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旅の記憶 ゴルムド〜ラサ


29年前の春
僕はゴルムドからバスでラサを目指していた


バスから撮った景色 何もない荒野に電柱だけが永遠と続く

話は前の記事と少し前後します
モノクロフィルムでゴルムド〜ラサの写真があったので
本日はその写真を見ながら当時を振り返る


前の記事はこちら↓から


前の記事に書いた通り
この時の記憶は曖昧だ

当時28時間で到着する予定のバスは
結局40時間かかって目的地のラサに着いたからだ


高所のため植物はほとんど育たないから、本当に何もないのだ


ラサの街は標高3600m
なんとこの街は富士山の頂上より高い場所にある

ただ、このラサの街に着くまでには
それよりも高い標高5000m級の峠を越えなければならない

高所登山の際は、高度順化と言って
低酸素、低気圧の環境に体を慣らす必要がある
エベレストを登る登山家が
途中にベースキャンプを張って
何日もかけて山を登るのは
高所に体を慣らすための時間が必要だからだ

訓練された登山家ですら
そうやって時間をかけて登るのに
ただの旅行者の僕が
バスで一気に標高5000mを駆け上がるのは
そもそも自殺行為に等しいのだ


トイレ休憩の一コマ



バスには漢民族と呼ばれるいわゆる中国人と
それいがにチベット族の人も乗っていた
その多くはラサに暮らす人なのだろう
高山病で苦しんでいるような人はいなかった
みんな高所にいることにすでに体がなれているのだろう



遠くの山々はヒマラヤ山脈 多分5000m以上の山なのだろう


このバス、日本のバスとサイズは変わらないが
確か、横に5列座席があったと思う
日本みたいに補助席はなくて5列プラス通路だから
席の幅は恐ろしく狭い


景色はほとんど変わらない


休憩といっても途中に街があるわけではなく
何もない荒野の真ん中で
運転手の気分でバスは突然止まる

遠くの山は遠近感がおかしくなるような広大さだった


言葉のわからない僕は
いつ出発するかもわからずに
バスの周りでウロウロする
もちろんトイレもこの時に済ます


狭いバスで縮こまった体を休める意味もある


ちなみに40時間もかかるこのバス移動
トイレ休憩などが定期的に取られるわけではない
いつ止まるのかは
運転手の気分次第なのだ


この時は少し元気だったのか、何回もシャッターを切っている


これは中国のバス旅あるあるで
一度便意をもよおして
運転手に大声で
「 トイレに行きたいから止めてくれ 」
と訴えたことがあるが
全然聞き入れてもらえなかった


走れども走れども山


ちなみにこの時の日記には
僕のそばに乗っていた中国人の親子が
多分幼稚園児くらいの子どにも
なんの躊躇もなく
走り続けるバスの通路で小便をして
僕のリュックにかかっていて
がっくりきたとの記載がある


ラサの途中の街だろうか・・・

後で聞いた話だが
僕の友人のミノも、どうしても我慢できず
走るバスの中で、ペットボトルを尿瓶代わりに用を足そうと試みたが
バスはすごく揺れるから
もう溢れまくって大惨事になったと言っていた

今はどうかわからないが
この頃の中国は
小便や大便はもちろん
たんや鼻水も体によくないものを外に出す行為だから
すぐに外に出すことが当たり前で
街中でもバスの中でも電車の中でも
みんなすぐに
「 カーっぺっ 」
と床にたんを吐いていた
道路ではない
バスの通路や電車の通路にだ

鼻水もティッシュなんて使ってるのは
僕たち日本人くらいで
現地の人は所構わず
テッパナで 「 プッ 」と
これまたあちこちで鼻水を撒き散らしていた

当時は上海市内でもこの様子が見られて
最初はすごく驚いたが
すぐに慣れてしまった
むしろ紙を使わないから
地球環境に優しいと言えるだろう

こんな風にして
僕はラサの街にたどり着いたのだった



「 旅の記憶 」 
更新が滞ってましたが
今後もゆっくり更新していく予定です
よかったら、また見に来てくださいね


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