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マキャベリ的知性仮説とかいうやつ
私たちの脳がここまで大きく進化した理由として、現在では「マキャベリ的知性仮説」と呼ばれる説が有力視されています。ざっくり言えば、私たちの脳は群れの仲間と協力したり、裏切りを監視したり、時にはバレないように誰かを裏切るために進化した……という仮説です。
たとえばあなたが野生のサルだったとして、2頭だけの群れで生活しているところを想像してください。あなたが把握しなければならない人間関係(※サル関係?
非常に可能性が高いように思える。
だが、いったんそれを口に出して言えば、
それ以外の選択肢についても
考え始めることが可能になる。
#シュレディンガーの猫 #モンティホール問題
お前はそもそも全然合理的じゃない
ギャンブル全くしたことないといいはりつつ、宝くじ買ったことある人達。
行動経済学というもので考えてみます。
行動経済学というのは、皮肉をもって定義すれば「人間の行動は経済合理的ではない」という前提に基づいて、人の行動を分析する学問です。
わかりやすい例が、「人間は自分が自動車事故で死ぬとは思わない一方で、自分は宝くじには当たるかもしれないと思う」という話があります。
自動車事故で死ぬ確率
1パチで1万負けた時に
これが4パチだったら
4万負けだったから
実質3万勝ちみたいな
ガバ理論を感じる。
他人が儲けてるのを
そんなのは簡単だとバカにし、
自分がやってみて
大損して誰かのせいにする人達
が一定数存在するので
いちいち気にとめてたら
キリがないよということを
去年いっぱい体感してきて
豆腐メンタルやられつつ
改めて学んでる
やはり習うより慣れろ
で急がば回れと
リスクとは本来 、利益が生まれるか 、損失が生まれるかわからない状態を指す 。損失が生まれる可能性は 、利益が生まれる可能性と一体のものであり 、本来はそれを切り離すことができない 。しかし 、 「リスク 」という言葉にすると 、その一体のもののマイナスの側面にだけ注目される
自分にはほぼ起きないことが誰かには起きるというこの現象は 、確率というものの重要な帰結のひとつである 。だが 、それは人の感情にざわざわとした違和感を生み出さずにいられない 。🙌💯💮🎉😎🍀ラララ(っ'-')╮ =͟͟͞͞🎁)`ω'* )ラッキープレゼントッ!!
サイコロを振る前は確率しかなく 、実際のサイコロを振った後には結果しかない 。だが 、結果を数多く積み上げていくと 、そこには再び確率が現れる 。🎲⚀⚁⚂⚃⚄⚅
仮想通貨は信用取引の仮想化やから
仮想通貨自体には価値がない
取引所があって初めて金銭的価値と交換できる
そもそも経済インフラと信用がない地域とかで使われるのが本来の目的やったし
現金に信用があって安全な日本では胡散臭く見えるのもしゃーない
大数の法則という企て
大量に試行したときの実現比率を確率とみなす見方を数学法則に仕立てたのが大数の法則。
確率を頻度としてイメージする考え方は頻度論的確率。
サイコロを1回投げて1の目が出る、ということの確からしさは6分の1、というとき、1の目が出る、という事態が他の5つの事態のどれに対しても有利でも不利でもなく対等である(等可能性)という考え方からイメージするのは数学的確率。
形而上的・抽象的な考え方。その言説
公営ギャンブル自体の期待値は75%だが、目の出現する確率が同一にならないスキルゲームなので、単勝の期待値は個人の予想能力によって異なってくる。繰り返し車券を買っていくと回収率は個人差が出るようになり、負け続ける人もいれば勝ち続ける人もいるという事になっていく
オッズの歪みを捉えるためには、競馬をよく知ること以上に、むしろ人間の心理学的バイアスに詳しくなる必要がある。
例えば、前走でハナ差で負けている馬の回収率は高い。この場合、実力はほぼ同じだ。しかし人間は勝ち負けという結果を重視してしまうため、負けた方の馬が過小評価されることになる