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【映画館の思い出】正気と狂気のあわいに立つ

同じ顔の男たち、と言われて最初に思い出したのは『マルコヴィッチの穴』だった。幼い頃に見たのでちゃんとストーリーは覚えていないが、同じ顔の男(マルコヴィッチ)たちが大勢ひしめく様は脳裏に焼き付いている。

しかし、A24がそんな額面通りの余韻だけ残す映画など、作るはずが無いのだ。映画館を出た後で、頭に染み付き剥がれなかったのは、同じ顔の男たちよりずっとタチの悪いトラウマシーンと、飲み込めばしばらくトイレから出られなくなりそうな、喉越しの悪い問題提起の渦だった。

禁足地に足を踏み入れたり、人ならざる者に間違って声をかけたり。自らの行動が災禍を呼び込み苛まれるというストーリーは、日本の怖い話も含め世界共通のフォーマットなのだろう。今この記事を読んでくれている方だって、幼い頃読んだ怖い話のせいで布団から足を出せなくなった思い出があるんじゃないだろうか。

しかしこの主人公はどうだろう。痛ましい過去を振り切るため、前を向くために踏み出した場所で不条理な恐怖が間髪入れず襲い続けるなんてあまりにも気の毒だ。それでも、ある面から見れば自業自得でしかない。3次元に生きている限り、どこから見ても等しい面なんて存在しない。自分の立つ場所と天体の動き、世界の全てが絡み合う姿は常に正しいし、常に正しくない。己の姿すら、私たちはほんの一瞬でも全てを把握できない。

正気と狂気の線引きなど、本当は誰にも分からない。自分の手が届く範囲で、生きて重ねてきた時間と経験と学習の中で、投げかけた言葉に対して相手が見せる表情を窺って、私たちは常に”普通”をアップデートし続けないと社会で暮らせない。でも実は、それは「生きていけない」ことでは決して無い。世の中には私が不文律だと思う常識を軽々と超える誰かが沢山居る。情報が加速する現代において、その事実を私は知っている。でも、そんなことをいつも考えていたら、それこそとてもじゃないが「生きて」いけない。社会が正気、その外側は狂気だと、この世に生を受けた瞬間から私たちは刷り込まれ続けているから。

この映画で最も恐ろしかったことは何か問われたら、私はやっぱり「同じ顔の男たちが怖かった」と答える。でもそれは頭のおかしな男たちに襲われるという行為ではなく、ハーパーにじわりじわりとにじり寄る彼らの立ち居振る舞いや表情、まさしく「顔」に感じる恐怖だ。恐ろしいというより、気味が悪い。居心地が悪い。そしてそう感じる自分にすら違和感と不快感を感じて、顎を一発殴られた時のような眩暈が映画館の座椅子に座ったまま起こる。彼らは一様に、終始理性的な「正気」に満ちて迫ってくるのだ。

ハーパーは普段ロンドンで暮らす都会的な女性で、仕事をこなし自立している。心を許せる友人も居るし、自分を自分で癒し、前に進もうとしている。男性に媚びる様子も無い。そんな彼女の身の上に同情し、無意識に自分をそちら側に立てながら私たちは物語を見守る。対して「MEN」は山深く、歴史ある土地で暮らしトラディショナル(と呼んでいいかも懐疑的)な価値観を持っている。その言動も行動も、ハーパーや私には理解しがたい不愉快なものばかりだが、会話が出来ないようなモンスターでは、決してない。どこまでも人間であり、”社会”に属しており、今にも「コーヒーでもどうぞ」とソファに座るよう促せそうな雰囲気を醸しているのだ。この違和感。分かり合えない恐怖。男尊女卑社会の擬人化や風刺も感じるが、そう決めつけて見始めた瞬間私の顔は「MEN」になっているのではないか、と思わず頬を掴みたくなる。そうやって、見れば見るほど不可解だが、探るほど案ずるほど自分の常識が揺らぎ、顔が揺らぎ、己の立ち位置が曖昧になるのがこの映画の本当の恐怖だと感じた。

私は多様性のある社会を目指す今の世界は素晴らしいと思っている。しかしこの映画を見ていると、生き方の多様化を突き詰めていった先に”社会”はあるのだろうか、と感じる。だって、彼らはハーパーより、私たちより、はるかに強固な結びつきを持った社会を持っていると感じるのだ。命を繋ぎ、同じ価値観を繋ぎ、長い歴史の中でずっとそれが「正気」だと思って暮らしてきているように見えるのだ。

いつか私と隣人の共通点は息を吸って吐く事だけになるかもしれない。お互いの手が届く範囲の正解が違うだけ。そうなった時、誰が正しい物差しと秤で私たちを取りなしてくれるのだろう?神の姿さえ、きっとその相手と分かり合うことは出来ない。その時正気、狂気という言葉は存在するだろうか。

映画を見終わった時、私の隣に居ると思っていたハーパーは、MENとも私とも違う場所に立っていた。これは成長なのか、変質なのか。初めから同じ場所になんて立っていなかったのかもしれない。あらゆるものは移ろい変わり、私たちはそのあわいに立っているだけだ。同じ場所に居るつもりでも、足元の砂は常に流され、風に飛ばされ続けている。

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