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現職教員の教職大学院での学び11-授業検討会を考える【対話型模擬授業検討会】

はじめに

 教職大学院の授業も残すところ後わずかです。秋学期もあっという間でした。1年履修の方は残りの時間を有意義に過ごすために様々な研修を企画したり、先進的な取り組みをしている学校への出張を計画したりしています。私もそれに乗っかります。(いえむしろ自分から企画しています。)
 また、大学院の先生が様々な繋がりをもっているので、現場にいる時にはなかなか会えない方と会う機会をいただけます。継続している院生同士での学び合いも非常に価値あるものです。授業は終わりますが、まだまだ充実した日々が送れそうです。改めて教職大学院に来て良かったと感じています。

お隣のプログラム

 さて、本題です。自分が所属する「お隣」のプログラムの先生から「対話型模擬授業検討会」にお誘いをいただきました。
 対話型模擬授業検討会と言われて、「あ〜あれね!」とすぐにイメージができる方は少ないような気がします。私もその1人です。ただ、隣のプログラムの院生(主に学卒院生)が熱心に対話型模擬授業検討会の準備をしている様子を見て、学びの多い取り組みなんだろうなという思いは抱いていました。
 私のプログラムは学校組織をどうマネジメントしていくかといった点やリーダーシップとは何かといった点を学びます。隣のプログラムは「教育実践を総合的に捉え、いかに実践を生みだし、実践から学ぶかに関する探究を行う」ことを目的としています。
 個人的なイメージですが、隣のプログラムの院生は授業づくりを中心として教師の成長や教育という世界を広く捉えている方が多いイメージがあります。授業が大好きな先生やこれから教師になる方、教師を目指す方はこちらのプログラムがピッタリだと感じています。こちらに所属する現職院生・学卒院生・指導してくださる先生方。本当に人間力の高い方ばかりだと思います。
 プログラムのつくりでいえば私の所属するプログラムと隣のプログラムは「管理層」VS「授業名人」のような対立軸で捉えられることもありましたが、そんなことはありません。お互いリスペクトしながら学び合っています。

対話型模擬授業検討会とは?

 さて、話が脱線しました。「対話型模擬授業検討会」とは何か?については下記の記事を見ていただくのが良いかと思います。
 私個人としては、「対話型模擬授業検討会」とはお手並み拝見と授業を品定めして、改善策等を授業者に伝える会ではなく、そこに参加している全員の気づきや思いを共有し、新たな気づきや問いを生み出す場なのだと捉えています。

 昨日、実際に私も対話型模擬授業検討会に参加させていただきました。(初めてです)学外の方も多数参加されていらっしゃいました。流れとしては下記のようなものでした。
①模擬授業実施(参観)
②対話型模擬授業検討会実施(参観)
③対話型模擬授業検討会とは何かについての説明
④模擬授業実施(自分も入る)
⑤対話型模擬授業検討会実施(自分も入る)
⑥振り返り

①模擬授業の参観の様子
②対話型模擬授業検討会の参観(対話後の白板)
④模擬授業へ参加(面白い提案でした)

 全ての様子を写真には収められませんでしたが、自分にとって新鮮な授業検討会でした。改善策や次の授業に生かすといったワードは出てきません。「あの時〜したくなった」「〇〇さんの話を聞いて、考えが揺らいだ」といったそれぞれが学習者として感じたことを素直に表出し合うことが主でした。私含め初めて参加する方が多く、感じたことを切り出せない方もいらっしゃったのかとも思いますが、総じて心地良い雰囲気を感じることはできました。
 記録者がDoやFeelといった4つの分類に発言を振り分けていくのも新たな問いを生み出すヒントになるのかなとも感じました。この点についてはどのように活用していくのか質問してみたいと思いました。
 授業者の方は「普段より緊張した」とおっしゃっていましたが、そのような様子は一切見られませんでした。授業を提供していただき感謝いたします。

授業研究や授業検討会のあり方を考えよう

 下記の記事にもありますが、授業研究や授業検討会は日本の素晴らしい教員文化だと思っています。教員の力量形成にはなくてはならないものなのだろうと感じています。

 一方で最近の働き方改革等の流れを受けて、授業研究や授業検討会を縮小させる動きがある学校も一部で見られます。授業研究や授業検討会の意義を感じられないというのが一番の原因なのだろうと思います。
 
忙しい中授業研究に向けて学習指導要領と睨めっこしながら指導案を必死の思いで仕上げた方もいらっしゃるのではないでしょうか。検討会では経験豊富な教員が一方的に「あの場面は〜と発問した方が良い」「子供の姿が見えていない」といったダメ出しのような、アドバイスのようなことを話すのが中心となる授業検討会は授業者や他の参加者にとっては苦痛になることもあるでしょう。しかも指導案を見ていなかったなんてこともあります。(もちろん指導技術の伝承という意味では教えてもらうといったことが必要な面もありますが、授業検討会以外の場で行えば良いのではと考えます)
 また、その語りには学習者である子供の姿が(子供の内面)見えないことがあります。授業の表面的な事象だけを切り取って、それについて「私なら〜する」といった指摘だけでは氷山モデルでいう見えている部分だけにしか対応できません。
 学習者になりきって授業を受けてみる。それぞれの学習者が純粋に感じたことや思ったこと伝え合い、そこから新たな問いを見つける。そのような行いに経験年数は関係ないでしょう。協働的に省察ができる場としての対話型模擬授業検討会は実際の教育現場にも活かせる点が多くあると感じました。
 主たるねらいからはそれてしまうと思いますが、対話型模擬授業検討会は同僚性の構築に非常に効果的だと考えます。私の大きな関心事であるチームとして教員集団が機能するために必要な「他者理解」や「強み生かし」といった点にも関連する部分がありそうです。 

挑戦や尖った授業ができる環境を

 振り返りの際に、授業者の方が「対話型模擬授業検討会では挑戦できる。尖った授業をすることができる」といったことを話されていました。そして「(授業後)対話型検討会でそれぞれの考えを共有する中で、また新たなモヤモヤが生まれる。悩む」といったことを話されていました。
 今の子供達は尖った授業を求めているのではないかと思います。私個人としても挑戦的な授業、尖った授業をすることに大賛成ですし、そういったサポートをしていきたいと思います。
 ところがです。今の教育現場において授業研究で尖った授業をするとどうなるでしょうか?尖った授業ができる土台があるでしょうか?私は授業者の方の話を聞いていてこの点に強く思いを馳せました。
 この対話型(模擬)授業検討会には凝り固まった組織文化に風穴を開ける機能もあるような気がします。

おわりに

 対話型模擬授業検討会が終わり、すぐに次の講義がありました。たまたま講義を受けていた部屋に今井むつみ先生の本がありました。朧げな記憶なのですが、今井むつみ先生の講演の際か、読んだ書籍かに「何事にも視点の変換が大切」といったことがあったのを思い出しました。(不確実です)
 今回の対話型模擬授業検討会に参加させていただき、視点の変換のきっかけをもらえました。改めて皆さんに感謝です。

 今日は娘の参観日。皆様良い週末をお過ごしください。今日もお読みいただきありがとうございました🌸

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