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黒猫中隊~冷戦&米中関係に翻弄された台湾空軍のアンサング・スコードロン③

こんにちは、黒熊です。
前回に引き続き、台湾空軍に存在した極秘の偵察飛行部隊「黒猫中隊」について解説します。今回でひとまず完結となります。

ドキュメンタリー映画「疾風魅影 黒猫中隊」と相次ぐ情報公開

その後、台湾は1990年に「動員戡乱時期臨時条款」廃止により1948年より続いてきた戒厳令を解除し民主化を促進。「アジアの工場」「四匹の昇竜」(韓国・香港・シンガポールと並ぶ新興工業地域~NIES)と呼称されるなど目ざましい経済発展を遂げました。

一方、1996年台湾総統選挙に呼応して、中国人民解放軍(PLA)が台湾近海での弾道ミサイル発射と軍事演習を以って威嚇する「第三次台湾海峡危機」が起こりました。以後の中国は経済発展に伴う国力増大と共に、台湾へ政治・経済・軍事面で圧力をかけ続けるようになり、今日に至ります。

時代の流れの中で、台湾国内において忘れ去られようとしていた「黒猫中隊」でしたが、再び注目を脚光を集める出来事が起こります。

2016年、桃園市政府が2013年に閉鎖となった桃園基地(2007年~13年の間は海軍が運用 ※後述)施設跡地を「史跡保存地域」に指定し、公園緑地と歴史文化施設へと再開発する計画を発表しました。
(以下、台湾文化部WEB「再造歴史現場工程~前空軍桃園基地傳奇」)

(《鐵翼榮光》前空軍桃園基地設施群主題影片 -YouTube)

更に2018年、かつての「黒猫中隊」の軌跡を辿り、当時の作戦行動に従事した隊員や米国側関係者の証言をもとにしたドキュメンタリー映画「疾風魅影 黒猫中隊」が公開され、台湾・米国で大きな反響を呼びました。
これら一連の出来事が台湾国内の関心を集めるきっかけとなり「黒猫中隊の活躍を顕彰し、きちんと後世に伝えていこう」という機運が国内で高まったのです。

しかし、高まる関心にも関わらず、台湾国防部は「黒猫中隊」に関連する情報の公開には依然として及び腰です。現状の国防部公式見解としては「これまでに発表・公開されている情報を参照して欲しい」と述べるにとどまったままです(台湾空軍公式WEB、コラム「黒猫中隊」)

また、米国政府でも同部隊およびCIAが当時行っていた「剃刀工程」作戦に関しては、未だ情報公開されていません。米国の「情報公開法」によると、「機密資料は一般的に25年経過後自動的に機密解除され、情報開示が可能」とされています。但し同法には「例外規定」が存在しており、その例外規定として「米国と外国政府の関係、あるいは米国の進行中の外交活動に重大な害を及ぼす場合」というケースがあります。今なお米中関係、および米台関係はアメリカ外交にとって非常にセンシティブであるが故、その「例外規定」に抵触する事案として、公開が見送られていると考えられます。

更にもう一つの理由としては、米軍独自の対中偵察飛行任務は現在も継続実施されている事実があるからです(※次項参照)

「黒猫」のその後は?

「黒猫(Black Cat)」の部隊名・マークは、1974年台湾からの兵力撤収後、米国本土で再編された偵察部隊に継承されました。幾度かの変遷を経て現在は、在韓米軍・鳥山基地に駐留する第5偵察飛行隊(5th Reconnaissance Squadron)がその名を冠しています。同部隊は搭載エンジンやアビオニクス、各種センサー機器などがアップデートされた「U-2S」を装備しており、現在も北朝鮮の弾道ミサイル開発状況の監視や、中国本土に配備された人民解放軍(PLA)各戦力の情報収集を目的とした、国境スレスレの空域への偵察飛行任務を継続しています。また時折、沖縄の嘉手納基地にも飛来しています。

桃園基地はその後暫くは台湾空軍によって運用されていましたが2007年に海軍に移管された後、2013年に閉鎖されました。現在の桃園国際機場(空港)南西部には、旧桃園基地一角に存在していた「黒猫中隊」の遺構(廃墟)があります。
(※前述の通り、桃園基地跡地活用は桃園市政府や文化部主導によって再開発が進行中であるものの、PLA航空機の度重なる中台中間線越境侵犯に即応対応すべく、数年前より基地の再建と再稼働が議論されている状況です。この話題については後日別途、執筆を考えています)

また、桃園市・中壢区内に位置する「龍岡萬坪公園」内一角に「黒猫中隊紀念廣場」が設けられ、広場中央部に同部隊の功績を称える記念碑が建立されています。

「龍岡萬坪公園/黒猫中隊紀念廣場」へは、桃園機場捷運(MRT)機場線・老街渓駅、もしくは台鐵(台湾鉄道)・中壢駅で下車し、バスもしくはタクシーで南東へ5km程行く必要があります。今後黒熊も、この地を訪ね取材してみたいと考えていますので、その際は改めてレポート予定です。

まとめ

2023年春、中国から米国本土へ飛来したとみられる"偵察気球”一連の騒動。 高高度を飛行移動する気球の動向を監視し続けたのは、U-2偵察機でした。米国はU-2後継機の開発を予定していますが、まだ概念構想の段階です。当面同機の使用は継続するものとみられます。
(U-2 Air Force pilot from Beale AFB snaps selfie with Chinese spy balloon CBS News Sacramento -YouTube)

中国本土を高空から偵察を行っていたU-2機が逆に、米国本土を偵察するため中国が送り込んだ気球の監視に使用されるというのは、実に皮肉な事です。

米国が高度な機密性を持つ同機を他国へ供与した例は先にも後にも台湾のみでした。そして台湾空軍の「黒猫中隊」が遂行した作戦任務は、米CIA(空軍ではなく)との共同運用だった点など、当時の冷戦構造が生んだ極めて特殊な運用形態だったと考えます。

方や「黒猫中隊」の貢献によって、秘密のベールに包まれた中国の核兵器・ミサイルの開発と配備状況など細部に至る情報が米国にもたらされたことは、皮肉にも国交回復に向けた中国との外交交渉を進める上で重要な役割を果たしています。それ故「黒猫中隊」とは、冷戦が生んだ極めて特殊な秘密部隊であり、米中・米台関係が変わり行く中で、翻弄され続けた存在だったと言えるでしょう。

"アンサング・スコードロン”の存在が公になり、うたわれる=部隊の活動詳細が情報公開される~日とは、米中・中台間の緊張対立が大幅に緩和された時であり、その日は遥か先になりそうです。

それじゃ、今日はこの辺で。RTB.

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