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【ブックレビュー】なぜ働いていると本が読めなくなるのか

 久しぶりに新書を買った。
 寝る前の読書は続けているが、最近は小説、特に短編小説ばかりを読み進めていた。
 タイトルに惹かれて手に取った。新書の正しい選び方な気がする。まえがきの『本が読めなかったから、会社をやめました』の一文で購入を決めた。

 タイトルにあるこのテーマは、私も数年前から考えていたことだ。
 私自身、読書に限らず仕事と趣味の両立は思っているより難しかった経験があり、いつからか「社会人というのはそういうものさ」という諦念に変わっていた。



 書評家、三宅香帆さんによる本書は今年の4月に発売され、早くも10万部突破と話題になっている。
 私があきらめとして感じていたこの問いを、本書は深掘りしていく。
 スマホも普及したし、働いていたら時間も無くなるからねー、という安直な結論ではもちろん終わらない。
 そもそも日本人と労働の関係はどうだったのか。どうやって昔の人は働きながら本を読んできたのかと、時間軸を遡り考察が始まる。

 時は明治時代まで遡る。
「労働」という言葉が使われ始めたのも明治時代になってからだという。
 この時代から日本人の働き方はすでに長時間労働の傾向にあり、工場労働者は、農民時代と比較して長時間働くようになっていた。
 江戸時代は武士が立身、町人が出世にとどめられていたのに対し、ふたつが重なるところの立身出世という野心をもつことができるのも明治時代の特徴だった。
 そんな時代に『西国立志編』というベストセラーが生まれたことも紹介している。現代の自己啓発書の源流とも言える本書は、労働者階級の立身出世物語であった。
 明治時代の読書といえば、インテリ層による文芸書の読書を思い浮かべるかもしれないが、この自己啓発書や雑誌を中心として労働者階級にも読まれる書籍があったと触れている。
「黙読」が明治時代に誕生したという話も興味深い。江戸時代、読書といえば朗読で、本は個人で読むものではなく、家族で朗読し合いながら楽しむものだったらしい。

 大正時代になり日本の読書人口は爆発的に増大した。日露戦争後、国力向上のために全国で図書館が増設されたのも関係している。
 読書人口は増えたが、日露戦争後の社会不安もあってこの時代のベストセラーは内省的というか暗いものが多かった。
 サラリーマンという言葉が誕生したのも大正時代とのことだ。
 生まれた土地や階級から解放された青年たちが、都会の企業で働くことを選択し始める時代。サラリーマンという労働者階級でも富裕層でもない、新中間層が誕生した。
 谷崎潤一郎の『痴人の愛』がヒットしたのも、そのサラリーマンをターゲットにしたことが要因と分析している。

 このような流れで昭和、平成、そして現在までと筆は進むがこれ以上書くと本の要約になってしまうので(あくまで本の紹介にしたい)止めておこう。
 著者である三宅さんの筆は流暢でとても読みやすく、何より本に対する愛を感じさせる。
 どの章も歴史的背景を踏まえ、その中で国民はどう読書と向き合ってきたかを丁寧に書いている。
 特に、インターネット登場後の「情報」「読書」の差異についての考察は見事であった。我々が、読書ではなくスマホについ目を向けてしまう理由が納得できた。

 そして最終章では、『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』というタイトルでもあり最初の問いに対する著者の提言が記されている。
 私自身、この問いに対する一種の答えとして転職を行った。その時は単純に「自分の時間を確保したい」という理由でそれを軸としたが、この最終章を読んで、「よく言語化してくれた」という感動すらあった。
 そうそう、こういうことが言いたかったし思っていたんだよと感銘を受けた。

 既に10万部売れている本書だが、もっと多くの人に読んで欲しいと思った一冊であった。



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