見出し画像

3. 軟口蓋でフタをしてしゃべる


軟口蓋ってなに?

舌で口腔内の上顎をツーっと後ろに向かって触って行くと一番奥の方にやわらかな部分が出てきます。その場所から奥が軟口蓋です。かなり奥に位置しているのがわかります。

[軟口蓋の場所]普段ほとんど意識することはありませんが、この図の緑色の部分が軟口蓋です。

普段の生活で軟口蓋を意識する人は少ないと思います。まずは身体の動きとして、軟口蓋がどういう役割をはたしているのかみていきましょう。

軟口蓋は喉の奥でせり上がり、咽頭に触れます。それによって鼻腔と口腔という二つの空間を遮断する役割があります。鼻呼吸をする際には軟口蓋は垂れ下がって上気道と鼻腔がつながった状態になります。

[軟口蓋がせり上がった状態]軟口蓋が咽頭に触れて、口腔と鼻腔を遮断しています。

食べ物を飲みこむ時には軟口蓋は上にあがって咽頭に触れて気道にふたをすることで鼻腔を閉ざす動きをします。これは身体の機能として無意識的にそうなるのであって、軟口蓋を意識的に動かしているという人はなかなかいないんじゃないかなと思います。そして軟口蓋が上下に動いていることを感じることもよっぽど意識しないとわからない。

ツバを飲み込む時に軟口蓋は上にあがって咽頭に触れて鼻腔への道をふさぐので、口を閉じて鼻呼吸した後にツバを飲み込むと、ノドの奥でグッとなって軟口蓋の動きを少し感じとれるかもしれません。

軟口蓋は発音の際にも動きます。「g」、「d」、「t」、「b」、「p」の破裂音を発声する時、自然と軟口蓋を閉じて鼻腔への道を遮断してから発声されることから閉鎖音とも呼ばれています。


軟口蓋の役割まとめ

  • 鼻呼吸をする時に垂れ下がって、上気道と鼻腔をつなぐ

  • 物を飲み込む時に上にあがって咽頭に触れることで鼻腔への経路をふさぐ

  • 破裂音を発音する時には、軟口蓋を閉じて発声される

  • 裏声の時、軟口蓋が閉じたままになる

  • 管楽器で音を出している間は軟口蓋が閉じたままになる

  • 軟口蓋を閉じた発声は口腔共鳴になる


ディジュリドゥと軟口蓋

ディジュリドゥ演奏において軟口蓋が果たす役割を考える前に、管楽器全般で共通して起こる軟口蓋の動きを見てみたいと思います。

管楽器の音を出す時、空気が鼻腔内に漏れると息が抜けてしまって演奏が成立しません。軟口蓋が咽頭に触れて呼気が鼻から抜けない状態になってはじめて、管楽器の演奏が可能になります。これはディジュリドゥの演奏においても同じです。

[MRI Chamber Music with Sarah Willis]このMRIの動画を見ていると、たんに軟口蓋が咽頭に触れているだけではなく、音の強弱に合わせて軟口蓋が反応している動きがわかります。後半では肺を上に押すように横隔膜が上にあがる映像もみることができます。

この動画を見ると、ホルンを鳴らしている間中ずっと軟口蓋が閉じているのがわかります。そして、息を吸う時だけ軟口蓋が下がっています。

また、低い音を鳴らす時には舌が下がって口腔内の空間を大きく作り、高音を出している時には舌がせり上がって、口腔の空間を薄く薄く保っているのがわかります。そして、軟口蓋も高音になるほどに上に押し上げられています。これはピッチの異なるディジュリドゥを演奏する時に、ぼくらも自然にやっていることだと思います。

この動画で見られるような身体の動きは、管楽器の演奏時にすべての人が自然にやっていることで、本来なら見ることのできない口の中の動きを見ることで管楽器全体に共通する軟口蓋の動きを認知することができます。

さらに軟口蓋を意識して、そこにテンションをかけてディジュリドゥを演奏するということは非常に意図的なアプローチになりますし、演奏感とサウンドを今より一歩先へ踏み出すことができるんじゃないかと思います。


アボリジナルのディジュリドゥ奏者と軟口蓋

ぼくが軟口蓋とハミングの関係性に意識を向けるようになったきっかけの一つは、ididjaustraliaに掲載されている高名なイダキ職人Datjirri#1 Wunungmurraのインタビューでした。以下、彼のインタビューの抜粋です。

「20才くらいの時に、ミリンギンビ島で行われたマラジリ・セレモニーでイダキを演奏していた。わたしの一族であるダルワング氏族がグパプユング氏族に贈るお祝いの儀式でした。その儀式の最中、イダキを演奏しすぎて鼻血が止まらなくなった。ミリンギンビ島の医師からは、深刻な状態だし、もしこれ以上イダキの演奏を続けたら悪化するのでイダキをやめるように勧められました。それから、わたしはイダキ作りに専念するようになりました。」

 https://www.ididj.com.au/datjirri-1-wunungmurra/
[Datjirri#1 Wunungmurraのイダキ]Datjirri#1の多くの作品は、このイダキのようにマウスピース周辺をボコっとふくらんだボトルネックに作ったり、描かれるアートに彫刻をほどこしたりと、オリジナリティあふれるイダキ作りとそのクオリティの高さに定評がありました。

いくらイダキに没頭して鳴らし続けたとしても、鼻血が止まらなくなるなんてことってあるんでしょうか?しかも医者に止められるほどに.....。驚きを感じると同時に、ある疑問がわきあがった。

唇じゃないんだ.....

この頃のぼくのディジュリドゥ演奏は、口腔内の内圧を唇で受止めていると自分で感じるような鳴らし方でした。実際、何時間も鳴らし続けると唇にダメージが来てたように記憶しています。

このDatjirri#1の若き頃のストーリーは、自分では思いもよらない驚きと、その後のぼくのディジュリドゥ演奏をメタ認知するきっかけの一つになりました。

ほかにもこれに連なる逸話として、ヨォルングのイダキ奏者の演奏を間近で聞いていると、気ばった時にでるような「ンッ」とか「クッ」といった鼻腔からの音が演奏中に一瞬聞こえることがよくありました。

硬く閉まったジャムの瓶のフタを開ける時や、なかなか動かないネジをドライバーでテンションをかけてグっと回す時にふと出てしまう、あの音と同じ感じ。このような時、軟口蓋は単に咽頭に触れて閉じているだけではなく、軟口蓋にテンションがかかった状態になっていて、内圧が高い状態になっているんじゃないかなと考えられます。

アボリジナルのディジュリドゥ奏者たちは共通して軟口蓋を巧みに活用して演奏しているんじゃないだろうか?そんなフワっとした推測にリアリティを感じるようになっていきました。

ここから先は

3,845字 / 5画像

¥ 5,000

最後まで読んでいただきありがとうございました!みなさんが無料でできる「スキ」や「シェア」、noteは無料で登録できますので「フォロー」をしていただければうれしいです。 あなたの「スキ」、「シェア」、「フォロー」が、ぼくがnoteで文章を書いていく力になります。