【戯曲】もとひかる

登場人物:ヒメ、少女/赤ん坊/かぐや、裁判長、ひかり、聴衆/ファンたち
上演時間:60分程度


シーン1 月――竹やぶ

開幕。
薄暗い竹やぶの中、少女のシルエットがぼんやりと浮かび上がる。少女は竹の根元に耳をあてながら、誰かと話をしているようにみえる。しかし、話し相手の姿は見えず、竹やぶには少女一人しかいない。少女は竹やぶに生える竹のうちの一本と会話しているのだ。時にうなずき、時に笑い、真剣に声に耳を傾けている様子。

少女  そっか ヒメは地球に帰りたいんだ
ヒメ  うん でも帰れないんだ竹だから
少女  竹だってときどきは懐かしくなってもいいと思う
ヒメ  ありがとう きみは地球について学校でどんなふうに習った
少女  地球はけがれた星ですと習ったよ
ヒメ  うん
少女  空気中にはPM2.5もまっさおな汚染物質が漂い 一息吸うだけで肺がピリピリ
ヒメ  うん それぜんぶ嘘
少女  わあ

少女、あわててヒメの(というか竹の)口を塞ごうとする。しかしヒメは竹なので、竹には口がないので、塞げない。少女、あたりを見回して、人影がないことを確認して一息つく。

少女  人に聞かれたらあぶないところだった
ヒメ  嘘じゃないよ 嘘をついているのは学校の先生だよ
少女  ヒメ ステイ
ヒメ  わん
少女  嘘をついたらいけない 嘘ついたら先生めちゃくちゃおこる 嘘ついたらグルグルのスマキにされて 真っ暗な海に閉じ込められてしまうんだよ
ヒメ  嘘をついてるのは学校の先生だよ
少女  人をうたがってかかるのもよくない
ヒメ  そうかな
少女  わたしの友達の親戚のおじいちゃんは 嘘つきの罪で地球に落っことされたらしい
ヒメ  地球には嘘がいっぱいでたのしいよ
少女  嘘がいっぱいでたのしいって 何
ヒメ  月には雨が降らないでしょ だから住んでる人間の心も かさかさに乾いてつまらないんだ 嘘はうるおいなんだ
少女  地球の風は汚染物質でイガイガ
ヒメ  うん それは嘘だね
少女  ちくしょう 義務教育の敗北
ヒメ  竹は嘘つかないよ
少女  竹じゃなくて ヒメでしょ
ヒメ  ヒメだけど今は竹だよ
少女  地球ってもしかして すごくいいとこ
ヒメ  うん すごく

少女、遠い地球に思いを馳せるように、空を仰ぐ。

少女  マジか わたし 学校で何習ってきたんだろう 地球っていいとこなんだ 知らなかった そうなのか
ヒメ  きみってすごく変わってるよね
少女  え なに いきなり
ヒメ  ふつうの人間は 竹やぶにこもって竹と会話したりしない
少女  そうかな
ヒメ  そうだよ 竹の言うことを鵜呑みにしたりもしない ふつうの人間は
少女  え もしかして今の話全部嘘
ヒメ  竹は嘘つかないよ
少女  どっちだよ
ヒメ  嘘じゃないよ
少女  あ

少女、はたと立ち止まって。

ヒメ  なに
少女  そうか ヒメは 地球のことがだいすきなんだ
ヒメ  …
少女  ごめん けがれたとか言っちゃって

ヒメ、答えない。

少女  ヒメ どうしたの
ヒメ  …
少女  ヒメ怒ってるの
ヒメ  怒ってないよ
少女  (…)ねえ 地球の人間は 竹やぶにこもって竹と会話するかな
ヒメ  どうかな
少女  わたしと地球の人間 仲良くなれるかな
ヒメ  え
少女  よし 地球に行こう
ヒメ  えええ そんな京都行こうみたいなノリで
少女  キョウトって何
ヒメ  か 観光じゃないんだぞ
少女  なんかね この胸のモゾモゾの正体をずっと考えてたんだけど 今やっとわかった これモゾモゾじゃなくてワクワク ワクワクしてるのわたし こんなふうに胸がワクワクするの生まれて初めて ねえヒメ わたし地球に行きたい あっ言葉にしたら欲望が加速した 地球 地球行きたい! 地球行きたいわわたし
ヒメ  よく考えて 先生に怒られるどころのさわぎじゃないぞ もう戻ってこられないかもしれないんだぞ
少女  なんでヒメが止めるの
ヒメ  だって…
少女  竹は嘘つかないんでしょ
ヒメ  …
少女  ヒメは嘘ついてないよ
ヒメ  …
少女  いいんだよ うまくいかなかったらそのときはそのとき
ヒメ  きみって変だ
少女  また言ったな てい とお(竹の幹をなぐる)
ヒメ  残念 そこにぼくはいません
少女  ちくしょう
ヒメ  そもそも どうやって地球に行くつもりなの 何かあてはあるの
少女  む 厳しいご指摘
ヒメ  ふつうはそれを考えてから行動に移すでしょ
少女  ヒメを作戦参謀に任命します
ヒメ  まったく きみの友達のおじいちゃんが地球に行ってるんでしょ
少女  わたしの友達の親戚のおじいちゃんです あ
ヒメ  何
少女  それだ
ヒメ  え?
少女  それだ わたしの友達の親戚のおじいちゃん作戦
ヒメ  何 わからない
少女  別名 犯罪者になろう作戦


シーン2 月――裁判

場面変わって、法廷。裁判長らしき人物がハンドベルを振り鳴らしている。裁判長に向き合う位置に少女が立っており、ふたりを取り囲むように左右に傍聴席が設けられている。

裁判長 最後に何か 言いたいことはありますか
少女  おでこがかゆくて 裁判長 おでこを掻いてもいいですか
裁判長 許されません
少女  かゆい
裁判長 右のものに判決を言い渡します
少女  はい
裁判長 この月の世界で最も唾棄すべき悪 忌むべき罪は「嘘をつくこと」です
少女  (…)はい
裁判長 右のものはみずから街頭に立ち 道行く人々にけがれた惑星地球にまつわる無用の嘘を吹聴して回り 人々を不安と混乱に陥れました これはこの月の正義と法にかんがみて まことに許されざる行為です
少女  嘘なんかついてませんよう
裁判長 右のものの発言を不適当と認め これを斥けます
少女  …
裁判官 よって この地で過ごした記憶のいっさいを剥奪したうえで 右のものにこの銀河でもっともけがれた惑星 すなわち地球への配流を言い渡します
少女  やったぜ
聴衆  やったぜとはなんだー
少女  しまった つい
聴衆  反省の色が見えないぞー
少女  本日は大変よいお日柄で
聴衆  そいつをスマキにしろー

聴衆たち、少女に「とんでもない悪党だー」「地球行って頭冷やせー」などと激しいブーイングを飛ばす。

裁判長 年齢を考慮するに 地球への配流は重すぎる沙汰とする向きを十分考慮しつつも 右のものが反抗的ともとれる態度を崩さないこともまた事実であり けがれた嘘が蔓延することを未然に防止するという犯罪抑止の視座に立っても 上記の判決は妥当と認められるものと考えます
 
聴衆たち、「そうだそうだー」「異議なし!」などと判決に肯定的な反応を返す。聴衆たちのざわめきの中、裁判長は淡々と沙汰を読み上げて。

裁判長 地球への配流は一月をこれに猶予し その後執行することとします これにて閉廷

裁判長、再びハンドベルをかき鳴らす。


シーン3 月――出立

場面変わって、屋外。少女は自転車(ママチャリ)を引いている。少女は左手に薬びん、右手にその説明書を持って、読みながら歩いている。

少女  なになに この薬を飲み込んでしばらくすると 強烈な多幸感におそわれ 頭の中が酔っぱらったときのようにぐらぐらになります 同時に強烈な眠気におそわれますので 逆らわずに身をまかせるべし 眠気に身をまかせてまどろんでいるうちに あなたはすっかりこの地で過ごした出来事を忘れ りんごほっぺの赤子のように すべすべのすっぴんの生まれたてになります ふむ なるほど ぼかして書いてあるけどなかなかにヤバいお薬だわ これ 

少女、薬びんと説明書をふところにしまい込むと、自転車を漕ぎだし、竹やぶの中のヒメのもとへ向かう。

少女  ヒメ ヒメ いる?

返事はない。少女、わずかに落胆して。

少女  なんだ せっかく挨拶に来たのに
ヒメ  いるよ
少女  ワア いたなら返事してよ
ヒメ  まさか本当にやるとは思わなかった きみってやっぱり変だ
少女  えへへ
ヒメ  ほめてないよ
少女  社会科見学だよ
ヒメ  命がけの社会科見学だよ
少女  さみしいんでしょ ヒメは
ヒメ  さみしくなんかないよ
少女  わたし きっとまた戻ってくるよ
ヒメ  …
少女  ヒメのかわりに地球のおもしろバナシをたくさん仕入れてくるよ 地球のおもしろうそバナシ ヒメみたいな友達をたくさん作るんだ そんで戻ってきたら ヒメに 地球であったできごとをみんな語って聞かせるよ 夜も昼もないくらい あまさずみんな伝えるよ きっとだよ 約束する
ヒメ  どうせ止めたって行っちゃうんだろ
少女  ヒメが歩ける竹だったらよかったのにね
ヒメ  そうじゃなくて そうじゃなくて
少女  ねえ 嘘をつくことってそんなに悪いことかな
ヒメ  なんの話
少女  嘘ついたらスマキにされて暗い海
ヒメ  それは そういうきまりだから
少女  わたしの大いなる好奇心と ほんの少しの反抗心を祝福してよ
ヒメ  本気
少女  ヒメ 待っててね
ヒメ  待つよ でも待って ちょっと待って
少女  行ってきます

少女、薬瓶を取り出し、一息に飲み込む。それから竹やぶにくるりと背を向け、威勢よく自転車を漕ぎだす。

ヒメ  全部忘れちゃうんだよ きっと戻ってこられないよ ねえ 待ってよ

少女、むちゃくちゃにママチャリを漕ぐ。竹やぶを抜け、幾多の山と海を越え、とうとう月の地表から飛び出して宇宙空間に漕ぎ出す。一瞬、後ろを振り返ろうかな、と思って逡巡するが、やめた。振り返ったら悲しくなってしまいそうだったから。

少女  そうしてわたしは旅に出た まだ見ぬおもしろ惑星 地球を目指してペダルを漕いだ 待ってろ地球 今行くぞ地球 飛び込むぞ地球 ああ さっきの薬が 少しずつ効いてきたみたい 眠気が尋常じゃない あとなんか全身が熱い 全身の細胞が全速力で稼働しているのがわかる あたまが あたまがぐるぐるする ああ それでも不思議と わたしはちっともこわくなかった なぜだろう なぜかしら―――


シーン4 地球――乳房

ところかわって、地球。日本のどこかの地方都市。人口は三十万人程度か。ひかりの職場は電車で3駅の立地だが、家から最寄り駅まで15分ほど歩いて向かう必要がある。仕事を終え終電で帰ったひかりは、つかれた体を引きずりながら帰路についている。月の明るい晩である。

ひかり あの日もこんなふうに 月の明るい夜だった

川沿いの道を這うように歩くひかりの目に映る、見慣れない自転車(ママチャリ)。そっと近づいてみて、かごの中に何かが入っていることに気がつく。たけのこだった。ひかりは何かに導かれるように、家まで自転車を引いて帰る。

ひかり 私にはつきがなかった だから仕事に打ち込むほかなかった 草木も眠る終電の帰り道 私は小さなママチャリと かごの中のたけのこを見つけました 見てみぬふりを することもできたはずなのに 私の目にはそれがとてもうつくしく あわれむべきものに見えた かごの中のたけのこ どんなに強くそれを望んでも けしてさずかれなかった私の かわいい子 このたけのこはきっと天からのさずかりもの 私はそう信じた お月様 ありがとう 私を見放さずにいてくれて やわらかくて小さくて いいにおいがして 食べちゃいたいくらいかわいい やったぜ 思わず私はそう叫んだ やったぜ 私のつきも捨てたものじゃない 気がつくと かごの中のたけのこはいつしかほどけて 金網のゆりかごに小さな赤ん坊がうとうとまどろんでいた

ひかり、赤ん坊を腕に抱いて、ミルクを飲ませてやる。

赤ん坊 粉のミルクはあまり美味しくないから あなたの乳房から出る乳をのぞみます
ひかり ワア 喋った この子 赤ん坊のくせにえらく弁が立つわ
赤ん坊 我 乳 ノゾミマス ウォン シャン ヤオ ナイ チー(我想要奶汁)
ひかり 日本語で結構
赤ん坊 お乳をくださいな
ひかり もちろんそうしてあげたい けれど私の乳房から あなたのための乳は出ないのよ
赤ん坊 どうして
ひかり それは あなたが小さなママチャリのかごの中に眠っていた 小さなたけのこから生まれた赤ん坊だからよ
赤ん坊 たけのこ
ひかり たけのこの両親は竹なの
赤ん坊 驚いた
ひかり あなたを見つけたとき 私もすごく驚いた
赤ん坊 わたしを腕に抱くあなたも竹ですか
ひかり 私は 人間よ
赤ん坊 人間
ひかり 私の乳房は あなたのための乳をもたないけれど 私の両手は こうしてあなたを抱きしめることができるわ
赤ん坊 そう
ひかり 私の乳房は あなたのための乳をもたないけれど 私の両手は あなたのためにあたたかいお湯を沸かすことができるわ
赤ん坊 お母様
ひかり あなたのお母様は竹よ
赤ん坊 そう呼びたいの 
ひかり あたたかいお紅茶 飲みますか
赤ん坊 ええ いただくわ お母様

赤ん坊、ひかりの淹れた紅茶を飲む。月からきた不思議な赤ん坊と、子供のいない母親にとっては母乳代わりの紅茶である。

赤ん坊 おいしいわ


シーン5 地球――竹の生長

かぐや そうしてわたしは育ったわ やさしいお母様にいだかれて それはそれはすくすくと育ったわ お母様はお紅茶を淹れるのがとても上手だったから わたしは枯れた根に水を得た草木のように ぐんぐん手足を伸ばしてゆきました お母様はわたしにかぐやという名前をつけて 日々ますますいつくしんでわたしを育てました お母様
ひかり なあに
かぐや お母様 どうしてわたしの名前はかぐやなの
ひかり あなたをさずかったとき 首から提げていた札に名前が書いてあったの
かぐや え
ひかり 冗談です ちゃんとわたしが考えました
かぐや わかりづらい冗談はよしてください
ひかり 月のきれいな夜にあなたをさずかったから かぐや
かぐや ふうん
ひかり どうしてそんなことを聞きたがるの 
かぐや 学校で言われたの かぐやって変な名前
ひかり その子供の名前を教えなさい
かぐや え B組のショウイチ君 お母様 裁縫道具なんか取り出してどうしたの
ひかり ショウイチ君のジャージと内履きを裏起毛のふあふあに仕立て直してあげるの お母さんこうみえて学生時代は手芸部に入っていたから 縫い物は大得意
かぐや 駄目よ お母様 ショウイチ君が汗だくになってしまうわ
ひかり 首回りまで入念にふあふあのもこもこにしてあげるわ 見てなさい
かぐや お母様 気持ちはありがたいけれどいいの かぐやは大丈夫です
ひかり お母さんが思うに B組のショウイチ君はきっと かぐやのことが好きよ
かぐや え
ひかり お母さんにはわかる それは恋よ
かぐや え え
ひかり かぐやのことが好きなのに 素直になれないのね わかるわ お母さんにもそういう時代があった
かぐや え え え
ひかり かぐやはどう思ってるの B組のショウイチ君のこと
かぐや え え え わからないわ
ひかり お母さんが当ててあげる 憎からず思っているのでしょう
かぐや そうかもしれないわ
ひかり ならばするべきことは一つ わかりますね
かぐや え え え わたしには早すぎるわ お母様
ひかり アイドルになるのよ かぐや
かぐや アイドル
ひかり 想像してごらんなさい あなたは光輝くステージの上 2かける全校生徒ぶんのガラス玉のような目があなただけを映している あなたが歌い踊れば 2かける全校生徒ぶんのガラス玉があなただけを追いかける あなたがほほ笑めば 2かける全校生徒ぶんの拍手の音が海鳴りのように体育館に響く さあ そうなったときに B組のショウイチ君といえどもあなたを無視はできないわ B組の素直になれないショウイチ君といえども 涙を流してあなたに詫びるにちがいないわ あなたほど素敵な人にぼくは出会ったことがない かぐやさん C組の光輝くかぐやさん あなたこそがかぐやの中のかぐや ぼくの永遠のアイドルです
かぐや お母様 なんだか 見積もりが少々甘い気もするわ
ひかり そんなことはない あなたの一挙手一投足に全人類が釘付けよ
かぐや 主語がむやみに大きいのだわ
ひかり こういう場合 一番大事なのは想像力 イメージが肝要よ 
かぐや イメージ
ひかり 想像してごらんなさい かぐや
かぐや 光輝くステージ 億万のガラス玉 拍手の海
ひかり そうよ その調子
かぐや 見えた 見えたわ めくるめく未来のイメージ
ひかり そうでしょう お母さんにも見える
かぐや お母様 わたし なれるかしら かぐやの中のかぐやに
ひかり きっとなれるわ あなたはわたしの娘だから
かぐや お母様 わたし 歌うわ


シーン6 地球――フルムーン

かぐや それでは聞いてください 「ムーンライト・ミッドナイト」

かぐや、踊りながら。

かぐや そうしてわたしは 母のすすめで アイドルへの道を歩みだすことになりました まずは手始めに学校の文化祭を制圧 わたしの声と 心震わすソウルフルなメロディ エモーショナルなダンス・スタイルは 全校生徒をあますところなくとりこにしました 体育館はさながらダンス・フロア さんざめく極彩色の中で B組のショウイチ君も A組のネネちゃんもユメちゃんもキラリちゃんもフィーバータイム クラスメイトはみな時を忘れて踊り狂い 偏差値は50を切った 先生は怒った お母様
ひかり なあに
かぐや 話があるの

かぐや、ふところから一通の手紙を取り出して。

ひかり これはもしかして
かぐや そう これはラブレター 差出人はもちろん
ひかり B組のショウイチ君
かぐや ご明察だわ
ひかり やったぜ
かぐや やったぜ ショウイチ君のジャージの袖 今ごろはわたしを想う涙でひたひたになっているはずよ
ひかり 裁縫の腕を披露しそこねて残念
かぐや 余った生地で衣装を縫うのはどうかしら
ひかり 桜色のかわいいステージ衣装ね 合点承知
かぐや お母様 わたし もっと歌うわ 体育館のステージはわたしの独擅場
ひかり いいえかぐや 次は芸能界に殴り込みよ 今時代が求めているのは トップスターではなくフルムーン つかれ傷ついた心を包み込むやわらかな光 かぐや
かぐや はい
ひかり つまり あなたのことよ

ひかり、スーツスタイルでマネージャー気取り。黒くて分厚いシステム手帳をめくりながら、かぐやのスケジュールを確認している。ひかり、手帳をぱたんと閉じて。

ひかり それからかぐやは 一足飛びにトップアイドルへの道を駆けあがりました 愛称はずばりムーンちゃん ややダウナーで陰のあるそのたたずまいは 日常生活にくたびれたサラリーマンをはじめ キラキラした従来型のアイドルたちに倦みはじめた大衆の心をがっちりとキャッチ かぐやは新時代のアイドルとして 一躍時代の寵児となりました
かぐや みんな 今日はわたしのために集まってくれてありがとう

地響きのようなファンたちの唸り声。

かぐや わたし 本当は みんなに応援されるような たいした人間じゃないの 顔は正直十人並みだし わたしより歌やダンスがうまい人はこの広い世界にごまんといる

ファンたちから「そんなことないよー!」「かわいいよ!」などと歓声が飛ぶ。

かぐや いいえ わたしは本当にそう思っているの そんなわたしが ほかでもないこの会場で 大好きなみんなのために歌うことができる こんなに嬉しいことがほかにあるでしょうか いいえ あるはずないわ

ファンたちの「ありがとう」の大喝采。

かぐや わたしのほうこそありがとう ありがとう 今日は みんなのために歌うわ わたしを好きでいてくれるみんなのために歌うわ どうか聞いてください 「イン・ザ・サイレント・シー」

メロウなピアノのメロディが流れ出す。いつしかライブの夜は更け、あとにはかぐやとひかりだけが残される。ひかりはファンから届いたプレゼントや差し入れの整理をしている。

ひかり お疲れ様 今日は大変だったわね

ところ変わって、関係者控室。かぐや、ひかりから水のペットボトルを受け取り、ゴクゴク飲む。

かぐや さすがのわたしもくたびれたわ
ひかり 今をときめくスーパーアイドル ムーンちゃんことかぐや初の全国ツアーなんだもの これくらいの賑わいは当然というべきね かぐや 例の貴公子からまたプレゼントよ

ひかり、プレゼントの山から花束を取り出して、かぐやに渡す。

かぐや また花束
ひかり 今回はメッセージカード付き 「ああかぐや あなたほど心の美しい人間にわたしは出会ったことがない云々」
かぐや はいはい 出会いの少ない人生を送ってきたのね
ひかり 捨てる前に中身をご覧

ひかり、かぐやにはさみを手渡す。かぐやがメッセージカードの端っこをはさみで切り取ると、カードの中から折りたたまれた紙が出てきた。

かぐや なにこれ
ひかり 月の権利書だそうよ
かぐや 月の権利書
ひかり あなたのためなら月だって手に入れてやるという主旨の お坊ちゃん流キザプロポーズの類ね
かぐや これがあれば わたしは月の権利者になれるの
ひかり そうね 書類上はね
かぐや 月の人間は地球をけがれた星と言い 地球の人間は月を自分の所有物だと言う 月と地球って どうしてこうも仲良くなれないのかしら
ひかり どうしたの かぐや
かぐや お母様 わたし今 何か言った
ひかり ええ言ったわ 月と地球がナントカ
かぐや お母様わたし今突然いいようもなく不安だわ
ひかり 忘れなさいかぐや 今のはうわごとよ もしくは単なる生理的反応 くしゃみのようなものと思ってくれて問題ないわ
かぐや うわごとかしらうわごとにしてはずいぶんはっきりしすぎていたようだけど
ひかり うわごとよかぐや のど飴なめる
かぐや ええ もらうわお母様

かぐや、ひかりからのど飴を受け取り、コロコロなめる。

かぐや おいしいわ
ひかり かぐや 今はツアーを成功させることだけを考えて そんな権利書なんて捨てっちまいなさい あなたは人々をやさしく照らす月そのものになるの いい かぐや
かぐや ええ わかったわ


シーン7 地球――弦月

かぐや そうしてわたしは初の全国ツアーを終え スーパーアイドルムーンちゃんこと わたくし かぐやの人気は今ここに絶頂期を迎えようとしておりました 全国推定五百万人のファンからは連日ひっきりなしにプレゼントが届けられ 事務所はすでに倉庫化 道を歩けば黒山の人だかり わたしはみずから買い物に出ることもできなくなり 用事のあるとき以外は家にこもるようになりました 顔も知らないファンたちから届く 熱烈なファンレターと山のような贈り物を眺めながら ちかごろのわたしは 憂鬱なため息をつくばかりでありました

かぐやの部屋。大きなはめ殺しの窓から、かぐやは月を見ている。上弦の月。
扉を叩く音。ひかり、かぐやの部屋に入ってくる。

ひかり かぐや あなた宛てに またごっそり贈り物が届いているわ
かぐや うん 置いておいて
ひかり 最近はプロポーズまがいの熱烈なファンレターも増えたわ
かぐや うん
ひかり ねえかぐや 何か ほしいものはある
かぐや なんにもないわ 大丈夫
ひかり (…)紅茶を淹れたの 飲む
かぐや ありがとう いただくわ

かぐや、そこでようやくひかりに向き直って、ひかりの淹れた紅茶を飲む。

かぐや おいしいわ お母様の淹れた紅茶を飲むと 実家に帰ったような安心感
ひかり おかしな子 あなたの実家はここでしょう
かぐや ええ そうね

かぐや、再び窓に目をやって。

かぐや お母様 わたし このごろふと いいようのない不安感におそわれるの
ひかり アイドルにとって 不安ははしかのようなものよ 誰でも一度はかかるもの けれどはしかで死ぬ人間はそう多くない
かぐや そうかしら
ひかり 大丈夫 かぐやならできるわ お母さんにはわかる あなたは特別な人間
かぐや それは わたしが満月の晩にたけのこから生まれた子供だから
ひかり かぐや

かぐや、ひかりをじっと見つめて。

ひかり たけのこから生まれた子供でなくても あなたは特別よ
かぐや ごめんなさい ためすようなことを言って
ひかり いいの いいのよ お母さんこそ あなたの不安をわかってあげられなかった
かぐや お母様 わたし思うの アイドルって大嘘つき
ひかり 何を言うの
かぐや 名前も知らない人たちに 大好きだと言う うれしくもないのにうれしいと言う 楽しくもないのににこにこ笑う みんな嘘 大嘘つき 自分がいやになる けれどやめられない 五百万人の顔無しが大口を開けてわたしの嘘を待っているから やめたくてもやめられないの
ひかり かぐや
かぐや 誰も気づかない 誰にもわからない お母様 わたし こわいわ
ひかり …
かぐや 嘘ついて人をだまして得る幸せなんて ちっともうれしくない

ひかりはただじっと、かぐやの言葉に耳を傾けている。しばしの間。

ひかり そうね かぐやは嘘つきね
かぐや …
ひかり でもね 本当はみんなわかっているのよ かぐやが嘘つきだってこと
かぐや え
ひかり でも それでいいの 一生懸命嘘をつくのでいいのよ みんな 嘘つきなかぐやのことを その嘘もふくめて愛しているのよ
かぐや どうして 嘘をつくことは悪いこと
ひかり かぐやの嘘はただの嘘じゃない ちゃんとほかに名前がついてる
かぐや それは どんな名前 ですか
ひかり 夢
かぐや 夢
ひかり 夢があれば ひとり眠る晩のさみしい枕を 涙でぬらさずにすむかもしれない つかれてひび割れたまぶたに すこしのうるおいを与えることができるかもしれない
かぐや …
ひかり かぐやがやめたいのなら やめたっていい けれどこれだけは覚えておいて この世には 夢がなければ生きていけない人たちがたくさんいて 彼らはかぐやのような存在を求めているのだということを 

かぐや、黙り込む。黙り込むかぐやを、ひかりはじっと見つめている。

かぐや それでもね お母様 わたし ちょっと疲れたの
ひかり かぐや お母さんはね
かぐや (遮って)すこし 考えさせてちょうだい


シーン8 地球――雲隠れ

ひかり それからかぐやは 月を見てはもの思いにふけることが多くなりました アイドルとしてのかぐやの人気は相変わらず衰え知らずでしたが かぐやの横顔は日毎にしょんぼりとしてゆき かぐやのしょんぼりを心配したファンからはまた 山のような贈り物が届きました ある人からは 握りこぶし大もある宝石が またある人からは 木の枝をかたどった美しい硝子細工が しかしどんなに美しい贈り物も かぐやの心を留めおくには足りませんでした

かぐやの部屋。大きなはめ殺しの窓からは、うす曇りに隔てられた満月の光がやわらかく差し込んでいる。

かぐや お母様
ひかり なあに
かぐや 話があるの
ひかり ちょうどよかった お母さんもかぐやに用事があったの ねえかぐや 次のツアーの衣装についてなんだけど 十二単をモチーフにするのはどうかしら 若草に朱色を重ねてあざとすぎない可愛さを演出 うん いける気がするわ
かぐや お母様
ひかり それとね かぐや 今日の運勢第1位はてんびん座よ ちなみにさそり座のお母さんは11位 小指を角にぶつけがちな一日 まんじゅうを食べて運気上昇 ラッキーカラーはスカイブルー 
かぐや お母様 聞いてください

ひかり、正座。

ひかり はい
かぐや 大事なお話しです わたし 決めました アイドルを辞めます
ひかり はい
かぐや わたしをいつくしんで育ててくれたお母様の願いにそむくようなまねをして 本当にごめんなさい でも もう心を決めたの
ひかり 決意は固いの
かぐや 決意は固いわ 冷蔵庫の隅で固まった味噌くらい固いわ
ひかり 固くなった味噌は酒で溶かせばまだ使えます
かぐや 揚げ足を取らないでください ダイヤモンドくらい固いわ
ひかり ダイヤモンドは特定方向からの衝撃に弱くその気になれば金づちでも割ることができるわ これを劈開性といいます
かぐや お母様 わたしは本気です
ひかり そう

やや間。ひかりは細く息をついて、額を押さえる。

ひかり (…)終わるのね 私の夢も
かぐや お母様 わたしは月の人間です

間。ひかり、やがて薄く微笑んで。

ひかり 知ってます
かぐや 月の人間は月へと帰る 学校帰りの子供たちが 迷わず自分の家を目指すように
ひかり 月に帰ったら お母さんのことも全部忘れてしまうの

かぐや、ひかりの胸に飛び込む。

かぐや 忘れたりなんかしないわ 忘れたりなんか
ひかり かぐやちゃんは嘘つきね
かぐや かぐやは嘘つきだけどお母様にうそついたりなんかしない
ひかり かぐやちゃんは嘘つきね
かぐや うそじゃないもんかぐや うそつきだけどうそじゃないもん
ひかり お母さん子供がつくれないからお父さんと別れたの
かぐや え
ひかり かぐやは私の夢だったの だから ありがとうね かぐやちゃん
かぐや わたしお母さんのことがこの世界でいっとう好き
ひかり あらうれしい ほんとに 食べちゃいたいくらいかわいい

ひかり、かぐやを胸からそっと引き離して。

ひかり そんな顔しないの
かぐや わたし 月を見ると胸がざわざわするの 誰かに呼ばれている気がして
ひかり お母さんにはなにも聞こえないわ
かぐや 誰かと約束をした気がするの うまく思い出せないけれど でも月を見ていると 誰かの顔が頭の中にふっと浮かびそうになるの
ひかり ならばするべきことは一つ わかりますね
かぐや お母様
ひかり 月に行くのよ かぐや
かぐや お母様 でもわたし こんなこと言っておいてなんだけど 月への帰り方がわからないわ
ひかり 心配無用

言うやいなや、ひかり、かぐやを置いてどこかへ消える。虚をつかれたかぐやのもとに、ママチャリを引いてひかりが戻ってくる。


シーン9 地球――ひかり

かぐや お母様 これは
ひかり これはあなたと出会ったはじめの晩に あなたが乗っていたママチャリ
かぐや ママチャリ
ひかり お母さんが思うに かぐやはこのママチャリを漕いで地球にやって来た
かぐや なるほど
ひかり だから月に帰るときも このママチャリを漕いでいくが吉 そうとわかれば善は急げよ かぐや さあ腰掛けなさいサドルに
かぐや まかせて いくわよお母様

かぐや、サドルに腰掛けペダルを踏み、意気揚々とママチャリを漕ぎ出す。 

ひかり そうよ その調子 かぐや

かぐや、ママチャリを漕いだまま一度舞台上からはける。
しばらくのち、出ていった方向からかぐやが戻ってくる。

かぐや お母様 このママチャリ全然飛ばないわ
ひかり そんなはずないわ お母さんの推理によれば このママチャリは魔法のママチャリ かぐやをきっと月へと導いてくれるはずよ
かぐや ちっとも月へと導かれないのだわ
ひかり ママチャリの本体に問題があるのかも 待っていて

ひかり、ママチャリをぐるりと検分して。

ひかり 特に不良は見当たらないわ 
かぐや ちくしょう 誰かに呼ばれているのに 確かに声が聞こえるのに
ひかり 待ってなさいかぐや 今お母さんが起死回生のアイデアを思いつくから
かぐや 頑張れお母様
ひかり 頑張るわお母さん頑張るわ
かぐや 頑張れお母様頑張れ
ひかり お母さん頑張るわ頑張る あ
かぐや 何お母様
ひかり かぐや 空を飛ぶのは鳥
かぐや ええお母様鳥は空を飛ぶわ
ひかり 地を駆けるのは獣 海を泳ぐのは魚 じゃあかぐや 歌って踊るものは何
かぐや アイドル
ひかり そう アイドルよかぐや
かぐや ごめんなさいお母様よくわからない
ひかり 地球と月をつなぐもの それすなわち光 つまり アイドルよ
かぐや ごめんなさいお母様もっとわからない
ひかり 新時代のスーパーアイドル 疲れた心にみんなのムーンちゃんこと かぐやのラストライブ
かぐや お母様
ひかり 踊るのよ かぐや

「ミッドナイト・ムーンライト」流れる。かぐや、ひかりに促されるまま歌い踊る。はじめのうち、かぐやは困惑しているが、踊っているうちに楽しくなってきて、その表情は徐々に明るいものになっていく。と、卒然ママチャリに強い光が差しこむ。かぐやのラストライブにより発生した強力な引力が月を引き寄せ、月と地球をつなぐ道を作ったのだ。ひかり、かぐやを光り輝くママチャリに乗せてやり、その背中を押す。

ひかり 気をつけていきなさい 月は地球よりも暑いかしら寒いかしら どうか どうか元気でね
かぐや お母様 ありがとう さようなら 元気でね

かぐや、ママチャリを漕ぎ出し、全速力で地球をあとにする。旅立つかぐやを、ひかりはいつまでも、見送っている。

かぐや お母様 わたし 地球が好き 大好き―――


シーン10 月――回想

場面変わって、法廷。裁判長らしき人物がハンドベルを振り鳴らしている。裁判長に向き合う位置にヒメが立っており、ふたりを取り囲むように左右に傍聴席が設けられている。

裁判長 右のものに判決を言い渡します
ヒメ  はい
裁判長 右のものを この月の最果ての流刑地 静かの海へ配流することとします

ヒメ、毅然とした態度を崩さずに、裁判長と向き合う。

裁判長 この月の世界で最も唾棄すべき悪 忌むべき罪は「嘘をつくこと」です 右のものは空虚な妄想に耽溺し 巧みな弁舌でもって無用の嘘を蔓延させ 人々を不安と混乱に陥れました これはこの月の正義と法にかんがみて まことに許されざる行為です
ヒメ  お言葉ですが裁判長 正義とは何でしょうか
裁判長 右のものの発言を不適当と認め これを斥けます
ヒメ  わたくしはただ 地球で過ごした懐かしい日々の思い出を 人に語って聞かせていただけです
裁判長 その語りの内容に 一般的に不適当とされる思想をみだりに高揚させる嘘が含まれていたと 複数人から証言があったのです
ヒメ  不適当な思想とは何ですか わたくしが何を感じ何を思い 何をものがたるかまで 人に指図されるいわれはありません
裁判長 我々にとっては ものをかたるという行為そのものが この世に忌むべき嘘を蔓延させる行為に他ならないのです
ヒメ  わたくしはそうは思いません 嘘にもよい嘘とわるい嘘がある かつて罪を受け 短くはない期間を地球で過ごしたわたくしにはわかるのです 嘘は人間に必要です
裁判長 右のものの発言を不適当と認め これを斥けます いずれにせよ 無辜の民に無用の嘘を吹聴した罪は重く受け止められるべきです したがって 上記の判決は妥当と認められるものと考えます
ヒメ  どうかわたくしの話を聞いてください 裁判長
裁判長 かぐや姫よ あなたに今必要なのは時間です 願わくば最果ての月の静かの海で 己の罪を深くわが身に省み もって月の正義と法を遵守する精神を養われますよう
ヒメ  何も伝わらない どうしてなの 同じ言葉を話しているはずなのに
裁判長 各種の手続きが済み次第 刑は速やかに執行されるものとします これにて閉廷

裁判長、ふたたびハンドベルをかき鳴らす。裁判長は去り、その場にはヒメだけが残される。ヒメはうつむき、顔を押さえてその場にじっとうずくまる。
間。そこへ、ママチャリを引いたかぐやがやって来る。

かぐや あの ちょっと道をおたずねしてもいいですか

ヒメ、うつむいていた顔をあげて。


シーン11 月――静かの海

場面変わって、静かの海。海といってもあたりに広がるのは岩と砂の大地で、日当たりは悪く、常に薄暗い。その中に小さな竹やぶがあって、ヒメは一日の大半をそこで過ごしている。

かぐや わたし 人を探してるんです あっ間違えた 竹を探してるんです えっと 見た目は竹なんですけどただの竹じゃなくて その しゃべる竹
ヒメ  …
かぐや 道に迷っちゃって
ヒメ  …
かぐや すいませんわたし気づいたらここにいて 前後の記憶があやふやなんです なんかママチャリ押してるし
ヒメ  …
かぐや あやふやなんですけど頭ガンガンに冴えてて なんか人と話したくて話したくてたまらない気持ちでいるところにちょうどあなたがいて話しかけちゃって その すいませんまくしたてちゃって
ヒメ  …
かぐや あやふやなんですけど覚えていることがあって わたしたぶん地球から来ました 信じてもらえないかもしれないけど でもなんかそんな気がするんです そしてそのことを誰かに話したくてたまらなくて あ信じてない 信じてないって顔してる いやもう信じてもらえなくてもいいんですけど
ヒメ  …
かぐや 話してたらだんだん落ち着いてきた 落ち着きましたすみません 勝手で ところでわたし あなたとはじめて会った気がしないんですあっ引かないで なんでだろ
ヒメ  ほんとに戻ってきたの
かぐや そうなんです地球行って戻ってきたんですわたし え
ヒメ  …
かぐや えっ今なんて
ヒメ  絶対戻ってこないって思ってたのに
かぐや えっ待って 頭いた あたたたたたた頭が痛い 今すごく何かを思い出しそう とても重要な何かを思い出しそう
ヒメ  きみって正真正銘のバカ
かぐや ああ待って 思い出した 前にも言われたことあるそんなこと 絶対帰ってくるって約束したああああああ あああ 思い出した ヒメ

かぐやとヒメ、顔を見合わせて。

かぐや ヒメ ヒメなの
ヒメ  うん
かぐや わたし ヒメにはじめて会った気がするの なんでだろ
ヒメ  ぼくの顔を見るのがはじめてだからだろ
かぐや うんそうだね ねえ 抱きしめてもいい
ヒメ  いいよ

かぐや、ヒメを抱きしめる。ヒメ、それに応えて。

かぐや ワア本物だ なんで ヒメって竹じゃなかったの
ヒメ  竹を通じてきみに話しかけてたの
かぐや 竹すごい
ヒメ  きみもすごいよ
かぐや あのねヒメ わたし 話したいことがいっぱいあるんだけど とりあえずわたしのこと かぐや って呼んで
ヒメ  (驚いて)どうして
かぐや 名前つけてもらったの地球のお母様に いいでしょ いい名前でしょかぐやって

ヒメ、顔を覆って。

かぐや え どうしたのヒメ
ヒメ  なんでもない
かぐや 全然なんでもなく見えない ヒメ泣いてるの
ヒメ  泣いてないよ
かぐや 顔が赤いよ
ヒメ  泣いてないったら

かぐや、ヒメが落ち着くのを待って。

かぐや ヒメ わたしの地球での武勇伝 聞きたいでしょ
ヒメ  うん
かぐや わたしね 地球でアイドルになったの
ヒメ  何 アイドルって
かぐや つかれ傷ついた人を包み込む光 スーパーアイドルムーンちゃん その名はかぐや アイドルってね 歌ったり踊ったりしながら人を励ます仕事のこと
ヒメ  すごいね
かぐや すごいの あとすごくモテた
ヒメ  地球の人間って ぼくたちが思うよりずっと ぼくたちのことが好きだよね
かぐや うん そう思う
ヒメ  罪とかけがれた惑星とか 誰がはじめに言い出したんだろうね
かぐや あのね 地球のお母様が言ってたんだけどね 嘘って夢なんだって
ヒメ  夢
かぐや それでね 夢ってありがとうなんだって
ヒメ  何それ 全然わからない
かぐや わたしもね よくわからなかったけど でも そうだなって思った
ヒメ  かぐや ここはね 重い罪を犯した人間が連れて来られる 月のごみ捨て場なの

かぐや、いかにも怪訝そうに。

かぐや ごみって わたしたちのこと
ヒメ  そうなんだ そしてかぐやも 無断で月に戻ったことがばれれば ただではすまされない
かぐや ヒメはずっとここにいたの
ヒメ  うん
かぐや さみしくなかったの
ヒメ  さみしくなかったよ
かぐや ヒメは嘘つきだ まっすぐな竹のくせに嘘つきだ 月の光に乗って ヒメのさみしさはずっと地球に届いていたよ だから人間たちは月を見ると いつも無性にかなしくなるんだ
ヒメ  きみがぼくに気づいてくれたでしょ だからもうさみしくないよ

かぐやとヒメ、お互いに黙り込んで。

ヒメ  おかえり

ゆるやかに、暗転。


シーン12 月――物語の出で来はじめ

明転。場所は変わらず、静かの海。かぐやは地球のアイドル時代のナンバーのうちのひとつを踊っており、ヒメはそれを眺めている。

かぐや よっときて ほっ だいたいこんなかんじ
ヒメ  おおお(拍手)
かぐや これを月のお茶の間に流行らせる という作戦
ヒメ  どうだろう そううまくいくかなあ
かぐや そこはね うまくやるんです
ヒメ  うまくいくかなあ
かぐや かなあじゃなくて ヒメもやろうよ
ヒメ  歌ったり踊ったりはちょっと 竹だから
かぐや 都合のわるいときだけ竹ぶらないでください
ヒメ  はあい
かぐや 踊る歌うがだめとなれば そうだなあ ヒメが地球にいたときのことを 本にしてみるのはどうかな
ヒメ  え
かぐや ほら ヒメは頭がいいから うん いける気がしてきた
ヒメ  (…)本って ぼく 文才ないし
かぐや できるできる
ヒメ  そんな 無責任な
かぐや できるできる ヒメならできるよ
ヒメ  もう
かぐや 書き出しだけわたしが考えてあげようか
ヒメ  いいよ 自分でやるから
かぐや おお

ヒメ、ちょっと考えて。それから目を閉じる。

ヒメ  「いまはむかし たけとりのおきなといふものありけり」
かぐや おおお それっぽい
ヒメ  「のやまにまじりてたけをとりつつ よろづのことにつかひけり なをばさぬきのみやつことなむいいける」
かぐや すごいすごい いいじゃん
ヒメ  「そのたけのなかに もとひかるたけなむひとすぢありける あやしがりてよりてみるに つつのなかひかりたり それをみれば さんずんばかりなるひと いとうつくしうてゐたり」かぐや ありがとうね
かぐや え 何
ヒメ  なんでもない

徐々に溶暗し、幕。

おしまい。

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