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創造性を磨くトイ・ゲーム➀Tパズル

 デビュー記事が腰痛の話では創造性研究者として恥ずかしいので、創造性に絡む記事も増やしていこうと思う。創造性やその発露の一場面である、洞察現象(いわゆるアハ体験やひらめき)の研究というものを長いこと続けてきたが、ひらめきというのは狙って再現することが難しいため、研究題材として避けられることも多かった。創造性研究というのであれば、何もひらめきに限らず、いいアイデアを思いつくといった場面を取り上げればいいので、発明やらキャッチコピーやら俳句やらを思いつく場面を取り上げる手もある。しかし、ひらめきとなるとなかなか難しい。そんな中で、先人たちは多くの人たちが最初に行き詰り、その後しばらくしてハッと答えが浮かぶことの多い問題やパズルを見つけたり、開発したりして実験の題材に用いてきた。

 今回とりあげるのはそんな洞察現象の題材として人気のある、Tパズルというパズルだ。これを生み出したのは高名なパズル作家である芦ヶ原伸之氏で、おもちゃ売り場などでも容易に手に入る。4つのピースを組み合わせて、さまざまな形を作る図形パズルである。目標とする図形のシルエット集が同封されていて、与えられた目標図形になるよう組み合わせて遊ぶ。洞察研究ではこのパズルを与え、解く様子をビデオに撮り、解決までの時間を測ったり、試行錯誤の回数やパターンを集計、分類して分析したりする。

 このパズルは4ピースしかないので簡単そうに見えるが、そのたかが4ピースの配置がとても難しい。答えを知ってしまえば、ああそうなのか、と思えるのだが、なぜそれに気が付かなかったのかを自覚するのが難しい。下手をすれば、答えを教わって一回解くことができても、もう一度解いてもらうよう指示しても解けないことすらある。難しさのポイント(つまりは解決のポイント)を明瞭に自覚できる人も少ない。もちろんここではそのポイントは書かないが(別の記事で書くかも)、このパズルのどのパターンの問題も、基本はあるピースの使い方、図形に対する思い込みを脱却することが必要になる。この思い込みから脱却する力は、新しいアイデアや発想の転換に行きつくためには必要なことで、このパズルはそうした力の必要性に気づく良い教材にもなりうる。

 このパズルはひたすら単純にさまざまな問題パターンにチャレンジして解いていくのも良いが、可能ならば自分の解く様子をビデオに記録してみると良い。きっと解けた後に自分の行き詰っている様子をみると、「何で正解に気づかないんだよ」と、自分がいかに間違った思い込みの中で試行錯誤していたかに気が付くだろう。このTパズルを題材にした洞察の心理学研究を行った鈴木・宮崎・開(2003)は、ひらめきに至りやすい人の特性の1つとして、自分のやった試行を適切に評価できることを挙げている。自分の行いのどこまでが適切、あるいは見込みがあり、どこが的外れなのか、そうした自己評価が適切にできることが重要だとしている。

 そのことをTパズルを通して実感してもらうには、正解と同寸のシルエット図形を用意し、その上にピースを重ねるようにして問題を解くという方法がある(画像を用意したのでTパズルをお持ちの方はお試しいただきたい)。こうすることで劇的に解きやすくなる。ピースを正解のシルエットの上に重ねることで、まだ埋められていない部分、そしてはみ出してしまっている部分が目で見て分かる。これはまさに自己評価の適切さをサポートするヒントになっている。


 他にも自分の試行の評価をより適切なものに近づける方法はある。例えば、他人の力を借りるというのも一案だ。人間というのは悲しいもので、自分の間違いには鈍感なくせに、他人のアラ探しは得意だ。自分の癖は自分で気づかない一方で、人に指摘されて気付くこともあろう。他人に見てもらって自分のおかしな行動パターンを指摘してもらえばよいのだ。
 そんな都合のいいパートナーなんていない、という人もいるだろう。その場合は、自分のやったことを記録し、しばらく時間を置いて見直してみるのもよい。時間を空けて見直した「過去の自分」はもはや他人なのである。協同で問題解決する過程や効果を研究した小寺・清河・足利・植田(2011)は、Tパズルを解いている人の様子をビデオに記録し、しばらくしてから「他人の解いている様子」と偽って本人の過去のパズル解決の様子を見せた。面白いことに、自分で自分のやっていることを見直しているのに過ぎないが、それで解決につながりやすくなる。ビデオカメラがないのなら、解いている最中の思い付き、特にNG集となぜNGだと思うのかの理由などを書き残しておくのもよいだろう。これもまた、清河らの研究チーム(Kiyokawa & Nagayama, 2007)によって、考えたことの反省的な言語化が解決を促進することが報告されている。



 Tパズルを1人で徹底的に解いてみるのも良いが、せっかくなら自分の誤りや思い込みがどう脱却されていくのかを眺めてみるのも面白いだろう。解けなければ他人に見てもらい、何か癖やパターンを見つけてもらうのもいいだろう。また、先に述べたように正解と同寸の図形を置くなど、さまざまな条件下で試して効果を実感してみるのも楽しい(ただし、1回正解を見つけてしまうと同じ問題は使えないので、違う目標図形で試してみることをお勧めする)。




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