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ユーフォリアがつなぐサリー・シナモンのバトン(Mall Grab「Sunflower」EPレビュー)

ロウ・ハウスというシーンにおける重要人物として語られるJordon AlexanderことMall Grabーオーストラリア出身でロンドンを拠点にする1994年生まれ、若干20代にして世界的に活躍するDJ/プロデューサーであるという以外の情報はほとんどヒットしないが、彼自身について説明するのにこれ以上の言葉は不要かもしれない。

ロウ・ハウスの文脈で語られることの多いMall Grabではあるものの、彼のサウンドはでも、ロウ・ハウスのオーガニックな歪みよりも、シカゴ・ハウスやアシッド・ハウスがイビザやヨーロッパへ輸入された時のよりドープに簡素化された多幸感か、

あるいは底で鳴っているベース音の感じやトーン高めなシンセの音からは、トランスやディープ・ハウスを融合させたブロステップ(Brostep)のような印象を受けるものもあり、一概にロウ・ハウス的とも言えないような気がする。

そもそもロウ・ハウス(Raw House)とはローファイ・ハウスとも呼ばれるムーヴメントで、サブジャンル、マイクロジャンルの例によって細分化は難しく、同じくロウ・ハウスとされるサウンドについても、ヴェイパーウェイヴ的であったり、ディープ・ハウス的であったり、サウンドは多様で典型を示すことがなかなか難しい。

アシッド・ハウスやシカゴ・ハウス、ディープ・ハウスから派生したものではあるものの、当時出てきたヴェイパーウェイヴやチルウェーヴの影響かフォグな雰囲気があり・・大雑把に言えば、カセットテープというフォーマットでのリリースに拘泥したレーベル1080pに代表されるように、独特のノイズ感があったり、くぐもったサウンドを伴ったハウス、といったところだろうか。

さておき、自身のレーベル「STEEL CITY DANCE DISCS」に続き「LOOKING FOR TROUBLE」を新設、幼少期の自分自身の写真をジャケットにした「How The Dogs Chill, Vol​.​1」EPを皮切りに精力的にリリースを続けてきたMall Grabが2020年1月、

NYやロンドン、日本を飛び回りながら、満を持して「来るべきデビューアルバムのイントロダクション("an introduction to the debut Mall Grab album slated for a late 2020 release")」だという4曲+リミックス2曲からなるEP「Sunflower」をドロップした。

テン年代のアンダーグラウンド・シーンにおいて、Vektroidが作り出した「ヴェイパーウェイヴ(Vaporwave)」というムーヴメントが、Night Tempoなどの手により昨今再びオーヴァーグラウンドに上がってきているように、

あるいは00年代末期〜10年代初期に鳴っていたドリームポップやチルウェーヴの影響を受けたアーティスト、ガレージゴスやネオゲイザー的サウンドも脈々と枝を広げているのを感じていたものの、

どうやら時期を同じくしてアンダーグラウンド的に俄かに勃興していた「ロウ・ハウス(Raw House)」も、じわじわと形を変えつつ2020年へ持ち越すことに成功しているのかもしれない。

タイトル曲「Sunflower」は強めなトランス的4つ打ちの疾走感あるビートにボトムを重めなベースラインが支え、そこに浮遊感のある甘い音のシンセが絡んでいてーそう、どことなくセカンド・サマー・オブ・ラブの高揚を追体験するかのようなユーフォリアがある。

この癖になるキャッチーなリフレインは、ディープ・ハウス的なシリアスな曲調「Liverpool Street In The Rain」と対になるような、Mall Grabの近年の名曲と言っても良いのではないだろうか。

全体を通してシンプルだが中毒性のあるループを繰り返す音作りはそのままに、どちらかというとBPMを落としたUKハードコアをベースにブロステップのトリッキーさと太いベース、そこにディープ・ハウスのシリアスさが混ざったようなサウンドが多かった印象のMall Grabにしては珍しく、

終始一貫して「ポジティヴさ」「オプティミズム」を打ち出す明瞭なサウンドは、言うなれば、ナイト・クラブではなく野外の昼間に行うレイヴにフィットするような明るい雰囲気になった、と筆者は感じた。

粒ぞろいの名作だ。

だが、本作を彼の傑作と判断するにはまだ時期尚早だろう。何故なら、この先には彼のデビュー・アルバムが待っていて、それが間違いなく最高傑作であろうから。しかし手始めに、彼の持つ「Positive Energy」が、不穏な2020年の幕開けの救いになっていることは事実だ。

彼は3月20日発売のコンピレーション・アルバムの説明でこう話しているー

「あなたの部屋を踊り回って、大きな音でこのアルバムを再生して、安全でいて・・そして、大切なひとも、そうじゃない人も守ってあげて欲しい。だって、前向きな力はいつも最後に勝つんだから。(意訳)」
"Dance around in your room, play it loud, stay safe and support the ones you love - and even the ones you don't, because positive energy will always win." (リンクはこちらから)

彼の見せてくれる世界はきっと、我々が直面する「この非常に困難な試練(this challenging ordeal)」に立ち向かう勇気をくれるはずだ。

来るべきデビュー・アルバムのリリースに向け、Mall Grabがどのような方向性を示してくれるのか、とても楽しみである。

【おまけ(記事の補足)】

特に電子音楽系に顕著だと思うのですが、サブジャンル、マイクロジャンルがとてもたくさんあり、ハードコアテクノなんて幾つあるんだ、と思います・・。さておき、Mall Grabのサウンドがこの辺りの文脈なんじゃないかなあと思うものをあげてみました。

①ブロステップ(Brostep):ダブステップの派生ジャンルで、簡単にいうと攻撃的なダブステップかな?代表アーティストはSkrillex、Ruskoなど。

筆者はダブステップ特有のブリブリと鳴るベース音(ワブルベース)にトリッキーなシンセサイザーが乗っているような感じというイメージがありますが、詳しく解説されているありがたい文献がありますのでご紹介させていただきます。

②ダブステップとブロステップ:SkrillexやRuskoはそもそもダブステップであると言われることも多いと思いますし、ブロステップはダブステップの派生ジャンルなのでまあそれでも間違っていない気がしますが、どこがどう違うのか?については下記に大変わかりやすく解説があります。

③ワブルベース(Wobble Bass):ダブステップ、ブロステップの底の方で鳴っているベース音。

④UKハードコア:Mall Grabの音楽をUKハードコア的、と評する方もいらっしゃいますが、レイヴっぽい感じがするからかな?ただ、彼の音楽のBPMは全体的にハードコアより遅めになっているので、筆者はどちらかというとブロステップとかディープハウス、アシッドハウスかなあ、と思っています。

⑤アシッド・ハウス:アシッド・ハウスはシカゴ・ハウスと一緒にヨーロッパに輸入されてレイヴになったので、Mall Grabの音楽もアシッド・ハウスっぽく聴こえる時もあります。

⑥ディープ・ハウス:この辺りの定義もかなり難しく、奥深いなあと思うのですが、とってもわかりやすい解説がありますのでご紹介します。


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