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ガザ侵攻についてイスラエル人の友達にきいてみた

ふとしたときに思い出す、おそらく自分に大きな影響はいくつかあるけれど、その中でも大きなものは、2014年の夏のできごと。

イスラエルのキブツの食堂で働いていた時の記憶。

なにがそんなに心に残っているのかというと、ガザ侵攻として歴史に残る出来事を現地で体験して、あまりにもリアルな出来事を頭で理解できなかったことと、パレスチナ側で留学をしている友達や、パレスチナにルーツがあるヨルダン人の友人が多くいたことで、どう処理したらいいのかわからなくなってしまったのだと思います。


何の情報を信じたらいいのだろう

イスラエルという場所は、ミサイルが飛んだり、テロが起こることは、そんない珍しくないんです。

エルサレムに住んでいる、ロシア系ユダヤ人の友人の家に泊めさせてもらった時も「この路上電車の駅で、数年前に爆発があってね」「私が住んでいる家も、グリーンラインの東側なんだよ」なんてことをナチュラルに話してくれるから、感覚がなんとなくマヒしてくる感じがしました。

滞在していた場所が、南部のネゲブ砂漠に位置していて、ガザ地区からも近かったので、いつからか爆撃音が聞こえるようになってきました。

「これは近くの軍事施設の訓練の音だよ」
「ミサイルは飛んでいるけど、迎撃システムがあるからそんなに気にしなくて大丈夫だよ」

食堂では、侵攻先に近いからか、兵士をよく見るようになりました。
そして一時的に住んでいたキブツの人口も増えていたようなのです。

「ガザ近くの住宅地から"難民(Refugee)"(ユダヤ系イスラエル人)を受け入れているんだよ」
と住人は説明してくれました。

アルファベットくらいは勉強していったけど、ヘブライ語が読めない私は、BBCやCNN、日本のメディア、アルジャジーラなどで情報を得ようとしました。

そこに出てくるのは、ガザ内の様子。
空爆や侵攻によって壊される家。大けがを負って運ばれる人々。
泣き崩れる人々の様子でした。

一方、"難民"がいたり爆撃音を聞くことはあっても、普段の生活には支障がありません。

仕事が終われば変わらずプールで遊んで、散歩して。

何が起こっているのか、世界はこんなにもはかないのか。

一旦、空爆とかそんなの忘れて生活するのが楽だし、現実的に忘れることもできるのですが、そうすると何か自分も加担しているような気もして、思考停止になりそうでした。

エルサレムで友達に再会

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とはいえ、朝早く起きて、仕事をして、他のボランティアたちと暇をつぶして、運動をして…
そんなことをしていると、あっという間に時間は経ちます。

2014年の滞在は、実は2回目のイスラエル訪問で、1回目の時はエルサレムにあるヘブライ大の学生と交流し、ホームステイなどをしていました。

せっかくまたイスラエルに戻ってきたのだから。
その時の友達に声をかけて、週末にエルサレムへ遊びに行くことにしました。

1年経てば、外国に留学していたり、兵役をしていたり、みんなには会えなかったけれど、3人の女の子と再会しました。

特別なことをするでもなく、カフェで近況をだらだらと話して。

エルサレムと滞在していたキブツは、かなり離れています。
その日のうちに帰る予定だったので、最終バスの時間が近づいてきます。

聞いてみようか、どうしようか…

迷った末に、その場で3人に聞いてみることにしました。

「今起こっているガザ侵攻についてどう思う?」

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『ユダヤ人が2人集まれば、3つ政党ができる』という言葉を聞いたことがあるでしょうか?

これは本当にその通りだなあ、といろんな人と話していて感じるのですが、とにかくみんな議論したりするのが好き?得意?な人が多いように感じます。

政治も絡む話だしな…と思いながら、勇気を出して聞いた質問に3人ともそれぞれ素直な意見を共有してくれました。

「もちろん聞いていいよ!まず、みんなそれぞれの"ポジション"は?」
そう口火を切ったのは、宗教的な家庭に生まれたAちゃん。

ポジションとは?と思った私ですが、それぞれが口を開きます。

Aちゃん「私は右派」
ロシア系のBちゃん「私は中道右派かな」
入植地生まれのCちゃん「中道左派」

(そういうことか…)と思ったのは置いておいて、さっきまで他愛のない会話をしていた3人が、それぞれの意見を語ってくれました。

Aちゃんは、自分で右派ということもあり、要約すると以下のような主張。
「パレスチナ人は兵役の義務もなく、電気など公共サービスなどイスラエルから『与えている』ものがたくさんある。貢献なしに、得ているものがあるのにも関わらず、イスラエルにとって脅威になるような行為(テロなどを指している)をするのであれば、この措置は致し方ないもの。子どもがのっているスクールバスが襲撃されたこともあった。こうでもしないと(空爆など?)生活の安全が保たれない。
既にイスラエルがしてあげていることがあるのに、それでも抵抗してくるハマスなどは話しても通じないし、話すことは無駄である。安全保障上、イスラエルの行為は正当である」
Bちゃんの意見も、大きくはそれず、それに合意する形。

一方、Cちゃんは違う意見をシェアしてくれました。
「入植地(※)に生まれたものとして、罪深く感じることがある。構造的な問題で、イスラエル人だから何かできるわけではないのがもどかしいけれど、今起こっていることは不正義だと思う。起こるべきではないことが起こっているけれど、入植地で生まれた事実も消せないし、何もできずにもどかしい」と涙目になりながら、語ってくれました。
(※パレスチナ西岸自治区内に作られたイスラエル人の居住地区。国際社会では国際法違反だとされている)

ディスカッションになりかけたところで、最終バスの時間に。
急がないと、逃してしまいそう。

さっきまで真反対の意見を表明していたことが嘘のように、けろっといつもの友達の顔に戻って、路面電車に乗り込みました。

セントラルバスステーションまで見送りに来てくれたみんな。

「この話題をぎりぎりに振ったからいけないんだよ(笑)」
と、何気ない話題として過ぎ去っていったのでした。

「心配だから、家についたら連絡してね!」

そういって、バス停でお別れをしたのでした。


私自身はどう思うのだろう

その後、自ら「平和主義者」を自負する言語学者のイスラエル人の友達(日本語も堪能)ともこの話をしました。
彼自身は、どんな形であっても武力で解決することに賛成はできない、という主張です。

「イスラエル人は議論好きだからね」

そういって、政治思想が違っても隠したりする必要はないし、異なる意見を持っていることと、人間として合わないということは別なのだと言います。

カフェで突然始まった政治談議。
ふと振った話題に対して、それぞれが自分のスタンスとオピニオンをしっかり持っていて、異なる意見があることも自然を受け入れている様子は、あまり日本では見られないことのように感じます。
(このオープンにディスカッションできる文化は、イスラエルの好きな一面でもあります)

時間がなかったから問われなかったけど、私自身はいったいどう思っているのだろうか。


複雑なものを複雑なまましまい込んだ

自ら「アラビスト」を自負する日本人の友達や、ヨルダンの友達が多いので、彼らから聞くイスラエル人のイメージは、画一的で、「悪」だというものが多いけれど、その「イスラエル人」の中身はずっとずっと多様なのだと思います。

キブツには、イスラエル人に帰化するため、ヘブライ語を学んでいるユダヤ系アメリカ人の方がいました。
仲良くしていた同年代の住人も、ドイツ生まれで高校生の時にイスラエル国籍をとって移住してきたと言います。

キブツから一番近い都市、南部にあるベエル・シェバにはエチオピア系の肌の黒いイスラエル人も多くいます。

私のイスラエル人の友人の多くは、世俗派のユダヤ人ですが、ウルトラオーソドックスとよばれるものすごい宗教的な人たちもいます。
友達の一人は、公教育から世俗派の人とは分かれているので、生まれてこのからオーソドックスの人とは話したことがない、と言っていました。

Aちゃんや平和主義者の彼は、もともとパレスチナの地に住んでいた家系ですが、そうでない様々なバックグラウンドを持った人のほうがマジョリティであり、キブツで出会ったアメリカ人の人のように今この瞬間にもイスラエルへの帰化を試みているユダヤ系の方もいます。


今思うと、あるのかすらわからない「答え」のようなものを探していたのかもしれません。
けれど、もがいて、聞いて、それで見えてくるのは思っているよりもずっとずっと複雑な現実。

どうしたらいいのかわからなくなった私は、その複雑なものを複雑なまま心にしまっておくことにしたのでした。


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