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村上春樹


 タイトルはそのままに、村上春樹のことを書こう。
 私は村上春樹の書く文章が・物語が好きだ。とはいえ、ハルキストとは言いたくない。自分の中では「彼の小説に深く感銘を受け、物語の中に入り込めるほど好きな作家」というくらいだ。いや、つまりそれをハルキストというのでは? と思われるかもしれないが、そういう簡単なものではない。(過激派)
 好きだが、そこまで深く彼の小説を追及しない。あれはメタファー(村上春樹が大好きな暗喩のことだ)である、だとかこれはあれにつながりこれはどうとかああだとか。そういう楽しみ方も良いけれど、私は村上春樹の小説を読んで登場人物の気持ちに思いをはせ、情景描写にうっとりし、ありありとその場を頭の中で描き気持ちを文字の中にたゆたえさせるのが好きなのだ。
 「たぶん、これはこういうことで、ここにつながっているんだ」と自分の中で理解と納得できればいいと思っている。そしてその過程であふれ零れていく素敵な言葉や感情を自分の糧にしていく。答えは自分の中にだけあればよくて、その詳細をほじくるのは野暮だと思っている。あくまで私の中では。

 しかし、村上春樹の小説はすごい。
 なにがすごいって、簡単な言葉でわかりやすい文章で誰でもすっと水のように馴染むことができる。そしてその言葉たちは、かつて自分が体験したような・知っているような・淡い郷愁と憧憬が重なっていく。
 ――私は知っている、この部屋の温度と湿度を。そして部屋の窓からさす太陽のにぶいひかりを。泳ぐプールの冷たさを、ハンドルの重さを、鉛筆のとがった先すらも、私は知っている……そう思わせてくれる。
 簡単に思考の旅行へと連れ去ってくれるのだ。そしてその旅行にはほぼ全員を連れて行ってくれる。
 こんなことができるのって、村上春樹くらいしかいないだろう。

 特に好きなのは「ダンス・ダンス・ダンス」

 この作品は羊三部作を包括するにふさわしい〆の話。(鼠三部作とも言われるけれど、私は羊派)
 これを読んだとき、なんて魅力的な小説なのだろうと心の奥からしびれ震えた。
 この小説はシックだ。洗練されている。真夏、真昼の一番暑い盛りに汗だくになったところに立派で豪奢なホテルがあり、そこのラウンジでアイスコーヒーを飲んでいるような、都会的な小説だと思った。
 主人公が飲んだピニャコラーダ! ピニャコラーダってなに? 生きてて聞いたことがない飲み物、だけどとってもおいしそうだ、大人になったらぜひ飲みたいと思ったし(いまだに飲んだことないけど)シェーキーズでピザを食べたいとも思った。
 なにより、私は五反田君が大好きだった。トレンディでハンサムな五反田君。人生でおおよそ失敗をしたことがないような完璧な男。マセラティを乗りこなし、主人公に親身に接する彼。
 けれど彼は村上作品における”完全なる悪”の役だった。抗えない、覆すことができない徹底的で圧倒的な“悪”で、彼はその悪を引き連れ海に沈んだ。愛車であるマセラティと共に。
 ああ、五反田君! 君もやはりこうにしかならなかったんだ。こうする以外にはとてもじゃないけどこの世の中で生きていけなかったんだね、この選択しか出来なかった彼にえらく同情したし心を寄せた。
 友人が、「マセラティのマークがモリだ。(※諸説あり)海の神ネプチューン(あるいはポセイドン)もそれを携えている、彼の車は彼を海に沈めてくれた」と言っていて、なんてロマンティックなんだろう。そしてその気付きに少し嫉妬もした。

 もちろん、「ノルウェイの森」も好きだ。私は直子よりもミドリ派で彼女のように快活で頭の回転が速い、文章が上手な女の子になりたかった。10代後半、まだまだ多感な私は当時お付き合いしていた男性と村上春樹の話をして、「私はミドリのような子になりたい」と言い、彼は「君はどちらかというと直子だよ」と言った。
 今思い出すとむずがゆく10代にありがちな承認欲求の塊のような会話だったけれど、私の中では大切なエピソードでもある。
 ちなみに私はキズキが好きだ。彼は直子と僕にだけ楽しませることができる小さな世界があった。そういう局所的でささやかなキズキの才能とやさしさに私はぐっときた。

 「海辺のカフカ」では「こんなスピード感と山場もありエンターテイメントに富んでいて、絶対連ドラにしたほうがいい」と思っていたし、はじめて乗る車はマツダロードスターがいいと思った。(免許、今も持ってないけど)

 村上春樹を読んだことがないという人に出会うと、「別に読みにくい小説じゃないと思うよ。興味があるなら、短編集から読んでみれば? 貸すよ」と言い、貸したが最後、もう戻ってこない。(これって村上春樹布教したい人あるあるだと私は思っている。)
 今、どこにあるの私の買った短編集たち……
 じゃあ簡単になにをおすすめすればいいのかというと……うーん、悩んでしまう。
「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」なんかはこれぞ村上春樹のあるあるをすべて余すことなく詰め込まれ、さらに初心者でもわかりやすく道筋が立てられちょっとばかし心の中に潜れば結構簡単に腹落ちする作品だ。けれどこの簡易版村上春樹がファースト村上春樹なんてそれは悲しい。でも人気知名度ナンバー1の「ノルウェイの森」は安直すぎる、しかも結構好き嫌いが分かれるやつだぞ。どうしよう。ここはやはり短編集で攻めるか? 結構軽いテイストから重いものまでテンポよく短時間で読めるし……で、短編集を貸す流れになり一生返ってこない。返してもらう手間と時間が面倒なので買いなおし、貸し先の本棚で堂々と鎮座してくれていれば私はそれでいいわ、これぞ布教というもの。と納得させるのである。
 村上春樹を読んだことがない人に一番おすすめ出来るのは何か? という話題で村上春樹ファンと語れそうだ。(やっぱりデビュー作の風の歌を聴けになるのかな)
 ちなみに私のはじめての村上春樹は「アフターダーク」。
 はじめて読んだとき、不思議な感覚に陥ったのをよく覚えている。耳に一枚膜が張られたように圧がかぶさり、頭の中央がぼんやりとした。変な場所にきてしまったような不安な気持ちになった。

 さて長々書いてしまったわけだけど、つまり新刊が発売されたから読まなくちゃってことなんだよね。
 みんなはもう読んだかしら。


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