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【3分読書メモ】恐怖の構造(平山夢明)を読んで

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■基本情報

書名:恐怖の構造
著者:平山夢明
出版元:幻冬舎
出版日:2018年8月
ジャンル:ホラー/心理学
読書メーター:https://bookmeter.com/books/13083121

■書籍内容(BOOKデータベースより)

サーカスのピエロを、たまらなく恐ろしく感じる症状を「クラウンフォビア」という。また本来なら愛玩される対象であるはずの市松人形やフランス人形は、怪談やホラー映画のモチーフとして数多く登場する。なぜ人間は、“人間の形をした人間ではないモノ”を恐れるのか。また、日本人が「幽霊」を恐れ、アメリカ人が「悪魔」を恐れるのはなぜか。稀代のホラー作家が、「エクソシスト」や「サイコ」など、ホラーの名作を例に取りながら、人間が恐怖や不安を抱き、それに引き込まれていく心理メカニズムについて徹底考察。精神科医の春日武彦氏との対談も特別収録!

■気になったポイント(引用文+コメント)

どれだけ人間そっくりだとしても、自我がなければ、それは人間ではありません。〈人間の形をした、人間ではないモノ〉なんです。それを我々は怪物と呼ぶんです(中略)僕はその理由を「人間に似た怪物というのは、つまるところ変容した人間、〈完全な不完全〉だからではないか」と考えています。「自分たちにそっくりでありながら、自分たちとは異なる存在」に遭遇したとき、僕たちは自らのアイデンティティーに危機を感じ、恐怖をおぼえるのかもしれません。

<メモ>我々が”人間であって人間でないモノ”を恐れる心理を説いた一文。

嫌悪は好きの手前の状態なんです。だから、ふとしたきっかけで好悪が逆転するかもしれないんです。

<メモ>まさしく「好きと嫌いは紙一重」である。あれほど嫌っていた食べ物が、年月を経たことで今度は好物に変わっていた……といった状況と同じか。

自分以外の人間、つまり集団を意識した瞬間から不安は生まれるんです。人生というのは他者との関係、相対的評価が常につきまといます。それが不安という曖昧模糊としたものを生むわけです(中略)よく知る人間が変貌していく、別な顔を持っているということは、自分が信じている日常が揺らぐことを意味します。それは人間にとって、最大の不安にほかならないのです。

<メモ>人間は社会的な生き物であるゆえ、集団に属した瞬間から”他者のとの関わり”によって不安の種が(個人差はあれど)生じてしまう。

いわば恐怖というのは二股に分かれた道、それに対して不安はだだっ広い砂漠みたいなものです。不安はいつ終わるかもわからない、どう歩いてどう逃げればよいかすらはっきりしない存在なのです(中略)恐怖の場合は闘うか腰が抜けるかの二択ですが、不安の場合は無限に選択肢があって、おまけに答えはないときている。それを振りはらうために、人は過剰な行動に出るのです。

<メモ>ホラー映画における恐怖の多くは、極端に言えば死に繋がっている(到達点が分かっている)。しかし不安は必ずしも到達点(これから何が起こるか分からない)が判明しているわけではない。

ホラーを書くときに僕が重視しているのは「各論と総論を分けて考える」ことです。つまり、なにかしら小さな部分では事態が好転するけれど、全体としては不安が残った状態……と言っても、なかなか理解しづらいかもしれません(中略)暗闇に一条の光が射していない状態では、人は一歩も動けません。そのわずかな光こそ「各論でのハッピーエンド」というわけです。

<メモ>総論:ハッピーエンド・各論:バッドエンド。「ポイントでつまむと危機は脱出したけれど、全体を俯瞰した際は後味の悪さが目立っている」。これが作者の提唱する優れたホラー映画の条件なのだろう。

【こんな人におすすめ】

・ホラー作家のクリエイティブ精神に興味がある人
・人間が恐怖心を抱くプロセスに興味がある人
・平山夢明氏のファン

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