見出し画像

ぼくは0点? 第三章 中3①

第三章:中3

◆1学期 君がいない
 3年生になった。担任ははたして大西先生だった。ゴロチも一緒、なんとヤマも一緒に3年8組になった。背が少し、髪の毛はだいぶ伸びた秀雄に対して、ヤマの成長は著しく、秀雄より拳一つ分くらい背が高くなっていた。ゴロチの身長は中1のときからあまり変わってない。本人は体操部で筋肉をつけすぎたせいかと気にしていた。

 1学期中間テスト
 国語96点:数学92点:社会98点:理科94点:英語86点
 合計466点:平均93.2点
 クラス順位40人中2番:学年順位316人中18番
 コメント欄より
 秀雄:今回は良かった。これが9教科になると恐怖だ。下がらないようにガンバルゾ!
 大西先生:ついに平均90点を越えましたね!あなたの成長が先生の楽しみです。

 1人減った学年人数が哀しかった。
 この中間テストで秀雄は、ゴロチとヤマが悩まされていた平均90点の壁をけっこうあっさりと破った。英語以外の4教科が90点以上だったのに加え、足を引っ張っていた英語が86点採れたことがかなり大きい。平均が90点を越すとクラスで2位、学年で18位と順位も大きく変わることも実感できた。実は、もし中2のままのクラスだったら、この時点で十分にクラス1位となれるほどの点数だった。しかし、3年8組で新たに一緒になった中に納田くん、みんなからはノウちゃんと呼ばれる生徒がいた。バスケ部のノウちゃんは体は小さくとも、中間テストで5教科オール100点を採ったこともある強者で、0点から這い上がってきたばかりの秀雄ごときでは、まだまだ太刀打ちできる相手ではなかった。

 この時期、秀雄は坂本式教室をやめた。三島先生からは何度も
 「ちょうど中3レベルの教材に上がれるくらいになったんよ。今やめたら勿体ない。受験にも絶対に役立つから!」
 と引き留めてもらったし、それはそれでありがたかった。しかし、秀雄としては、テストで1点でも多く採るための勉強をしたかった。基礎が大事ということは頭ではわかっても、やはり教科書と全く違う内容の学習に、毎日1時間以上とられるのは正直苦しかった。その時間を1分1秒でもテストのための勉強に費やしたかった。この時に坂本式を辞めたことを数年後に秀雄は悔いることになるのだが、当時の秀雄の実力を考えるとそれも仕方がなかったことであるし、それはまた別の話となる。

 1点に拘るようになったことで、秀雄は1点でも多く採るためのテクニックも身につけていった。テスト中は、わかる問題、比較的簡単な問題から解いて、難しい問題は残った時間で考える、記号選びなどの選択問題は絶対に空欄にはしない、まぐれも1点だし、1点変わるだけで順位は大きく変わるのだ。例えば、「漢字で書きなさい」という設問で漢字が最後まで思い出せなかったので、ひらがなで答えを書いたところ、おまけで1点もらったことも実際にあった。
 5月末には九州に修学旅行に行っているのだが、秀雄は正直、旅行よりも勉強する時間が欲しいと思うようになっており、旅行先に教科書を持って行っていった。大分の地獄めぐりでも、熊本・阿蘇の草千里でも、長崎のグラバー亭でも教科書を開きながら歩いている。1位になれるなら何でもするつもりだった。手紙でいいから「1位になったぞ!」という報告をしたいと思っていた。

 1学期期末テスト
 国語88点:数学100点:社会96点:理科88点:英語88点
 音楽75点:美術81点:保健体育82点:技術家庭91点
 合計799点:平均88.8点
 クラス順位40人中2番:学年順位316人中14番
 コメント欄より
 秀雄:期末テストにしては全体的にまあまあ良かった。しかし、理科がよくない。もっとガンバルゾ!
 大西先生:数学100点ですよ、すごいです。9教科になっても平均点が90点を越えられたらもしかして!?

 さらに中3になって秀雄の前にもう一つの壁が立ちはだかるようになった。年5回の「実力テスト」だ。これは来るべき高校受験のためにその名の通り、実力を試すテストであり、定期テストとは根本的に違う。テスト発表などはなく、テスト範囲は「今までで習った全て」となる。中1からの地道な積み重ねが発揮されるテストであり、普段からの予習・復習を欠かさない者こそが上位に立てる。秀雄のように突貫工事で穴だらけの人間が、いくら定期テストで点が採れるようになったところで、そう簡単にほいほいと上位に食い込めるテストではない。1学期の実力テストでは第1回、第2回とも秀雄は学年50位にも入れなかった。

◆2学期 進路相談
 剣道部を引退し、勉強できる時間は増えたのだが、夏休みは、学校から渡される大量の復習用のワークをやるだけで忙殺された。2学期に入って授業が進むようになると、まだまだ日々の予習・復習だけで結構時間を取られた。
 進路相談も始まった。生徒と大西先生、面談室を使って1対1で進路をどうするか話し合う。この当時、香川県内に、男子が入れる私立高校は2校しかなく、残念ながら、この2校はほとんどの生徒が滑り止めとしてしか受験しないのが普通だった。そうした生徒の本命は県立高校であるのだが、制度によって私立1校、公立1校しか受験することができない。私立高校の受験も合否発表も2月で、3月の公立高校の受験前に入学金を払わないと入学できないシステムが物議を醸しだしていた。入学金を収めていない場合、公立高校に落ちても行く高校がなくなるのだ。通わないかもしれない高校の入学金を払うか、払わずに受かる可能性が限りなく100%に近い公立高校を志望するのか、いろいろと考えないといけないことがあった。
 恐ろしいことに、この段になっても秀雄は高校受験というものがピンときていなかった。中1のときには「俺は高校には行かん!働く!」という宣言を、働く意味もわかってないくせにしていたくらいで、その能天気さはこの時もそう変わっていない。中身の成長には時間がかかるようだ。
 2回目の面談で秀雄は、大西先生に「西高に行きたい」と伝えた。ちなみに1回目は「ぜんぜんわからん」だった。県立讃岐西高校、市の西端に位置し、東にある新田中の校区からはちょっと遠いが、電車を使えば高松駅で乗り換え1回、1時間ちょいなので、通うことはできる。偏差値で言うと市内で2番目に難しいとされている高校だ。秀雄はゴロチとヤマが西高を目指していることを知っていたし、2人からは一緒に行こうとも誘われていた。
 「西高な。ええ高校やわ。ぼくは何で西高に行きたいん?」
 「…」
 最近、大西先生は秀雄のことを「ぼく」と呼ぶ。大西先生にじっと見つめられて、秀雄は目をそらした。
 「ぼくよ、ぼくが本当に行きたいと思う高校に行くことが大事なんで」
 「…ようわからん」
 「ぼくを中1から見とるけん、よくわかるけど、今のぼくだったら県内ほとんどの高校が狙える。前のぼくやったら、行ける高校を探す方が難しかったかもしれん。まだ時間はあるし、もっときちんと考えまい。悩んでええんで。もっと悩みまい」

 2学期中間テスト
 国語92点:数学82点:社会87点:理科94点:英語88点
 合計444点:平均88.8点
 クラス順位40人中6番:学年順位316人中33番
 コメント欄より
 秀雄:勉強しないで点をとろうという甘い考えでいたのがまずかった。(学年順位が)20番もいっきに下がった。もっと地道に努力しよう。ガンバルゾ!
 大西先生:今回は実力テストの勉強をしていたのではないですか?

 大西先生の指摘通り、秀雄は実力テストを意識した勉強をやっていた。定期テストの順位は下がったが、実力テストの学年順位がやっと50位以内に入っていた。定期テスト対策と実力テスト対策の両立が、秀雄にとってかなり難しいものになってきていた。今更ながら、中1のときのさぼりを悔やんだ。

 10月の日曜日、ゴロチとヤマの誘いで、3人で讃岐西高校の文化祭を見に行った。剣道部の試合でヤマと日曜日に会うことはあっても、ゴロチとは珍しい。しかも今回は3人とも私服だ。ジーンズとトレーナーの秀雄に対して、きっちりとシャツを締めたヤマ、ジャケットまで羽織るゴロチ、という布陣になった。
 秀雄は高校に足を踏み入れるのも、文化祭というのも初めてだった。模擬店やクラスでの8ミリ上映、企画展示、ステージ上での様々なパフォーマンスに
 (ちょっと年上の先輩がこんなんできるようになる?)
 と驚いたし、何よりそこにいる高校生たちの活き活きとした表情を見て、
 (西高、ほんまにええ学校やな)
 と思えるようになった。3人で帰りの電車に揺られながら話をした。
 「うちは兄貴が西高に行きたかったんやけど無理で、俺に『絶対、西高行け』言うんよ。あほか、何でお前の仇を俺がとらんといかんのじゃ!って言うてやったわ」
 「へぇ、俺んとこは姉ちゃんが西高卒やけん、もう最初から西高しか考えてないわ。毎年、文化祭に行くけど、年々、面白くなっとるわ」
 ゴロチには高校生のお兄さん、ヤマには大学生のお姉さんがいる。秀雄から聞いてみた。
 「他の高校の文化祭に行ったことあるん?」
 「北校とか東校に行ったことあるけど、西高が一番面白いと思う」
 「兄貴が讃高はレベル高いって言うとったけど、あそこの文化祭は行く気なし!やな」
 讃高、県立讃岐高校は県下最難関校で、ゴロチもヤマもそこを狙う気はないらしい。
 「ほんで、ヒデは西高にするん?」
 「うーん、東校の選抜コースはええらしいし、北校やったらチャリで10分やし、いろいろ考えるけど、今日のを見たら、西高がええのう」
 「ほんまか。それやったら3人で行けるし、毎日こうやってしゃべれるの」
 「ほんまやの。西高にせい」
 「西高にせい」
 「西高にしたところで、俺が受かるかどうかはわからんやん」
 「ヒデよ、俺らを簡単にごぼう抜きしたくせによう言うの!あほ」
 「ほんまじゃ、俺の方が受かる自信ないわ。ぼけ」
 短くなってきた秋の夕日を浴びて走る電車の中、3人の会話はとりとめもなく続く。ずっとこんな時間が続けばいいのに…、秀雄はふと思った。

 2学期期末テスト
 国語96点:数学96点:社会94点:理科88点:英語88点
 音楽87点:美術94点:保健体育90点:技術家庭98点
 合計831点:平均92.3点
 クラス順位40人中2番:学年順位316人中11番
 コメント欄より
 秀雄:今回は勉強したのでまあまあだった。でも、(学年順位が)1桁に入っていないのがくやしい。もっとガンバルゾ!
 大西先生:惜しい!それでも十分にすごいですよ。ついに9教科でも平均が90点を越えましたね。実力テストも頑張りましょう。

 実力テストでは学年40番以内に入った。12月の最終決定で秀雄は「第一希望:県立讃岐西高校」と提出した。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?