ確認がありました。早速、先週末、自宅に制服が届きました。帽子(キャップ)、上着、シャツ、ズボン(今ふうに言えば「パンツ」ですが、どう見ても「ズボン」という感じ)。そして、ズボンのお尻のポケットには、アイロン熱圧着式の裾上げテープが入っていました。
 私は若いころから、スーツや制服を着る仕事を避けてきました。スーツや制服を着ている人や、スーツや制服を着てする仕事に、偏見があるわけではありません。単純に私には似合わないからです(少なくとも私自身は長年そう信じています)。私が目指して実際に辿り着いた仕事は、ライター(コピーライティングから取材編集ライターまで、何でも書きまくっていたライター)だったので、服装に関しては自由度がかなり高くて、99%普段着で大丈夫でした。ときどきインタビューするときに普通の地味なスーツを着ましたが、そういうときは他人みたいで、妙な気分で一日過ごしていました。
 今度は何と制服です。まさかこの歳で制服に再会するとは思っていませんでした(高校以来です)。といっても先週末に届いた制服は実質的には作業着なので、堅苦しさよりも動きやすさが重視されています。
 再就職先の会社名が刺繍されている作業着を手に取ってみると「これを着ている自分が想像できない」という自分を発見しました(おいおい俺、大丈夫か? 逃げるなよ)。去年の今ごろは、ある中小企業の社長さんをインタビューしていました。社長さんは「土木関係だから待遇を良くしても人が集まらない」と嘆いていました(コロナ禍でどう変わったのだろう?)。
 去年のことを今という時間の中で、ぼんやり思い出していると「私の知らないどこかの時間で、線路のポイントが音もなく切り替わっていたんだ」ということ実感しました。薄ら寂しいような、残念で少し悔しい気もしましたが、同時に、ほっとしている自分もいます。
 この国はどうなるのだ? コロナ禍で、失業者が増えている(自殺者はどうなる?)。最低時給は上がらない(ワーキングプアが増える?)。国の補助は、いつまでも続かない(倒産・廃業が増える?)。それでも、何とかみんな懸命に生きている(そこに参加していく俺)。先日、職安に行きましたが、そこには暗い吐息が充満していた(俺は、そこから脱出できたのか? 何となく抱く、この後ろめたさの意味は何?)。弱者はますます叩かれ、強者はますます……(きっと強者は弱者のことなど眼中にないんだろうが)。
 話を作業着に戻しますが、ズボンのお尻のポケットにあった「裾上げテープ」。そうか、裾上げが必要なのか。私は決して不器用ではありませんが、万一「裾上げテープ」で裾上げを失敗したら、と考えてしまいました。沈思黙考の末、結局、手縫い(!)で裾上げをしました。見事に不揃いな縫い目でしたが「まあいいか」という感じです。マンションの居住者は誰も、マンション管理人の作業着のズボンの裾上げの不揃いな縫い目など、見ていないでしょうからね。
 この不揃いな縫い目そのものが、今の自分なんだろうと思います。若い頃の私なら、すべてほどいて完璧な縫い目になるまで、何度でも、何度でも、何度でも、何度でも、縫い直しただろうと思います。でもまあ、若くもないわけで。そろそろ、その精神的なポイントも切り替えないと。「まいいか」的な自分に向かうためにも。

追伸

 再就職先の指示で「白い運動靴は各自用意」とのこと。白い運動靴など、いつ以来だろう? どう考えても汚れるのに、なぜ白なのだ? イメージ戦略か? 汚れたら洗えということなのか? ニューバランス996を横目で見ながら、コスパに優れたユニクロ(コットンキャンバススニーカー新作)を買いました。こだわりも大事ですが「まいいか」も大事ですから。


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