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10. オールドファッションなイダキ

現代的なハードタングとオールドファッション

現在の北東アーネム・ランドの葬儀や割礼の場で使われる楽器は「F~G#」というハイピッチな楽器が主流になっているようです。それは60-70年代に勃興したと言われている「Nganarr-dal(ハードタング)」と彼らが呼ぶ、新しい演奏スタイルです。

ハードタング以前のイダキ演奏をどう呼ぶのか?英語で「オールド」という言葉の表現として「オールド(古い)スタイル」、「オールドマン(老人の)スタイル」、「オールドファッション(古風な)スタイル」という3種類の表現を聞いたことがあり、それぞれちょっとずつ意味が違うんじゃないかなと思っていました。

随分前にイダキ・マスターD. GurruwiwiにLPレコード「Land of the Morning Star」を聞いてもらった時、「あー、これはオールドファッション(古風)なイダキ演奏だね」とコメントしていました。

[Land of the Morning Star / LP]1960年代に録音されたLPレコード。当代一のイダキ奏者と謳われたMudpuのイダキソロ、Goulburn島のLazarus LamilamiのAlawirrの演奏などを聞くことができる珠玉の内容です。
[The Sound of Earth / NASA]このレコードの音源の一部は1977年に打ち上げられたNASAのボイジャーに積み込まれた金属板レコード「Music of Earth」にも収録されました。このゴールデン・レコードが探査機ボイジャーのボディに打ち付けられ、今も地球外生物にこの音源が聞かれることを夢見て宇宙を漂っている。

そこでイダキ・マスターの言う「オールドファッション」、「古風な」とか「昔ながらの」といったニュアンスの表現が、60年代より以前のハードタング演奏以前のスタイルを言い表すのにピッタリだなぁと思うようになりました。

[1960年代のユーズドのイダキ]ボトムの一部は削れて角がなくなってしまい、ボディの一部は焼かれた痕跡があります。マウスピースはファンネル状といってもいいくらいの形状のボトルネックにシェイプされています。電気工具を使わずにここまで作るのか!と驚くほどに丁寧に時間をかけて作られていることがわかる表面加工です。音量に派手さはないものの素朴で荒々しいサウンドは、LPレコードで聞くアノ音と同じニュアンスを感じます。【Unknown Yolngu 1960's】D#++/F#・138.1cm/2kg・3.6-3.7cm/6.5-7.2cm


オールドファッションなイダキの特徴は?

50年代後半から60年代の古い音源を聞くと、明らかに今の演奏との違いを感じます。またダーウィンの博物館のバックヤードやYirrkalaのアートセンターのミュージアムコーナーの楽器を触らせてもらうと(当時は音を鳴らすことができた)、描かれているアートはもちろん、形状やピッチやマウスピースのサイズなど今のイダキとすごく違っていました。


オールドファッションなイダキの特徴

  • 音程が「C~D#」前後のローピッチ

  • 現代のイダキよりマウスピースが大きい

  • 直管であまりベルボトムになっておらず、長い

  • リズムがより反復的で細かい刻みが少ない

  • 現在ではあまり聞かない「G/K」、「Ne」、「Yon」などのマウスサウンドが使われることがある

Yothu Yindiの初代イダキ奏者M. MununggurrはRandin Gravesのインタビューの中で次のように語っている。
「思うにこれはイダキの中における新しい変化だったんじゃないかな。イダキが変わった時代だったんだね。60年代にさかのぼると、60年代.....たぶん70年代初頭かな。イダキに関する全ての事がオールドスタイルから新しいスタイルへと変化したんだ。
イダキも変わったんだ。イダキの形状も変わった。昔のイダキはただまっすぐ、そんな感じさ。(最近のイダキは)より短くなったし、より速い演奏むきになっているね。それは......Hard Tongueのために」

M. Mununggurr インタビュー by  Randin Graves
[B. Wunungmurraの2003年のイダキ]21世紀初頭に北東アーネム・ランドに二人存在したイダキ・マスターの一人ブルースことB. Wunungmurraの初期作品の一つ。彼の後期の作品にはこういった「古風な」ルックスをしたイダキはほとんど見られません。まっすぐで長くローピッチで、モワモワなソフトな振動とオープン・アパチュアで、コレぞオールドファッションなイダキという要素に溢れています。【Bu**********gu Wunungmurra】D/E++・155.5cm/3.1kg・2.9-3.1cm/7.7-7.9cm


ソフトパワーをのりこなす

70年代初頭にDhalwanguクランから勃興し、その後M. Mununggurrが時代の寵児として登場し、現在の北東アーネム・ランドに定着した「Nganarr-dal(ハードタング)」によるイダキ演奏。それより以前の、昔風のイダキ演奏。それはヨォルング自身が認識するほど、現代的な演奏とは楽器も演奏スタイルも違っているようです。

個人的に現代的なハードタング演奏と違いを感じる点は、オールドファッションなイダキの演奏にはどこかゆるやかさが必要なんじゃないかな、ということです。単純に音程が低くなることで振動がやわらかくなるので、唇のアパチュアも大きくなりますし、単にグッとおさえこむような演奏ではキープしずらくなります。

また、オールドファッションなイダキを演奏する楽しさは、少しMagoやKenbiと似てい所があるような気がします。刻みが少なく展開がシンプルでゆったりしていること、そして空洞がオープンでローピッチで、マウスピースが大きくてロープレッシャーになることで、よりハミング重視の演奏になるという点に共通性を感じます。

[Mithinarri Gurruwiwiのイダキ]YirrkalaのチャーチパネルのGalpuクランの部分を描いたアーティストとしても知られ、60年代の北東アーネム・ランドを代表するイダキ職人でもありました。二匹のDjaykung(File Snake)が巻きつくように描かれている。このイダキは太くて空洞がオープンな直管でマウスピースも大きい。こういったズングリとしたルックスのイダキが数多く現地のアートセンターに保管されています。印象としてはMagoがそのまま長くなったような感じに見えます。【Mithinarri Gurruwiwi】C#+/F#+・135.3 cm/2.5kg・4-4.4cm/7.2-7.8cm
[Jason G. Gurruwiwiのイダキ]2023年4月にお亡くなりになったGalpuクランを代表するソングマンJason Gurruwiwiが作り、D. Gurruwiwiが使用したというイダキ。オープンな空洞で大きめのマウスピースで、上記のMithinarriのイダキにどこか似ています。ご冥福をお祈りいたします。【Jason G. Gurruwiwi】D#/E・143.5cm/3.8kg・3-3.5cm/8.5-9cm

こういうイダキを確かさを感じながら乗りこなすにはリラックスしたゆるやかな感覚が必要なんじゃないかなと思うんです。このソフトパワーをのりこなし、リラックスした方向性で演奏する感じにオールドファッションなイダキのおもしろさがあるように思います。

ローピッチなイダキで練習したあとにハイピッチな現代的なイダキを鳴らした時、いつもよりやわらかくディープに鳴らせたり、グっとつまった演奏感が解消されたり、大きくおおらかに鳴らせてる感じがしてくることがあります。これはオールドファッションなイダキを演奏すると生まれてくるラッキーな副産物な気がします。

[Bandamul Munyarryunのプライベート・イダキ]このコラムで紹介してきた他のイダキに比べるとベルボトムになっていて、マウスピースのサイズも小さめ。鳴らした感じはD. Gurruwiwiのイダキにも似たディープな音質で音量もしっかりある。オールドファッションなイダキとして見てみると現代的なハイブリッドな作品とも思えます。【Bandamul Munyarryun】D-D#/F#+ ・148.3cm/4.3kg・3-3.4cm/8.9-9.4cm

幸いなことに現地では「C~D#」前後のローピッチの楽器がいまだ作られています。よりディープなサウンド、より奥深い演奏感を追求していくのにオールドファッションなイダキを練習のレパートリーに取り入れてトライしてみてください。

[Gapanbulu YunupinguがGarma Festivalで使用したイダキ]Yothu Yindiのイダキ奏者GapanbuluがGarma Festivalで使用したMarikuku#2 Wirrpanda作のイダキ。Gapanbuluはアートセンターを訪れるたびにミュージアムコーナーのある1本の楽器を必ず鳴らして何かを確認しているようでした。現代的なハードタング演奏の急先鋒とも思える彼があえてこういった楽器をチョイスするところに、現代と過去をつなぐ、変わらぬナニカがあるようにも思えます。【Marikuku#2 Wirrpanda】D/E ・146.7cm/3.2kg・3.5-3.6cm/7.2-8.2cm

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