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デリカシーのない大人に傷つけられても




ずっと欲しかった「母親の勘」ってやつが私にもあった(かもしれない)

息子が、習いごとの先生のちょっとしたミスで表情をなくしてしまった。
もちろん、その先生に悪気はなかったと思う。でも、ちょっとデリカシーがなさすぎるかな、とは思った。

子どもたちにとっては、頑張った後の、大事な大事な発表の場だった。

そこでの先生のミスで、息子はぬか喜びをしてしまい、恥ずかしくて、悲しくて悲しくて、怒って、自分の殻に閉じこもってしまった。
ブツブツと、まわりにちょっとだけ聞こえるように文句を言って、ハッキリ言ってカッコ悪かった。
でも、彼の悲しみも分かったし、彼が、悲しみを、こういう形でしか表出できないことも、この件でよくわかった。
ワーワー怒ったり、わんわん泣いたり、さすがにできないのだ。性質的にも、年齢的にも。

あれはほんとに直感でしかなかったと思う。
これ、ほっとくとマズイ、と思った。
こっち向け、息子。強めに、本気で呼んだ。
彼も私の本気が分かったのか、きちんとこちらを向いてくれた。

悲しかったね。嫌だったね。
「うん、ぬか喜びさせられたのがイヤだった。一瞬喜んだじゃん。あれがなきゃまだよかった」
みんながいる場所で一瞬喜んだのに、実は違った。
恥ずかしさと、悲しさと、怒りと。
全てがないまぜになった表情で、沸々としていた。
沸点までいかないんだよな。
分かるよ、分かる。

こんなこという親ってどうなんだろう。
そう思ったけど、多分この子には伝わるんじゃないか、と思った。

あなたはこれからもきっと、自分に理不尽な思いをさせる大人に出逢うよ。


「世界はあなたの都合がいいようにはデザインされていない」と書いたのは桜林直子さんだったと思う。
それを小学生(5年)に伝えるのはどうよ、と思ったけど、直感でこの子なら大丈夫、と信じた。
今回、先生のデリカシーのなさに傷つけられたように、きっと君はこれからも、理不尽に傷つけられる。

傷つけないで!配慮して!

現代は、そういうことが声高に叫ばれている世界だけど。
確かに、昔よりはあまりにも配慮のない発言をする人は減ったと思うのだけど。
それは確かに大事だと思うのだけど。

でも私は、この子が大人になったときに、他者に配慮を求めて待つだけのような人間にはなってほしくない、という思いがある。
他者の配慮を待たずに、自分で立ち上がる訓練をしてほしい。
きっとそれがこの子の力になる。

話は戻すけど。
だから、まず前提を伝えた。
君はきっとこれからも、誰かに理不尽に傷つけられるかもしれない、と。
でも、傷ついたままでいてほしくないから、悲しいままでいてほしくないから、立ち上がるための私なりの方法を伝えるね、と話し始めた。

①そいつ今頃パフェとか食ってるよ、は本当だと思う

きっと先生は、あなたを傷つけたことに気付きもしないで、きっと今頃お酒飲んでテレビ見て笑っているよ。
知らんけど。
でも多分そういうもんだよ。

あなたがどれだけ傷ついたって、傷つけてごめんの罪悪感もきっと持ってないよ。それどころかそんなできごと自体、忘れてるかもね。

君がもんどりうって悲しんでいることなんかどこ吹く風で。
そんな人のためにあなたは今傷ついている。
それって悔しくない?なんかムカつかない?

「なんかムカつくね。バカみたいだね」

お母さんはね、理想を言うと、君たちに、毎日ニコニコ笑って暮らしてほしいと思っているんだ。
未来永劫笑って暮らせますように、って思ってるんだ。

そんな人のために、傷つき続けてほしくないんだ。

だからね。

あなたが傷ついていることを、相手は気づきもしない。
あなたが傷ついていることが相手にもなんにも作用しない。

そんな可能性があることを、知っていてほしいんだ。

②悲しい言葉を追い出す訓練をして

あなたを悲しませる言葉に囚われないで。
辛い言葉の方が不思議と心の中に残っちゃうよね。
それは分かる。なぜだかそうなんだよ。
でも、できるだけ追い出す練習をしていて。

幸いなことに、あなたを笑わせてくれる大人もそばにいるでしょう?
あなたを傷つける人の言葉よりも、あなたのことを大切に思う人の言葉を胸に残して。

辛い言葉に出逢った時に、あなたのまわりの優しい人を思い出して、
「あの人だったらそんなこと言わないな」
「俺が大人になったら、傷つける方じゃなくて、優しい方になれたらいいな」
「あの人はなぜ、人を傷つける言葉を言わないのかな」

そんな風にとらえ直して、どうかどうか、君を傷つける言葉を追い出してほしい。
そういう練習をして子どもの内からしておいて。
そうすれば、これから君が成長していく中で、君を不用意に傷つく人に出逢っても、なんとか立ち上がれると思うんだ。

③誰かの欠点を、その人のすべてだと思わないで by「山田くんとLv999の恋をする」

こんなことを小学生に言うのもどうなんだろうな、と思う。
私だってこれができないこと、多々あるし。
私がこれを学んだのは「山田くんとLv999の恋をする」で主人公の茜と結衣ちゃんのやり取りからで、30代後半だし。
でも、あえて伝えておきたい。

確かにあの先生はデリカシーがなかった。確かにそれは彼の欠点だと思う。でも、そのデリカシーのなさを、先生のすべてと思わないで。
習い事を教えてくれる先生としては、いい先生じゃない?いいところもあるじゃない?
だから「デリカシーがない」。それだけで、それを先生の全てだと決めつけないであげてね。
断絶まではしないでね。

もちろん、その先生が暴力をふるうとか、暴言を吐くとか、そういう時は速攻で断絶しな。
物理的にも、精神的にも距離を取っていいと思う。

でも、今回の先生の件もそうだけど、例えば友達とか。
ちょっと嫌な部分があったとするじゃない?
自分だって、欠点あるじゃない?

欠点を、その人のすべてだと思わない、ということも、覚えておいてね。

放任すべきか、膝突き合わせて話すべきか、実は迷ったんだ

全てを話し終えた後、心なしか、息子はすっきりした表情をしていた。

それから。彼の私(母親)に対する態度も、ちょっと変わったように思う。
具体的にどこ、というわけではないのだけど。

「ゴチャゴチャうるさいことを言うけれど、母親は自分の味方なんだ」
ということを、理解してくれたように思う。

でも実は、こういう時、毎回迷う。

子どもを信頼して、放置するべきか。
(親にゴチャゴチャ言われたくない気持ちの方がよく分かるし、私自身、こういう状況の時に親に相談も報告もするタイプではなかった)

自分から声をかけて「どうしたの?」と相談に乗るべきか。

今回は、咄嗟に無理やりこっちを向かせて話をした。
でも、放っておいてほしい状況の時もあるだろうし、今回無理やり話をしたことを自分の中の成功体験として、全ての案件にこれをあてはめない方がいい、とも思う。

ただ今回良かったのは、彼の選択肢の中に
「一旦気持ちを外に出して話すことで気持ちの整理がつくことがある」
経験を入れることができたこと。

その1点かな、と思っている。

でも今回は、きちんと向き合って話をして、本当に良かった!
あー、お疲れ様でした!




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