2023/12/26 noteを頑張ったで賞
今日は8時に起きた。ちょっと早いのでもう一眠りしようかしらと思ったが、11時には事務所に行かなければいけない。であれば10時ころには家を出発しなければいけない。
もう一眠りするにはちよと時間が足りない。起きることにした。朝ご飯をまずは食べる。昨晩、遅く帰宅したが冷蔵庫に見切り品のピーマンがずっといたので、豆腐と白菜とピーマンを卵とじにしておいた。これが今日の朝ご飯である。美味い!うまいものばっかりだな。この世はうまいもので溢れている。
その後、洗濯機を回して干した。風呂に入っておこうかと思ったが、時間的に微妙だったので髪の毛だけ洗った。喫煙者は髪の毛へのタバコの匂いの付着がひどい。髪だけは洗っておきたいものだ。
家を出て、11時に事務所に到着した。
今日は半年に一度の事務所でマネージャーさんとの面談である。
前回の面談をした際の日記を覚えているだろうか。面談開始前にコンビであればコンビのそれぞれが自己分析した手書きのレポートのようなものを書く。そして、そのコンビやユニットの1年間をざっくり振り返るレポートのようなものを書かなければいけない。
毎回、私は面談の定刻30分前には到着して自分の分を書く、そしてコンビのものを書いているときに田川くんが慌ててやってきて、自分の分だけをぎりぎり書き上げるか書き上げないか、で駆け込みで面談開始になる。
これについて、前回文句を言ったと記憶している。
それがどうだろう。今日は私が11時に到着した時点で田川くんはレポートを書き始めていた。えらい!成長した!
「ヤンキー先生母校に帰る」みたいだ。いや、ドラマか映画を私は見たわけではない。しかし、この作品のタイトルを聞いたときに多くの人は「いや、ヤンキーじゃない先生はいっぱい母校に帰っているのに、なに元ヤンキーだからって持ち上げてるん?きしょ!」と思うことだろう。そういうかんじである。
普通の人なら今まで通りじゃよくないなと思ったら改善して次に挑むものだ。だから田川くんの行動は何も褒められたものではない。当然のことである。
しかし、私は嬉しい。私は田川くんの良くないところをいちいち指摘しない。指摘しても変な空気になるもんだからやめていた。
しかし今日、彼は自分で考えて改善した!先生は感動しているぞ。今回ばかりははなまるをあげよう。
と、ここまでライブに向かう途中で書いた。その後は怒涛のやることラッシュにつき、今の時間になってしまった。ああ、はたらいた。
面談の中で、進歩した点と課題と、と話をした。田川くんのマラソンについての話が多めだった。よくわからなかった。私は生まれてこの方、ずっと長距離走が嫌いなのだ。見ればわかるよとおっしゃる方もおおいことだろう。もちろん、私の体型で走るのが好きな人などいない。それに加えて、育った環境も影響している。
小学生のころはむしろ走るのは好きなほう、とまでは言わないが人並みにちょっと面倒だなというくらいだった。
中学校がへんな中学校で、体育の授業では1年生は春から秋まで集団行動(気をつけ、休め、回れ右、右向け右といったやつ)とラジオ体操第一しかやらない。冬から春までは長距離走しかやらない。2,3年生になると春から秋はマット運動や鉄棒になり、冬から春はまたも長距離走しかなかった。
これというのが、出身校である五日市中学校はハードルの為末大さんを排出した陸上部が強い学校であった。そのため、体育の先生は陸上部監督のめちゃくちゃ厳しい系の人だったのだ。
加えて、中学校のあった地域はなかなかの不良が多い地域ということもあり、言っては何だが刑務所のような厳しい監視下で過ごさなければいけなかった。集団行動、ラジオ体操、長距離走、これらでもって生徒を支配することが善しとされる風土があったのだ。これで長距離走は辛いし面白くないし、嫌になってしまった。
高校に入ると、部活でも一日に数十キロの長距離走からダッシュをさせられる。さらには体育も基本は長距離走が多い学校で、年に一度のマラソン大会では厳島神社のある宮島を一周するというわけのわからないお祭りがあった。
うわあ、嫌な記憶がよみがえる。このマラソン大会で宮島を一周走った後、野球部員は荷物を背負って、学校までの約10㎞を走って帰る。
そこから野球部員は部活でダッシュ、長距離走もやっていた。うわあ、やだなあ。こういった恐ろしい環境で育ったため、走るのが体だけでなく、精神的に嫌いになった。
いま振り返れば、私がよく怖い雰囲気をもっているなんていわれるが、当然である。育った環境があまりにも怖い場所だったのだから、大人になった途端に柔和になれるわけがない。だまって辛いことを淡々とこなすことが人間だと学校で教わってきた。それが大人になった途端に自由に、あなたらしい人生をなどと言われても無理である。
暴力を振るわれて育った子供は親になった時に暴力をふるう親になる。それしか教育方法を知らないからだ。私は辛く悲しく生きるしか生き方を知らない。
若い時の苦労は買ってでも、という言葉があるが半分賛成でも半分否定したい。あまりにも苦労しすぎると人生の楽しみ方がわからない大人になる。
暗い話をしてしまった。私は長距離走が嫌いだということは理解していただけただろう。では、私の方に話をうつそう。
来年の目標に着いて、もちろんお笑いの目標はいろいろとあるが、この日記のようなプライベートな目標についてだ。
まずはダイエットをしてみようかと思っている。なんだか太っていることに飽きてきたのだ。恐縮であるが、生まれてからずっと太らせていただいている。太っている人生はもう飽きたので、急激にではなく健康的にやせ細っていこうと思う。ひとまずの目標は80㎏くらいまで落とそうと思う。現在100㎏を優に超えているのだからなかなかの減らし方だと思う。やってみよう。
もう一点は、「推し活」をやってみようと思う。お笑い芸人は応援されてなんぼのものであるが、応援している人の気持ちを理解できていない。私もなにかを無理やり一年間推してみることにする。それによって、推す側はどのような気持ちで、どのような行動をもとめているのかを身をもって学んでみようと思う。
一年やってみて何もわからなければそれはそれでいいだろう。実験である。
この二点を2024年の目標にしてみたい。日記はご好評をいただいたので、少し緩めで継続していこうと思う。今後ともよろしくお願いしたい。
さてと、面談が終わって一時帰宅する。ライブまではなかなか時間があるからだ。
16:30頃に家を出てライブ会場に向かう。けっこう早めに着いたが、いろいろと雑務もあったので楽屋で済ました。すると楽屋にサスペンダーズのお二人がやってきたので久しぶりにゆっくり話した。
私は次にサスペンダーズさんにあったら絶対に聞いておきたいことがあった。サスペンダーズさんっぽい声のラジオCMがあるので、これはお二人ではないか?という確認だ。
これが「ボンズフリー」という無料のオンラインゲームサイトのCMなのだがそのCMの「ええ?全部ただぁ?」「いろいろ遊べておもしろい!」というナレーションがどう聞いてもお二人の声なのだ。
残念ながらYoutubeなどにアップはされていないので聞いてもらうことはd系なかったが、そういった仕事はやっていないと言っていたので違ったようだ。残念。しかし違うということを知れたのは収穫だった。よかった。
ライブはよくわからないライブだった。ガクヅケの木田さんとハットリ乾燥さんと3人でnote頑張ったで賞の表彰だ。なんじゃそりゃ。
ただ、このお二人が私のこのnoteを読んでくださっているようでかなりの熱量をもって話してくれたのが嬉しかった。
私はこの日記を垂れ流すことで読んで、おもしろいと思ってくれてもいいし、気持ち悪いと思ってくれてもいいし、悲しくなってもらってもいいし、腹立たしく思ってもらってもいい、読み手に感情を任せるつもりで書いているのだが、それを見事に言い当てられた。
映画「Stand by me ドラえもん」というのがある。これの謳い文句が「ドラ泣き」である。これがめちゃくちゃ嫌いだ。なんでこれを見て「泣く」つまりは感動するというのを指定されなければいけないのだ。そんなものこっちがみてから判断するから余計なお世話だと思っている。
私は私の一日を嘘無しに書くから、私が思っている感情はいろいろあるが、これを読んでどう思うかというのはあなたが決めることである。
ふふふ。
ライブ終了!これにて今年の事務所関係のライブなどは終わった。よいお年をお迎えください。
モズの一般ピーポーヒデさんと少し喋った。今日は会社員時代の先輩たちがライブにお越しだったそうな。わざわざ地方からやってきて、ほぼ初めて見るお笑いのライブが事務所の内輪トークライブとは、タイミングが違いすぎるだろと思った。
もし気が向いたらネタライブの方にお越しいただければと思う。
帰宅して0時ころには眠たくなったので眠った!またねノシ
今日面白いと思ったことは「ヒデさんはちゃんとnoteを更新したほうがいい。ためちゃあいけないよ。」
こんなつらい人生。ここに空き缶を置いておきます。