【エッセイ】聞き上手
早朝から、クマに襲われた話を聞かされた。
北海道に現れた例のクマの話ではない。夢の中での話だ。家人が見た夢の中での。
そう、家人にはそういうクセがある。元々夢をよく見るほうで、それはそれで特に問題ないのだが、困ったことにそうした夢を克明に覚えており、どういうわけか起き抜けに、私に伝えたがるのである。
私なんかはどちらかというと、聞き上手なほうだ。というか会社員時代にさんざん、出たくもない飲み会に連れていかれ、聞きたくもない話を聞かされているうちに、相手の気分を損ねないように相槌を打って、心の中で話を聞き流すのが巧くなった。振り返ってみると、私にとって聞き上手になるというのは、社交性が終わっている自分が社会の荒波を乗り越えていくための方策だったのかもしれない。
けどな。朝だ。目覚ましが鳴ったばかりだ。
朝というのはたいていの人は寝起きであり、眠い。頭がぼんやりしていて働かない。そんな時に、何の脈絡もなく「昨日はクマに襲われて…」と話しかけられても、いくら聞き上手が発達している私とはいえ、「ああ」とか「うん」とか力なく呻くのが精一杯である。
それでも体に染みついた聞き上手なおれが、家人の話を止めることを許さない。
家人としては夢の話を私にすることで、その夢が脳裏に刻まれ、後日まで覚えていられるのだそうだ。え、そこにぼくの人権は?と思わずにはいられないが、とにかくそういったわけで、その朝も呻いているだけの私に向かって、見たばかりの夢の話をしてきた。
こんな話だった。
どこかの近代的な桟橋を二人の友人と一緒に歩いていたら、そこへクマが現れた。もちろんみんな焦ったが、一人がカバンからパンを取り出し、クマに近づいていった。意図はよくわからない。夢だしな。それでも察するに自分が囮になって、仲間を助けようとしたのではないだろうか。泣ける。
残された二人のうち、作家を生業とする友人が「これって小説に書いたら面白そう」と言った。そして今執筆している作品の話を始めた。
それは慶応大学が消えてしまうという話で、どうやら慶応大学では人工知能を導入して何らかの大掛かりなオートメーション化を進めており、それを隠蔽していた事実を、彼女の夫であるところのジャーナリストが暴露してしまい、慶応大学は社会的に抹殺されてしまう、という筋らしかった。
わけわかんねえよ。こっちはまだ眠いってのに。つか、パンを持ってクマに近づいた友人はどうなったんだ??
その辺りについては、背後からガサガサという音や、悲鳴らしきものが聞こえたが、家人もよくは覚えていないという。きっと食われたのだろう、ということだった。ひでえ。見殺しかよ。オートメーション化の話に夢中で。
ちなみにそのクマは、マレーグマだったらしい。
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