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【エッセイ】町中華

大学生のころ、よく出前を頼んでいた町中華があった。

売りは、安くて早くて多いこと。毎日遊ぶのに忙しく、万年貧乏でお脳のよろしくない大学生が求める要素を完ぺきに満たしていた。けどまずい。とにかくまずい。判で押したようにまずい。猫が作っていたとしか思えない。

ラーメンを頼めば伸びており、スープは白湯かと思えるほど薄い。チャーシューは小ぶりで、余った丼の隙間を埋めるようにわかめが敷き詰められている。なので磯臭い。麺類だけではない。チャーハンを頼めばべちょべちょで、野菜炒めを頼めば芯が入っている。

何を頼んでもまんべんなくまずいが、ぎりぎり食えなくはない。値段や量、省かれる手間を総合的に考えれば、ひとまず腹が膨れるだけでも十分釣り合う。そんな店だった。

当時から壁の薄さで知られていた、ほにゃパレスの私の一室に集まって麻雀をやるときは、かならず皆そこで飯を頼んだ。ほかにチョイスがないから仕方がない。

それにしても不可解なのは、電話で注文してから、ものの数分で料理が届くわりには、なぜ麺が伸びているのかという点で、一度その謎を突き止めるべく実店舗を訪れてラーメンを注文したことがあった。が、出てきた麺はやっぱり伸びていた。どうやらそれは伸びていたのではなく、最初から柔らかく茹でられていたらしい。理由は訊かなかった。

きっと今なら出前なんて二度と頼まない店だろうが、学生なんてものは、特に私にとっては食事の美味い不味いよりも、目のまえの麻雀に、勝負に集中するほうが大切で、それはそこに集まっている友人たちにとっても同様だった。

皆でまずいラーメンを啜りながら卓を囲んでいて、大きな手を振り込んでしまうと、お約束のようにそこの中華屋のせいにした。そして皆で笑い合った。

今でもたまにあの伸びきった、白湯のように薄いラーメンが食べたくなる。

もちろん恋しいのはその味ではなく、あのどうしようもない笑いだ。

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寄稿ライターさんの他メディアでのお仕事。

編集長の翻訳ジョブ。学園が舞台のおいかけっこ系ホラーアドベンチャー。


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