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大数の法則という企て

大量に試行したときの実現比率を確率とみなす見方を数学法則に仕立てたのが大数の法則。

確率を頻度としてイメージする考え方は頻度論的確率。

サイコロを1回投げて1の目が出る、ということの確からしさは6分の1、というとき、1の目が出る、という事態が他の5つの事態のどれに対しても有利でも不利でもなく対等である(等可能性)という考え方からイメージするのは数学的確率。

形而上的・抽象的な考え方。その言説にどのくらいの信念の度合いをもてるか、つまり、信憑性に立脚する自信の程度のイメージが主観的確率。

このほかにも、サイコロ投げのギャンブルとして胴元は賭けた人に賭け金の6倍の還付を約束しなければ公平にはならないという「賭けにおける公平さ」に立脚した考え方もある。

いわゆる大数の法則とは

大数の法則は、おおざっぱにいえば、1回の試行における確率は、多数回の試行における頻度に表れる、ということ。実際にやってみればそうなるという法則ではなく、あくまで数学的な論理で証明される数学の定理にすぎない。現実とはどこにも接点はない。

定義と公理から論理の積み上げによって証明されるものであり「現実」はない。次の1回の確率というのが観測不可能であるかぎり、「次の1回の確率」と「多数回の試行での頻度」とが一致するかどうかを比較検討することはできない。大数の法則は、観測不可能な「次の1回の確率」を「多数回の試行における頻度」によって代替的に定義しよう、という企てにすぎない。

現代の天気予報は、過去に今日と同じ気象図であったものをピックアップして、それらの気象図のうち、翌日に雨が降った頻度を計算し、それを明日の降水確率として発表している。
みたいな話。

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