ナリタシノ

東北の山奥で文字を書いています。

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  • 戯曲アーカイブ

    過去に書いた戯曲を全文公開しています。 上演目的で使用を希望する際は個別にお問い合わせください。(49naritai☆gmail.com)☆→@

  • きょうの短編

    なんでもねえ短編でございます。

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屋根裏ハイツ『とおくはちかい(reprise)』について

 地下鉄卸町駅を出て、左手側のすぐ隣にはデイリーヤマザキがあって、赤と黄色の看板を見ているとだんだん口の中にベーコンエッグトーストのマヨネーズの酸味が溜まってくる。最後にここでパンを買って食べたのは三年ほど前で、その時わたしはまだ大学生だった。  地下鉄卸町駅からせんだい演劇工房まではだいたい徒歩10分の道のりだ。県道137号から左に一本入ると、車の音が途端に遠くなって、代わりに木の根の小さな鈴虫たちの声が風に乗って届くようになる。何度も歩いた道のはずなのに、曲がる角を間違

    • カレーライスは鶏肉がお好き:高校演劇をみてきました

       八月あたまの金曜日と土曜日、令和二年度岩手県高等学校文化連盟演劇専門部県央・南盛岡ブロック高校演劇研究発表会(長い、けどこれが正式名称のはず)に審査員としてお邪魔してきました。以前わたしがnoteにアップしていた、劇評未満の拙い感想文を読み、声をかけてくださったそうです。きょ、恐縮……。  画像は会場の近くに咲いていたヒルガオの花です。  コロナ対策の観点から、今年度の審査員は県内からのみ選ばれたとのこと。どういう心構えで観るべきか、何を伝え、何を伝えないでいるべきか悩

      • 忘れてない忘れてないかも忘れていて

        【ここ一ヶ月の記憶をたどる】 ①春が来た 肌寒い日、寒くてストーブをつける日、暖かい日、汗ばむ日、ゴールデンウイークは暑かった。パジャマを一段薄いのにした。マットレスに寝そべって、昼間から電子書籍で本を読んでいた。肌寒い日。五月にストーブ。つけたり、消したりする。汗ばむ日。風のすこやかな日。雨の日と雨の日、カエルの大合唱、エゾハルゼミの鳴き声、青い風、初夏の風。春が終わりかけていた。 ②JAF 鼻歌歌いながら夜道を走っていたら、縁石に掠ってタイヤがパンクした。 事故報告書

        • またくる冬のこのうえないうれしさ

           ヘッダーはさ、今年のいまの写真じゃないんだけどさ(!)  ひさしの雨垂れをぽとぽと眺めてる。  まだかなあ……と思いつつ眺めている。  天気予報が言った。  「今週末、雪降っちゃうかも」  うげえー! と思ったわたしは急いで部屋のストーブに灯油を継ぎ足した。ここよりもっと寒いところ育ちの横着者なので、ぎりぎりまでストーブをスイッチせずに耐えていた。気分は修行僧。職場で話したら「ええー? 面倒くさがってないで灯油くらい入れたら?」と諭された。わかる~! ごもっとも~!

        屋根裏ハイツ『とおくはちかい(reprise)』について

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        • 戯曲アーカイブ
          6本
        • きょうの短編
          4本

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          近所のばんばに里芋もらった話

           私の家の向かいには、ちょっと耳の遠いばんばが住んでいる。ばんばはじんじと一緒に住んでいて、じんじは去年ブヨに噛まれて足を引きずっていた私にアンメルツヨコヨコを授けてくれた。いわく、刺されたり噛まれたりしたらこれを塗るとバッチリ!とのこと。アンメルツには「へび・まむす用」と書かれており、部屋に戻ってから私は「書き文字まで訛るのかよ!」とひとしきり笑わせてもらったのだった。ほのぼの。  ばんばの家には小さな畑があって、お芋やらほうれん草やらトマトやらネギやらズッキーニやらがた

          近所のばんばに里芋もらった話

          青春五月党「ある晴れた日に」について

           ごくありふれたかなしみにまつわる話だとおもった。  劇評というほどでもないけれど、青春五月党「ある晴れた日に」について、自分のための備忘録としてあれこれ書き残しておこうと思う。  「ある晴れた日に」は、3.11の「あの日」を境にめちゃくちゃにその形を変えられてしまった女の人の、【過去】と【いま】と【未来】のお話である。舞台上にはベッドが二台、お互いがお互いに背を向けるように並べられており、女の人はそれらを行き来しながら、それぞれのベッドに眠っている男の人にかわるがわる話

          青春五月党「ある晴れた日に」について

          拝啓子美どの、太白どの

           さいきん、町の人に向けて漢詩の講座を開いています。  お話しを受けたときは、私が……講師……? 教育大を卒業したのに(私には無理だ)と確信を得て教員にならなかった私が、ここにきて先生のまねごとをするのか……? と冷や汗タラタラものだったのですが、「先生じゃない、漢詩の世界の入り口にぼうぼう生えてる下草を刈って見晴らしをよくする道先案内人なんだ」と自分を納得させることで、どうにかこうにか前を向いてやっていけています。  自信はなくとも、漢詩の話をするのは楽しいのです。

          拝啓子美どの、太白どの

          ブルー・ブラックの追憶

           小五のクリスマスに、100色の色鉛筆をプレゼントしてもらった。12色ずつのケースが三つ入ってひとセット、セットは三種類あるから合わせてちょうど100色。眺めているだけで楽しくて、使いもしないのに紙のケースから取り出したり戻したり。ありがちなお絵かき少女だった私は、毎週木曜日のクラブ活動(私はイラストクラブに所属していた)に、したり顔で持って行ってはとりどりの色を眺めて悦に入っていた。盆と正月には両親の実家にわざわざ持って帰り、すみっこの机でひたすらに絵を描いて過ごしていた。

          ブルー・ブラックの追憶

          もりげき王2019終わっちまったぜの巻

           もりげき王2019、無事終わりました。  土曜日に打ち上げ兼反省会をして、この町で演劇を続けることについて話し合うなどして、あとはボケッと土日を過ごしてました。  それでなくてもいつもボケッとしてるのに、何か大きなイベントごとが終わった後は輪をかけてボケが加速します。人生を無駄にしている? うーんそうかもしれないけど、これで私ボケッとするのが大好きだったりするんだよな。  意味もなく横手まで車走らせて、横手川を朱に染める晩夏の夕暮れを眺めている時とか、このうえなく幸福な心地

          もりげき王2019終わっちまったぜの巻

          もりげき王2019「老唖」参戦夜話

          https://twitter.com/morigekiou  「もりげき王」という演劇コンペに参加します。  コンペの詳細に関しては上↑のURLを見ていただくとして…  今回私は「老唖」というお芝居を書きました。 チラシでは「ドロボウ論語」というタイトルの記載がありましたが、「老唖」が正式タイトルです。ろうあと読みます。  参加決定に関しては、まあ知り合いのかたに「出たらいいんとちゃう?」言われて「出る出る~」となった程度の経緯しかないので、そこの説明は省かせていただき

          もりげき王2019「老唖」参戦夜話

          【戯曲】もとひかる

          登場人物:ヒメ、少女/赤ん坊/かぐや、裁判長、ひかり、聴衆/ファンたち 上演時間:60分程度 シーン1 月――竹やぶ 開幕。 薄暗い竹やぶの中、少女のシルエットがぼんやりと浮かび上がる。少女は竹の根元に耳をあてながら、誰かと話をしているようにみえる。しかし、話し相手の姿は見えず、竹やぶには少女一人しかいない。少女は竹やぶに生える竹のうちの一本と会話しているのだ。時にうなずき、時に笑い、真剣に声に耳を傾けている様子。 少女  そっか ヒメは地球に帰りたいんだ ヒメ  うん

          【戯曲】もとひかる

          ゆく者はかくの如くなれども:2019.5.17錦秋湖カヌー体験のこと

          「何度だって行きたい」の希望をかなえて、再びカヌーイングの機会を得た。およそ一ヶ月ぶりのことだ。前回は早朝に漕ぎだしたが、今回は夕方にお願いした。朝寝坊の私は日暮れが好きなのだった。いそいそと定時で勤め先を抜け出して、船頭である瀬川然さんの車に乗せてもらって廻戸をめざした。然は『シカリ』と読むが、これはアイヌの言葉でマタギのリーダーをさす語であるという。はじめてその由来を聞いたときはひどく感心した。いうまでもなく「然」の字は「まさにそうである」の意で、音と意味の両方で地に足の

          ゆく者はかくの如くなれども:2019.5.17錦秋湖カヌー体験のこと

          【戯曲】杜甫春望(2019年改訂版)

          登場人物:語り手、杜甫、李白/門番/浮浪者、店子/女の子/老婆 上演時間:30分程度 序 語り手  さては昔、昔のこと。 日本のおとなり中国が まだ 〝唐〟と呼ばれていた頃の お話し。 「語、人を驚かさずんば死すともやまず」 時は西暦七一二(なないちに)年、 おりから日本では『古事記』がめでたくも整い、 時の天皇に献上されていたちょうどその頃、 ところかわって唐国(からくに)では、 歴史に名高き玄宗皇帝の即位をことほぐ喧騒の裏側で、 ちいさな身体に限りなくやわらかな魂を

          【戯曲】杜甫春望(2019年改訂版)

          春みどりに一葉泛べて:2019.4.21廻戸カヌー体験のこと

          4月21日 日曜日朝5時のこと。 私は国道107号線沿いに流れる廻戸川のほとりに立っていた。廻戸は『まっと』という音で、もとはアイヌの言葉からきている地名だという。廻戸川は奥羽山脈の西の裾野に源流をもつ川で、ゆるやかに流れてやがて錦秋湖というダム湖にそそぐ。 この時期、ようやくの雪解けを迎えた川の水は深い碧色をしている。空の青と野の緑をちょうど混ぜたような奥行きのある色合い。この色が見られるのは、一年を通しても雪解けのこの時期だけだ。どういう仕組みでこの色が出るのかということ

          春みどりに一葉泛べて:2019.4.21廻戸カヌー体験のこと

          かすみの花というものは

           かすみの花というものは空気中に咲くものだ。ぎゅっと身をつづめて夜の寒さに耐え、朝、日が照ってあたたかくなるころ一斉に、ほどけるように咲き出すもの。昼間にはすでにしぼみかけていて、夕暮れにはねむたげな貌で長い夜をしのぐ準備をしている。かすみの花というものは元来非常にはかないものだ。かすみの花をとどめおくことは、神さまにだって絶対できない。かすみの花はあなたの年老いた祖父のもとへ、あなたの友人のもとへ、あなたの先生のもとへ、あなたの小さなむすめのところへ、あなたの憎む仇のところ

          かすみの花というものは

          迷子の男

           男は迷っていた。目の前にはふたつの道がある。そのどちらに進むべきかをどうにも決めかねていた。しかし男は見ていた。男の兄が、さきほど右の道を通って進んでいったのだ。だから実際、男には悩む理由がなかった。男は兄を尊敬していたから、男は兄の通った道をそのまま進めばよかった。男は右の道を選んで進んだ。男はしばらく歩いてから、はて、と首をかしげた。右の道をひた進む足取りにはなんの迷いもないのに、男は卒然、「これでよいのか」という気持ちになった。しかし男はすぐそれを忘れた。男はまっとう