なってみよう
「風になりたい」という歌がありましたね。なっちゃえばいいんじゃないですか?(笑)。今回は、この「なる」実験をしてみましょう。
周りにあるものを一つ選んで、手にとってください(私は近くに置いてある定規を選びました)。これを、じーっと見続けてみてください。
じーっ
じーっ
じーっ ...
どんな感じがしましたか?あるいは、何も感じなかったかもしれませんが、それでも大丈夫です。もう少しだけ、じーっと続けてみてください。あるいは、ゆるく、ぼーっと見続けてください(個人的には後者がオススメ)。
どうですか?手に取ったものをあまり意識していないけれども、しっかり見ている、みたいな、そんな感覚になったりしませんか。世界がぼんやりと、軽く、柔らかく、まろやかになったような感じはしませんか?
私の場合は定規ですが、このとき、自分と定規との関係はどうなっているでしょうか。いや、そんなことは、じーっと見ているときは微塵も考えていないはず。いったい、私と定規は、どうなっちゃったのだろう ... ?
なんて考えていると、また目の前の定規の存在感が大きくなってきたりして(笑)。こんなことをやっていると、何かものがそこに「ある」というのは、デフォルトでそこにあるのではなく、私たちが意識的にも無意識的にもそれが「ある」と思っているからあるのだと、ふと感じたりすることもできます。そういう雰囲気だけでも、感じることができるでしょう。
別の言い方をするなら、物と物の境界線を私たちが引いて、初めて物がカタマリとして現れてくる。じゃあ、カタマリとして現れる前は?というのも問いです。
あなたと目の前のものの境界がなく、あなたがそれで、それがあなたで、ということはあり得るのでしょうか。もし私が「ある」と言ったら、あなたはどんなリアクションをするのでしょうか。もし興味があって、まだそれを確認していなければ、上に書いた「じーっ」をやってみて、どうなったか教えてください。
さあ、実験だ。
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