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きょうの短編

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なんでもねえ短編でございます。
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疵羽根の鳥

 西のかなたから疵のある羽根の鳥が飛んできた。鳥はうまく飛べないので、ときおり右に左に蛇行しながら、苦し気に息を吐いていた。鳥は飛ぶように駆けたかったが、なにしろ羽根が疵ついていたので、人間がかたわの脚を庇うようなやりかたで羽ばたくしかなかった。鳥は振り返らずに飛んでいた。鳥はまもなく闇色の太陽がおのれの羽根を焼くことを知っていたから、ひどく急いていた。闇色の太陽は重く腫れぼったい手を伸ばし、疵羽

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かすみの花というものは

 かすみの花というものは空気中に咲くものだ。ぎゅっと身をつづめて夜の寒さに耐え、朝、日が照ってあたたかくなるころ一斉に、ほどけるように咲き出すもの。昼間にはすでにしぼみかけていて、夕暮れにはねむたげな貌で長い夜をしのぐ準備をしている。かすみの花というものは元来非常にはかないものだ。かすみの花をとどめおくことは、神さまにだって絶対できない。かすみの花はあなたの年老いた祖父のもとへ、あなたの友人のもと

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迷子の男

 男は迷っていた。目の前にはふたつの道がある。そのどちらに進むべきかをどうにも決めかねていた。しかし男は見ていた。男の兄が、さきほど右の道を通って進んでいったのだ。だから実際、男には悩む理由がなかった。男は兄を尊敬していたから、男は兄の通った道をそのまま進めばよかった。男は右の道を選んで進んだ。男はしばらく歩いてから、はて、と首をかしげた。右の道をひた進む足取りにはなんの迷いもないのに、男は卒然、

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岬の青年

「この島はじき沈むだろう」
 その島の岬に立って日毎にぼやいていた青年は、島が沈むちょうどその日の朝早くにまたいつものように岬に出かけ、沈みゆく島の舳先から遠くの空をじっと眺めていたので青年はその島に住んでいる者たちの誰よりも早く沈んでいったがその島の人間は誰もそのことに気が、
つかない