なんとか

僕のnoteを読んだことがある方は何度目の自己紹介だよと言う感じかもしれませんが、僕は二十代のトランス男性です。
セクシャリティはまだ曖昧ですが、ゲイに近いと思います。現在お付き合いをしている方はシス男性の方です。
彼は僕のことを男性と認識し、そのうえでお付き合いをしてくれています。プライベートなことを書く気はありませんが、彼と出会ってから僕の状況も相まって僕のなかでいろいろなことが大きく変化しました。

最も変化したことは婚姻に関する考えです。
僕はトランス男性であり、今のところゲイであり、発達障害であり、人間関係の構築が下手です。性格もあまり良いとは言えず、恋人を作ることは諦めていました。しかしいざ自分に婚姻の可能性が出てくると、途端に様々な問題が浮上しました。
戸籍の性別を変更するためには、今の性別のまま結婚することはほとんど不可能なのです。(詳しくは調べてみていただきたいです)この国では現在、同性婚ができないからです。
たとえば僕が男性と結婚したいと思った場合、今の戸籍の性別なら可能です。しかし僕は戸籍を変更することができなくなります。戸籍を変更すれば、男性と結婚はできません。
現在、パートナーシップ制度というものを導入している自治体は増えてきましたが、それでも法的に夫婦となれる婚姻より効力は弱いです。
僕は、大切な人が身体的に危ない状況になった時、家族でないからとそばにいれない可能性があります。家が借りられない場合があります。異性愛者が当たり前にできることができない。とても歯がゆく、悔しいです。

もうひとつは、先述した戸籍変更についてです。
戸籍上の性別を変更するにはいくつか条件があります。僕(トランス男性)の場合、子宮を失わなければなりません。臓器をなくさなければ、僕は本来の性別で生きることは叶わないのです。そのためには200万~300万ほどの手術費がかかります。僕は発達障害でもあり、うまく働くことができず、その費用を稼げるめどがまるで立ちません。
身分証明書の女という文字を見るたび、僕は毎回吐きそうになります。その思いを生涯やらなければいけないかもしれません。こんな人生ならさっさと終わらせた方がいいと思って当然でしょう。何度も何度もそう思いました。

僕は特権がほしいわけではありません。ただ当たり前の権利が欲しいのです。幸せになりたいだけです。好きな人と生きていたいだけです。それも許されないのでしょうか。僕は人を好きになってはいけないのでしょうか。生きていてはいけないのでしょうか。当たり前の権利を主張してはいけないのでしょうか。

気持ち悪いから、理解できないから、生産性がないから、と否定するのは簡単です。人を殺すのは容易いのです。多くのトランス女性に比べたら、僕が負ってきた差別による傷は少ないでしょう。しかし、そんな僕ですら自殺したくなるほど傷ついた経験があります。今もそうです。けして健やかとは言えません。こんな思いを僕より後に生まれた性的マイノリティの子たちにしてほしくない。僕は死なずにここまで来たけど、全員ができるとは限らない。人のキャパシティはそれぞれですから。
そう思うことは偽善でしょうか。こうして僕のおかれている状況を語るのは「声がでかくてうるさい」性的マイノリティとしてうざがられるでしょうか。

別にそれならそれで良いです。僕は屈したくない。死にたくなることもあるけど、死ぬまで闘いたい。闘わなくても幸せになれるように。

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