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【創作】「お前、玉ねぎ好きだよな」と男友達に言われ、マジでそのエロさに気付いた件(2,583字)【投げ銭】

【原題:玉ねぎ(2008.4.23.)】

「ケンジってさぁ、玉ねぎ好きだよな」

大学生で一人暮らしをしていた時代、ある友人を家に呼び、彼に味噌汁を作ってやっているときに言われた台詞である。

男が、男友達に味噌汁を作る……あまり普通では考えられないようなシチュエーションかもしれないが、当時私は、当たり前にそのようにしていたと思う。別に、私がホモ・セクシュアルだったというわけではない。私の家に呼んでいるのだから、家主が客人をもてなすのは当然である。ちょっとの間でもお茶ぐらい汲んで出すだろう。ならば、それが夕飯どきまで至るなら、味噌汁だって出すのが礼儀ではなかろうか。

例え私がホモ・セクシュアルだったとして、彼に手を出すことは絶対になかろう。彼には当時、すでに恋人がいた。少し化粧が濃くて、性格もちょっとキツめな女の子だったが、可愛いといえば、まぁそれなりに可愛い方だった。そんな恋人がいる相手に、私は手を出そだなんて発想は抱かない。

仮に抱いたとして、私が、彼をその可愛い彼女から奪うことができるだろうか? 相手の女の子に対して、何の勝ち目も無い。髪はボサボサで、度が強いメガネをかけたオタク顔と、細っこいガリガリの肉体を持つ私の、どこに彼が惹(ひ)かれると言うのか。最初から勝算も無い恋愛なら、私はやらない。

ともかく、そのとき私は味噌汁を作りながら、彼から「お前、玉ねぎが好きだよな」と声をかけられたのであった。そう言われた理由は、よくわからない。単に、味噌汁の具として玉ねぎを使っていただけのことだろうが、それだけで「玉ねぎが好き」と言われる理由にはならないのではないか。たまたま、玉ねぎを使っていただけのことである。

もし彼が、そのたまたまの素材選びによって、私がそれを好物なのだと判断したとしたら。私が玉ねぎではなくしじみを使っていたら、私はしじみ好きということになってしまう。

だが、もしもにしても、私がしじみを使うことがあったろうか。しじみのように身の細かな貝を材料にするくらいなら、少々値段が張っても、私はあさりを買っていただろう。しじみに対する私の態度は冷淡だ。一度しじみを味噌汁に使ったとき、何だか物足りなくて酷く後悔したものだ。あさりだったら、それだけの具材で事足りるものを、しじみときたら……。私は使って後悔した具材は、二度と使わない。

まぁ、彼が私に「玉ねぎ好きだよな」と言った理由は、よくはわからない。けれど言われた本人としては、面食らう、とか、否定する、というようなことはなかったと思う。むしろなんだか、彼から言われたその台詞を、肯定するような考えに至ってしまった。

私は玉ねぎが好きだ、あぁ、そうだ、その通りだ。そうか、私は玉ねぎが好きだったのか、と。今まで気付かなかったことに気付かされた、そんな気がしたのである。

考えてもみれば、私はよく料理の材料に玉ねぎを使う。玉ねぎというものは、さまざまな食べ方ができる。味噌汁に入れて柔らかくして食べるのもよし、肉や他の野菜と炒めて、歯ごたえを楽しむのもよし、である。じつに柔軟な存在だ。そして、カレーやシチューなどの煮込み料理にも、玉ねぎという存在は欠かせない。結局私にとって、冷蔵庫の中の食材で一番使用頻度の高いものは、玉ねぎなのだ。

友人にそれを気付かされた私は、そのとき、冷蔵庫から玉ねぎを取り出した。1個はまるまる味噌汁に使っていながらも、まだ4個ほどの玉ねぎが冷蔵庫に眠っていたのだ。その中の1個を手のひらの上に乗せ、しばし見つめてしまった。茶色くて光沢のある外皮(がいひ)。つるりとしたその形は、女性の臀部(でんぶ)のような美しさ。ぺりぺりという音を立てながら外皮を剥(む)くと、現れたのは艶(あで)やかな白い肌。なんというエロティックな趣(おもむ)きであろうか。あぁ、玉ねぎよ。これほどに私の心を捉えてしまう食材よ。そのとき私は、完全に玉ねぎに心を奪われてしまっていたようだ。

そんな私を見て、友人は再び私に言った。

「ケンジ……お前、本当に玉ねぎ好きだよな。そんなに好きなら、結婚しちまえばいいのに」

挙式には、親戚一同、そして私の学生時代の友人たち、先生方など、実に多くの方々にお越しいただいた。

慣れないタキシードが多少気恥ずかしいながらも、私は喜びで心躍るような心地であった。

これほどまでに嬉しいときが今まであっただろうか。大学受験に合格したときも、これに比べればささやかなものだ。就職で、見事私が望んでいた一流の企業への内定が決まったときすら、今の喜びには劣る。

「結婚おめでとう、ケンジ!」

大学時代の友人のひとりが、私に握手を求めてきた。そう、あのとき私の心を気付かせてくれた、あの友人である。あの頃は彼も、ただの友人のひとりに過ぎなかった。しかし今や、彼は私の人生になくてはならない、大事な親友のひとりである。

「ありがとう、お前のおかげだよ」

そう言って、私は彼と固い握手を交わした。

「あのときお前が、俺の気持ちを気付かせてくれなかったら……きっと俺は、今ごろ酷い過ちを犯してしまっていただろうな」

「おいおい、そんなことあるもんか。俺はただ、キッカケを作ってやっただけさ。彼女を選んだのは、おまえ自身だろう? そのことを、誇りに思えよ」

「お前……ほんとにいいやつだよな」

ついつい涙をこぼしそうになる私に、彼はサッとハンカチを差し出す。晴れやかな舞台なのに、涙は無用だぞ。そう言って。きっと私がホモ・セクシュアルだったならば、私はそんな彼にも、間違いなく恋をしていただろう。いや、そうならなかったからこそ、今の私がいるのだ。

新郎新婦、ケーキ入刀でございます。司会がそう言い、私は、今日より妻となる相手の手をとり、立ち上がる。さぁ行こうか。彼女はそれに、少し頬を赤く染めながら従う。

黒い殻に覆われたその顔を、ほんの少しだけのぞかせるさまもまた、本当に可愛いらしい。なんて愛くるしいのだろう、このしじみは。

改めて思う、しじみと結婚できて良かったと。大学時代のあのころ、私は完全に心を玉ねぎなんかに奪われてしまっていた。そのために、しじみなんかにはさっぱり目もくれてやれなかったのだ。

もし私があのまま玉ねぎなんかと結婚していたらと思うと……ゾッとしてしまう。きっと私は、すぐにでも玉ねぎを食い殺し、妻殺しの罪で牢にぶち込まれていることだろう。

(完)


オリジナル版:

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※あとがき※

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