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【エッセイ】エレベーターの乗りどき

繁華街によくある、八階建てくらいの飲食ビルのエレベーターがどうも苦手だ。

そういった場所で飲み会があるとき、私はすぐにはエレベーターに向かわない。まずは柱の陰などから遠巻きに、大抵そうしたビルのやや奥まったところにあるエレベーターの周辺状況を、探偵になったつもりで偵察する。

そこに面識はあるけれど、あまり話したことがない、微妙な距離感の知り合いがいないか確かめるためだ。

そういった間柄の知り合いを視認した場合、私は慌てず騒がず、柱の陰に隠れながら、次のエレベーターを待つことにしている。

そのせいか、エレベーターに乗り込むタイミングを逸しがちだ。以前に飲み会ではなかったが、「みんなで楽しく映画を観ましょう」的な、まさしく微妙な距離感の知り合いだけで構成される集まりに誘われたときも、そうやってエレベーターを偵察しながら、乗り込むベストなタイミングを見計らっているうちに映画の上映時間が過ぎてしまい、結局チケットを買えなかった。

あとから主催者に謝罪のメールを入れたが、二度とお声が掛からなかった。

それでも私は、エレベーター前の状況偵察を怠るわけにはいかない。仮にそうせず、微妙な距離感の知り合いが待つエレベーターの前へ突っ込んでいったらどうなるか。おそらく私はちょっと驚いたような顔を作ったのち、「ああ、どうも」「どうも」「飲み会、行かれるんですか?」「ええ」みたいな会話を交わさなければならなくなる。

私はこういった、間を持たせるための会話ってやつが不得手だ。それだけでかなりの体力を消耗する。

下手をすると、こうした微妙な距離感の知人と一緒にエレベーターを待っている、わずか数分の間を持たせるための会話を捻り出すために、メインイベントの飲み会用に温存しておいた体力の半分を消費してしまいかねない。

加えて、こうした飲食ビルのエレベーターはたいてい遅い。各駅停車で各フロアに停まる。ゆえにエレベーター内でも引き続き、「混んでますね」「ええ」とかいった場つなぎの会話を続けなければならず、そこで残された体力のもう半分を消費する。

結果的に目的の店に到着する頃にはもう、特にメンタルが疲れ切っていて、すぐにでも帰りたくなってしまうのだ。つか時に帰っていた。

さすがに大人になった今は、そんな常識外れな行為には及ばなくなったが、私にとってはこうしたエレベーターをめぐる場つなぎの会話を避けることが、飲み会を楽しむための第一歩なのである。

だからそう、飲食ビルの一階のエレベーターの周りで挙動不審にしている私を見かけても、どうかそっとしておいてほしい。

私なりに理由があってキョドっているのだ。

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寄稿ライターさんの他のお仕事も。ライターの長瀬さんがnoteに書いたエッセイが、メディアで取り上げられたそうです!エッセイ本編も面白いので、ぜひ。

最後に編集長の翻訳ジョブを。先頃新作が発表された、D-Pad Studioの傑作アクションアドベンチャー『Owlboy』(PS4/Switch/PC/Xbox)はいかがでしょう!これぞ冒険。ストーリーが泣けます。


これもう猫めっちゃ喜びます!