Ken.G

ニューヨーク在住歴20年+。フリーランスの映像屋。長編小説の執筆に初挑戦中。 #創作大賞

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ニューヨーク在住歴20年+。フリーランスの映像屋。長編小説の執筆に初挑戦中。 #創作大賞

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  • 現地コーディネーター

    長編小説「現地コーディネーター」のまとめです。創作大賞2024に挑戦中。

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現地コーディネーター:第1話

<あらすじ> 周囲とうまく折り合いがつけられず十代で単身渡米したカズマ。ニューヨークでアーチストとして一時的な成功を収めたが、現在は恋人宅に居候し、くすぶっている。 東京都心の実家に住む大学四年生のエドウィンはハーフとして育ち、引きこもりがちな生活を送っている。エドウィンの父であり日本で企業経営をするジェフは受動的な息子の将来を案じてアメリカ二週間横断の旅を命じる。 十年前にアメリカで出会ったタフな若者カズマを現地コーディネーターとして雇って。 常識知らずで自分の情動の

    • 現地コーディネーター:第22話

       フリアナが自分に触れる回数が増えている。ブラジルではごく普通のスキンシップなのかもしれないが、汗で少し湿った手が自分の首筋や頰を撫でる度にいちいち下半身が反応しそうになる。エドウィンは彼女に気付かれないようにこっそりポケットに手を突っ込んで物を抑えつつ、会話に集中するよう努めた。 「エドウィンは、普段休みの日は何して遊ぶの?」 「う~ん。友達と映画とかライブに行ったりとかかなあ」  何故か嘘をついてしまう。一緒に遊ぶ友達なんていないのに。  二人は他愛のない会話を繰り返

      • 現地コーディネーター:第21話

         フレンチクオーターはどこを歩いても人がごったがえしていて、どの飲食店も店外まで行列が続いている。並ぶつもりのない三人はテイクアウト専用の簡易屋台のバーでハリケーンというカクテルを三つ頼んだ。地元名物で一度は飲むべき酒だとフリアナが言うのだから飲まないわけにはいかない。 「サウージ!」  出会って間もないのにすっかり馴染んだフリアナの音頭で乾杯をした。オレンジとパッションフルーツのジュースのミックスがすっきりとして飲みやすいが、随分な量のラムが入っている。フリアナになかなか

        • 現地コーディネーター:第20話

           ミシシッピ州の安モーテルで一晩を過ごした二人は急に湧いてでてきた目的地ニューオーリンズへ向かった。二人を乗せたビートルは時速百キロで舗装されたばかりの道路を滑るように進んだ。古い木々が道路の両側に茂り、その影には小さな教会や田畑が広がる。  モーテルは前回より清潔だったし、カズマの提案でそれぞれ別の部屋に泊まったのだが、エドウィンは気分が高揚して中々寝付けず、またしばしの間眠っても極度に乾燥した部屋のせいで途中で何度も目を覚ましてしまっていた。アメリカに来てまだ一度もしっ

        • 固定された記事

        現地コーディネーター:第1話

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        • 現地コーディネーター
          22本

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          現地コーディネーター:第19話

           カズマと出会ったのは結婚二十周年記念旅行の時だから、もう十年近く前だ。当時中学生のエドウィンを留守番させ、妻の陽子と水入らずで自分の故郷や二人の思い出の場所を巡った旅だった。グランドキャニオンを目指して走るレンタカーの中かフラッグスタッフという街の道端に立つ一人のヒッチハイカーを見つけた。まだ十代後半の日本人の少年、カズマだった。  カズマは粗野ながら純真で生命の輝きを放ち、大きな可能性を感じさせる原石のようだった。車の中では突然大声で歌い出したり、日本社会への鋭い批判を

          現地コーディネーター:第19話

          現地コーディネーター:第18話

           カズマは運転席にもたれかかり、ハンドルにだらりと両手を置きながらアクセルを踏み続ける。通り過ぎる標識がアメリカ最南部のミシシッピ州に入ってきたことを知らせる。が、そんな事はもうどうでも良く、同じような平地がひたすら続くのにも流石に飽きていた。生のアメリカを肌で感じるというロマンチックな響きに惹かれ無謀な計画を立てた自分に腹が立ってくる。  エドウィンの視界にはまだ蕾さえ見えないマグノリアの木々がまばらな間隔でシャッターのように通り過ぎていった。そして捻じ曲がった木が一本だ

          現地コーディネーター:第18話

          現地コーディネーター:第17話

           雨樋に止まったモッキングバードの甲高いさえずりで目を覚ました。バネのしっかりしたツインベッドは前日の晩泊まったモーテルのそれより格段に快適だった。エドウィンは大きく伸びをして体を起こすとジャージ姿のまま部屋を出て、隣のカズマの部屋をノックする。ドアを開けると、部屋は空で人が寝た形跡すらない。時刻はまだ朝八時過ぎだ。カズマが早起きしてベッドメイキングまで済ませたとは思い難い。螺旋階段を降りると階下のダイニングテーブルでロイがしかめ面で新聞を読んでいた。 「おはよう。カズマは

          現地コーディネーター:第17話

          現地コーディネーター:第16話

           自宅の玄関口まで来るとクリスタルは急に不安そうに振り返った。 「パパ熟睡してればいいけど。門限も過ぎちゃったし、お酒の匂いするかもしれない…」 「そうな。匂いもするし、顔も真っ赤だ」  カズマが言うとクリスタルは焦った様子で自分の頬に手を当てた。  カズマがすぐに吹き出してそれが冗談と分かると、クリスタルも思わず笑って肩を叩いた。そのじゃれ合う様子が気に入らなかったが、エドウィンも合わせるように何となく笑った。  家の中は真っ暗で、リビングの奥にあるロイの寝室も消灯され

          現地コーディネーター:第16話

          現地コーディネーター:第15話

           二階の部屋のドアを開けると硬質な電子音がカズマに浴びせかかった。十畳程度の室内は薄暗く、四方の壁に取り付けられたブラックライトだけを頼りにカズマは部屋の様子を観察した。パワフルなスピーカーから響く四つ打ちのビートが股間を突き上げてくる。  酩酊状態の学生三人が部屋の中央で暴れ踊っている。その脇には床に座ってジョイントを吸い回している連中、人目を憚らず愛撫をするカップル、ドラッグをキメ過ぎて床に突っ伏したまま動かない者などがいた。昔よく出入りしていたブルックリンの地下パーテ

          現地コーディネーター:第15話

          現地コーディネーター:第14話

           出会ってまだ数時間しか経たない若者三人は大学構内の駐車場に停めたビートルから降りると、静まり返ったキャンパス内を意気揚々と歩いた。真冬なのに空気は湿気を帯びて寒さは感じない。モスの垂れ下がる古木や蓮池のある庭園を抜ける。キャンパスは端から端まで歩くのに一時間はかかる広さだそうで、パーティー会場の学生寮までの道のりはなかなかのものだった。  エドウィンは心地良い南部の夜風を感じながら、ジャスミンの香りをさせた従姉妹のクリスタルと乏しいボキャブラリーを使いながら談笑して歩いた

          現地コーディネーター:第14話

          現地コーディネーター:第13話

          「ディナーができたぞ!」 ロイの大声が二階に響き渡る。  趣味の合わないマイクのCDコレクションを物色していたエドウィンはステレオを止め、ダイニングルームに駆け下りた。食卓にはフライドチキン、マッシュポテト、マカロニチーズと棒状の揚げ物がそれぞれ大きな皿に山盛りに並んでいる。 「これが本場の南部料理よ」  クリスタルは嬉しそうにグレイビーの入ったボウルを食卓に置く。エプロンには油のシミが飛び散っていて、自分たちのために一生懸命料理をしてくれたという事実に感謝し、またほぼ他

          現地コーディネーター:第13話

          現地コーディネーター:第12話

           緩やかなカーブを描く高速道路の先に、青い鉄板が陽の光に輝いて立っている。「ようこそ音楽の都テネシー州へ」とウェスタン調の筆記体フォントで書かれたその看板は南部の歴史と文化の入り口を示しているようだ。  アメリカ横断の五州目。カズマの運転するビートルの窓の外に時折見え隠れするのは巨大なミシシッピ川だ。年老いた木々が湿地帯の風を遮り、生ぬるい空気が車の中に流れ込んだ。  大雨でも降ったのか、川の水は茶色く濁り、岸には粗大ゴミが散乱している。ドアを失った古い冷蔵庫、破けて中の

          現地コーディネーター:第12話

          現地コーディネーター:第11話

           その夏のブルックリンはとにかく暑かった。カズマはアーチスト仲間四名とシェアするアトリエに入り浸っていた。その頃はとにかくアイデアが留めどなく溢れて時間が足りなかった。真っ白なキャンバスはそれを形にできる無限の可能性を持ち、描いていない時は生きている感覚がなかった。  そうしたカズマの作品の幾つかは業界の中でも少しずつ注目を集め、コミッションとしての仕事も徐々に増えていった。そして当時飛ぶ鳥を落とす勢いだったマッド•ドッグから二人の個展をしようと持ちかけられたのだ。  カ

          現地コーディネーター:第11話

          現地コーディネーター:第10話

           高速道路に再合流すると相も変わらぬ平坦な景色が続いた。エドウィンは地平線にむかって垂直にぶつかる点状の車線を眺め、シューティングゲームの光線みたいだなどと思いながらまどろんだ。遠くのサイレンの音が子守唄のように聞こえる。ふと蘇る幼い頃の記憶。  あの圧倒的な孤独感はきっと「自分がどこにも属せない」事からだったのだろう。その孤独を抑えるために拵えた諦観。その線上にできた慢性的な倦怠感。  カズマの耳障りな大声で現在に引き戻される。辺りはすっかり真っ暗になっていた。「MOT

          現地コーディネーター:第10話

          現地コーディネーター:第9話

           店員の姿も見当たらない寂れたメキシコ料理店や、日本人のセンスでは決して選ばない角張ったフォントの看板の寿司屋、九十年代初期のモデル写真が張り出された床屋など、時間が止まってしまったかのような風景が窓の外に続く。どの店もニューヨークと比べて随分と大きい。これが本当のアメリカかと眺めるエドウィンの心を読んだかのようにカズマが声をかけた。 「ニュージャージーは日本の埼玉県みたいなもんだよ」 「じゃあカズマさんには馴染みやすい場所ですね」  カズマはエドウィンの皮肉に中指をたて

          現地コーディネーター:第9話

          現地コーディネーター:第8話

           またアラームが鳴る前に目が覚めてしまう。エドウィンはまだ疲れのとれない体をカウチから起こし、開け放しの隣の寝室に目をやった。カズマとシャーロットはまだ寝ているようだ。  昨晩のうちに旅支度を済ませたエドウィンは、Tシャツの上にヒートテックを二枚重ね着し、動きやすいスウェットとだぶついたカーゴパンツを装着した。そしてコンロに置きっぱなしのケトルを火にかけ、冷蔵庫から巨大なインスタントコーヒーの缶を取り出し、コーヒーをスプーンで掬ってマグカップに入れた。  すぐに手持ち無沙

          現地コーディネーター:第8話