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⚾️戦わずして、あなたたちを引退させるものですかーコロナ禍の大学野球ー

三年前、忘れもしません。


新型コロナウィルスの影響で、首都大学春季リーグ戦が中止になりました。
目の前が真っ暗になったのを、今でも鮮明に覚えています。


大人の都合で、選手の未来を潰すものか。
戦わずして、選手たちを引退させるものか。
仕方がないの一言で、選手の夢を壊すものか。


その一心で、多くの関係者の協力のもと、水面下で動き続けました。
眠い目をこすりながら、リーグ戦開催の要望書を書きました。
私にとって、特別な年代であったことも理由の一つです。

リスクを負わず、逃げる大人が嫌だった。
自らの保身のため、動かない大人になりたくなかった。
できるところまで踏ん張り、
堂々と背を見せられる人でありたかった。

正解、不正解は今もわかりません。
でも、やってきたことに悔いはありません。

結果は厳しいものでした。
秋のリーグ戦はたったの5試合。
明治神宮大会の中止も決定し、全国を目指すことさえ許されない結末となりました。

リーグ戦が開催されただけ良かったのかもしれない。
きっと連盟だってたくさん動いてくれたに違いない。
そう納得せざるを得ませんでした。


あれからもう三年。当時入学した新入生は、四年生になりました。
現在は今までのような制限もなく、ようやく日常が戻ってきました。
あれは何だったのだろうと、まるで架空の出来事のようです。
私にとって、選手にとって、家族にとって、大きな空白でした。
ようやく真っ暗なトンネルを抜け、今、選手は懸命に戦っています。

あの悲劇は二度と繰り返してほしくない。
そんな思いをもって、選手の活躍を陰ながら応援しています。


―――

過ぎてしまえば、三年なんてあっという間ですね。
当時、躍起になって動いていた自分を思うと信じられません。
仕事が終わって、毎日のように『どうしたらリーグ戦を開催できるだろうか』と、そればかりを考えていました。

人間の時間の価値を比較するつもりはありませんが、選手の一年はとても尊いものです。毎日が勝負です。それを知っているから、一心不乱に動いてきました。とはいえ私の力なんて微々たるもの。秋季リーグ戦が開催できたのは、連盟が一生懸命工夫を重ねてきたからです。

帝京大学硬式野球部作成 2020年度秋季リーグ戦ポスター(写真提供)

帝京大学がくださったポスターは今でも自宅に飾ってあります。当時の悔しさを忘れないためです。寂しく並んだ日程が、全てを物語っています。

私は首都リーグのいちファン、いち大学のOGなだけで何者でもありません。でも、野球をしている兄弟がいたので、少しだけその家族の気持ちを理解できると思います。

保護者の皆さんは、動きたいと願ってもそうはいきません。子どもより先に親が出ることのリスクを理解しているからです。余計なことをしたらバツが悪くなるかもしれない。もしかしたらチームに迷惑をかけるかもしれない。そう考えたら、何もできないのです。目の前の状況を否が応でも受け入れるしかありません。

真っ先に動いてくれたのは、日本体育大学硬式野球部でした。保護者はもちろん、ファンを受け入れ、観客の動員に踏み切りました。球場に到着したとき、安心した保護者の皆さんの表情は忘れられません。一生懸命頑張る息子の姿を、見たくない親なんてこの世にいるはずがないのですから。

私にも、心から応援している選手たちがいました。彼らの有終の美を飾るはずの最後の一年、『戦わずして引退させるものか』と強く誓ったのを覚えています。私なんて未熟とはいえ、いち大人。動けぬ選手、関係者の一年を潰すものかとそれだけが頭にありました。

世の中には『仕方がない』と片付けられることがたくさんあります。その一言で済ますのか。行動を起こしたうえで諦めるのか。二つに一つです。私は常に後者をとって生きていきたいです。これはコロナ禍で学んだことです。

それだけ多くの選手が報われてほしいという思いもあります。一生懸命やった先に、何もないなんてことあってはいけないのです。今、あの頃を振り返っても涙が溢れてきます。もう少し上手なやり方はなかっただろうか。全国を目指せる手段はなかったのだろうか。一人の力の弱さを感じています。

今、日常に戻りつつあります。グラウンドには笑顔が溢れています。みんなが戦う顔をしています。これらを壊してはいけない。努力が実を結ぶリーグ戦であってほしい。将来に繋がる野球であってほしい。大好きなリーグ、選手たちの流す汗が、輝くものであってほしい。それだけを強く願っています。





いただいたサポートは野球の遠征費、カメラの維持費などに活用をさせていただきます。何を残せるか、私に何ができるかまだまだ模索中ですが、よろしくお願いします。