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帰国
わたしは今、自宅にいることを余儀なくされている。
この自宅とは、日本にある、東京の自宅。
オーストリアのウィーンではない。本当の自宅にいる。
日本時間で22日の朝、わたしは日本に帰ってきた。
留学を中断することになった人に対して「今の状況で帰ってくるな」という意見はTwitterで何度も目にしたけれど、わたしだって戻るつもりなんて無かった。
でも、そうするほかなかった。
発症者以外には隔離場所が用意されていないのだけれど、もちろん自主隔離は2週間以上する。
こんなはずじゃなかった。
まさかこんなことになるなんて、想像さえしていなかった。
自分が何かしたとかではないのに、1ヶ月経たずに帰国するという選択肢しか残されなくなるなんて。
…たしかに、3月10日に政府から対策が示された時点で「まずいな」と思った。
次の日、また次の日と対策が強化され、人々の行動が制限されるなかで、ここにいてもできることがないと思わなかったわけではない。
4月の頭およびイースター明けという風に各施設のクローズ期間の目安が出されたとて、その日程通りに解除されるとは考えられなかった。
日本において、さまざまなイベント等の延期日程が再延期もしくは中止になる動きが長引いているのに、ヨーロッパではそうならないとは言い切れないからだ。
「わたしが本当のジャーナリストだったら、取材して回れるのに」
小学生のとき、両足を怪我していても出場した区立対抗陸上競技会で自己ベストを出した。
熱があっても出場した校内マラソン大会で学年2位になった。
中学生のとき、…はあんまり記憶にないけれど、抽選に外れた嵐のコンサートのチケットを当日に譲ってもらえたりした。(すみません)
高校生のとき、足を手術することになって部活に出られない日々が続いても、出場種目を変えて試合に出た。
そして今は志望していなかった大学、学部に入学したけれど、ここに入ったからこそ自分の中の核を見つけた。
条件が悪いことは幾度となく経験してきたし、「勝てなかった」ことも何度だってある。
だけど、これまでの人生で、こんなに悔しい思いをしたことはない。
こんな序盤で離脱することはあり得ない。
わたしは絶対にウィーンに戻るし、そのときには必ず今回成し遂げることのできなかったことを達成する。
そのための準備期間が長くなっただけだと信じて。
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