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バーテンダー、カウンターを語る。

少し前に、SNSで「カウンターの天板(一枚板)が何か答えられなかったら難癖つけられた」という内容の呟きがあった。
曰く、「カウンターはBARの命であるのに自店のそれを店主が知らぬとは何事か」だそうである。
ちなみに現店主は事業承継された方のようだ。知らなくても当然である。
そして別に知っていなければならないというほどの事でもない。
僕だってTooLのカウンターの天板木材が何であったかはよく忘れた。自分で選んだくせに。
ひょっとしたら若年性健忘症かも知れない。
ついでに言えば、聞かれた事など片手に満たなかったはずだ。

それはさて置き、もしそれを自分が言われた立場であったらどうするか?
明白である。
とっととお帰り頂く以外の選択肢は無い。
そもそも自分で見ても触ってもわからないならどうでもいい事ではないのか?
供される一杯がカウンターの木材を知ることによって格段に味が変わるなどと宣うのはオカルト信者か酒を飲んでいるのに飲んでいないただの阿呆だ。
確かにカウンターがどういう作りなのかというのは記号でありゲストに向けたおそらく一番大きなメッセージではある。
この話題のような一枚板のカウンターというのは重厚な雰囲気や確かなホスピタリティと技術力を持ったバーテンダーがいる−より率直に言い換えれば安くない–BARであるという最大のそれである。

−そういう意味では知っていて当然と思う気持ちが出てくるのも爪の先くらいはわからないでもないが、事情も構わず難癖をつけ、挙げ句の果てに「オレは銀座の何処そこというBARで飲んでるんだ」などと言い放ったというのだから愚者というより他に言葉が見つからない。
店主が板材を知らないということと自分が銀座のどこかのBARで飲んでいる事がどこでどう繋がるのかご説明願いたいところである。
まあ僕もSNSでたまたま見かけたレベルなのでどういう流れからそうなったのかは知らないが。

しかし、そんなにそこが大事なら自宅に据え付けてつまらない酒みたいなモノでも飲んでいただいた方がバーテンダーのためにもしっかりとしたゲストのためにもなる。
そういう輩はコロナ禍であるかどうかに関わらず外で飲まなくていい。飲むんじゃない。所詮、飲んでいるのは「酒」じゃなくて「見栄とカネにまみれた液体」なんだから。

いけない、少々クチが過ぎた。
ここからは幾らか個人的な話をしよう。

新店舗は一枚板ではなく真鍮板を使用したカウンター。だから材を聞かれることはまず無いだろう(まさか真鍮と銅の区別がつかない人間はいないと思う)。
僕は一枚板を否定しているわけでもないし、嫌いなわけでもない。店として見せたいカタチに必要がなかったから使わなかっただけだ。
もし必要だったなら納得いくものが見つかるまで探し続けたし、相当に笑えない額であっても手を出す覚悟はあった。
それでもカウンターがBARの命だとは思わないが、その店の色や空気感を決定づけるほどの重要性があるのは確かだ。
だからゼロから作る時にはとても神経を遣う。

店舗内装は舞台装置だ。
それを重くしたいのか軽くしたいのか、クラシックにしたいのかモダンにしたいのかなど、様々な選択肢と自分の個性や仕事や接客のスタイル、或いは未来や理想と照らし合わせ、現状での最適解を選びたいと望む。
だからとにかく悩む。悩みすぎて何が良いのかわからなくなるまで。
だって一度作ってしまったらそう簡単に変更できない固定型の舞台装置だから。
特にカウンターは材質や厚さや奥行き、色味、空気感までとにかくこだわれるだけ、できる限り細部までこだわりたい。妥協したくない最大の場所である。
BARはここを中心にデザインされると思っている。カウンターを基にバックバーが決まり、使うイスが決まり…と。

しかしながら、カウンター選びも、ひいては店舗デザインも全ては自己満足である。
だからカウンターは命ではないのだ。
「自己欲求の結晶」(=自己満足)だ。

自分が満足して、より良いパフォーマンスを発揮できる舞台装置として調える−正確にはデザイナーに具現化してもらう−のが店舗デザインだと考えている。
でも、それは仕事の、接客のパフォーマンスを変えてくれる「可能性」があるだけのものだ。
あくまでも「可能性」。
絶対変わるわけではない。
だけどその「可能性」を最大限上げられるように悩む。
店舗デザインは自己欲求を満たすために重要なのだ。中でもカウンターは特に(しつこいようだけど)。
なにしろ常に見えるし触れる場所だから。
ここに不満や後悔があると無いとは大きな差だ。
「本当はあっちの方が…」とか「やっぱりああしておけば…」などと見る度、触れる度に頭をよぎるのではたまったものじゃ無い。
そうならないように最適解を選びたいと望む。

しかし、ここに忘れてはならない…いや、忘れることができない最大の敵がいる。

”予算”である。

こればかりは蹴り出すわけにも、ねじ伏せるわけにもいかない(厳密にはできないことはないけどそれ相応の覚悟が必要)。
この中で最適解を選ばなければならない。
もちろん僕もその中でのそれを選んだ。

予算感を頭に置きつつ、カウンターを始め全てのデザインを描いていく。
楽しくも胃と頭の痛い日々だった。
それでもこれはゼロから作る人だけが出来る、本当に贅沢な悩みだ。

それはそれとして、もうひとつカウンターと同じくらい大事だと僕は思っているものがある。
それはまた今度書こうと思います。

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