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現地コーディネーター:第10話

 高速道路に再合流すると相も変わらぬ平坦な景色が続いた。エドウィンは地平線にむかって垂直にぶつかる点状の車線を眺め、シューティングゲームの光線みたいだなどと思いながらまどろんだ。遠くのサイレンの音が子守唄のように聞こえる。ふと蘇る幼い頃の記憶。

 あの圧倒的な孤独感はきっと「自分がどこにも属せない」事からだったのだろう。その孤独を抑えるために拵えた諦観。その線上にできた慢性的な倦怠感。

 カズマの耳障りな大声で現在に引き戻される。辺りはすっかり真っ暗になっていた。「MOTEL」と書かれたネオンの看板が唯一の光源として地面を薄く照らしている。不気味な静寂が徐行する車を覆っていた。

「ここから先はしばらく田舎道になるっぽいし、ホテルも辺りに無さそうだから、今日はここに泊まるぞ」

 起き抜けで虚をつかれた状態のエドウィンが答えに窮しているとカズマは返事も待たず目の前にある専用駐車場に車を停めた。

 小さなモーテルのフロントデスクはもぬけの殻だった。カズマがカウンターにある真鍮のベルを狂ったように何度も叩くと奥の部屋から不機嫌さを露わにした巨漢の男が大きなため息を吐きながら出てきた。何をどれだけ食べたらそうなるのだろうーエドウィンは自分の倍ほど横幅のある男を目の前に尻込みした。

「部屋はいっぱいだ。帰ってくれ」
 エドウィンが肩をすくめて隣を向くと、カズマは自身のドレッド髪のひと房を噛みながら目を大きく見開いている。
「何がいっぱいだよ。入り口に空き部屋ありって書いてあるじゃねえか。駐車場も二台しか車停まってないし。嘘言うなよ」

 男は「嘘」という単語に反応して声を荒げた。
「俺が無いと言ったら無いんだよ!」
「じゃあ賭けよう。今から適当な部屋をノックして、空いてたらそこにただで泊まらせてもらう。もし人がいたら料金倍乗せしていいよ」
 カズマは財布を取り出し挑戦的に免許証をカウンターに置いた。

 男は太くくっきりとした眉毛をひそめ何かブツブツ言いながら免許証をひったくり奥の部屋に戻る。コピー機が起動する音がし、男はまた出て来てチェックイン用の書類と錆びた鍵を置いた。

「一晩55ドル。チェックアウトは11時。カード?」
「キャッシュ」

 カズマは乱暴に20ドル札三枚をカウンターに置いた。大男はそれを無表情にレジに収め、何かを取りに行くかのように奥の部屋に戻る。そして音沙汰のないまま時間が経過していく。

「おい、つりを渡せよ!あとレシートも」
 カズマが大声で叫ぶと男は悪役レスラーのように目をひんむいて再びフロントに入り、これ見よがしの大きな舌打ちをし、釣りとレシートをカウンターに叩きつけた。カズマは男の目を睨み返している。こんな連中と毎日接する日常は疲れるだろうなーエドウィンは他人事のように思った。

 カビ臭い部屋に入るとツインサイズのベッドが二つ並んでいる。配色のおかしな唐草模様のベッドカバーをめくると謎の大きなシミがついていて、心なしか饐えたような匂いがする。

(早く日本に帰りたい)
 エドウィンは切にそう思い今日一番大きなため息をついた。

 カズマは上着を奥のベッドの上に投げ捨て、靴のままその上に寝転がるとエドウィンの冷たい視線を感じる。
「あれ、こっちのベッドの方がよかった?」
「どっちでも変わらないですよ。車で寝ちゃだめですか?」
「別にいいよ。オレは命が大事だからそんな事しないけど」

 そういえばアメリカのモーテルは殺人やドラッグ売買の温床だと聞いた事がある。エドウィンは諦め、何とか気分を紛らわせようとテレビをつけた。中年男がカメラ目線で奇怪なダンスを踊る安っぽいコマーシャルはエドウィンの心細さを増幅させた。

「まあビビんなよ。部屋にいりゃ何も起こんないよ」
 カズマはエドウィンの不安さを察知したように呟いた。そして突然思い出したように胸ポケットから小袋を出して、エドウィンの目の前で自慢げにそれを振った。

「そういや、いい物をロニーからもらったけど、どうする?」
 エドウィンの目の前で揺れるくすんだ緑の塊。

「もしかしてそれってマリファナですか?」
 エドウィンが恐る恐る尋ねるとカズマは悪びれもせず頷いた。エドウィンが顔を顰めて首を大きく横に振ると、カズマは残念そうに肩をすくめた。

「酒より全然ましなのに。まあ君は日本人だし、科学より同調だよな」
 カズマが捨てセリフを吐いてモーテルの外に出て五分もしないうちに網戸の隙間から草の焼ける甘い匂いがし、続けざまに激しく咳き込む音が聞こえた。エドウィンは窓を勢いよく閉め、ダウンジャケットを着たまま汚れたベッドに横たわった。

 薄い壁の向こうから隣の宿泊客の無遠慮な笑い声が聞こえる。エドウィンは惨めな気持ちを誤魔化すようにテレビのチャンネルを変え音量を上げた。

       *

 カズマはモーテルの外壁にもたれかかり、巻紙の上にマリファナと煙草を一対一の比で混ぜ、それを中心に集めて巻き上げた。紙の端をさっと舐め、糊のついた紙の端を貼り付けるとジョイントの完成だ。キレイに巻けた自分を誇らしく思い、空を見上げる。いくつか星と大きな月が見えた。地面より空の方が明るいのは新鮮だった。

 早速ジョイントに火をつけ、思い切り吸いこんで息を止めると思わず大きく何度も咳き込んでしまう。久しぶりだからかもしれない。すぐに真後ろでエドウィンが強く窓を閉める音がした。なんて愛想のないヤツだ。父ジェフとは出会ってすぐに同じジョイントを回し吸いしたというのに。

 三服ほど吸うとちょうど良い具合に酩酊してきた。頭の中で絡まった糸が解け、五感が研ぎ澄まされてくる。昔は毎日の様に吸っていたのに、気づけば日々の生活に追われていた。何となしに眺める星にシャーロットの顔が重なる。彼女とまた上手くやり直すことはできるのだろうかー。

 ジョイントが半分位になると地面にもみ消して、吸いさしをポケットに入れて部屋に戻った。すぐにエドウィンが真剣な顔でカズマの方を向いた。

「ちょっとやばいですよ、カズマさん。さっきの連中」
 エドウィンの声がいつもより低く聞こえる。彼が指さした先のテレビの画面には、ロニーとルーシーの顔写真が出ていた。

テロップ:失敗したボニーとクライド
「二人は一時逃亡をはかりましたが、パートナーのルーシー•ブラックが警察に通報、二時間後にサン•モーテルでロニー・サイズモアが逮捕されました」

 テレビの中で女性のアンカーが淡々と事実だけを伝える。

「これ、どういう事?」
 カズマは酩酊したまま何とか頭を整理しようとするが回らない。

「二人でファミレスを襲いにかかったみたいです。パルプフィクションの冒頭みたいに、銃構えて。監視カメラの映像見逃しましたね。結局現金持ったまま逃げて近くのモーテルで逮捕」

 エドウィンの言葉がしっかり認識できないが、その事実は映像によってカズマの脳にインプットされ、心臓をかき乱した。刑務所の独房にいるロニーの姿をリアルに想像してしまう。終わりの見えない孤独―彼がこれから味わうであろう感覚を、まるで自分が今味わっているかの様に感じた。気づかぬうちに目に涙が溜まっていた。

「まったく、なんであんな危ない連中拾ったんですか?」
 エドウィンは少し声を荒げる。そしてカズマの歪んだ顔に気づく。
「なんで?もしかして、同情してるんですか?あの強盗犯に?」

(そうか、オレは同情しているのか)
 カズマは初めて自覚した。自分の愛もうまく伝えられず、彼女のためにリスクを冒した挙句、結局裏切られてしまったロニーに深く共感と同情の気持ちを抱いていることに。

 カズマは自分の感情を隠すように自分のベッドに潜り込み、エドウィンに背を向けた。そしてシャーロットの事を思った。マリファナの効能なのか、彼女との記憶が溢れ出すように頭の中に浮かんでくる。

彼女と出会ったのは何年前だったかー


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