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移ろいゆく理由

ガージェリー・エステラは、2004年にGARGERYブランド第2の商品として生まれた。以来、少しずつ取扱いのお店を増やし、現在は100ほどの素敵なお店でサーヴされている。お店の業態は、ダイニング、和食、イタリアン、フレンチ、オーセンティックバーなど、幅広くお使いいただいている。

その理由は、このビールが食事にとても合わせやすいからだと思う。従来の大手のピルスナータイプビールのように、食事中に口の中に残った脂分などを洗い流し、さっぱりとリセットするような役割ではなく、食事の味わいとビールの香味が重なり引き立て合いながら、次のひと口を誘引するようなコンビネーションを楽しめるビール、ということ。しっかりとした味わいなのに、口当たりが柔らかいからするすると飲め、炭酸が強くないのでお腹を膨らますこともない。また、ワインや日本酒などへのつながりも良いから、前出のようなワインや日本酒を主役にしている業態でメインのビールとして選ばれるのだと思う。

さて、「エステラ(ESTELLA)」という名前、これは「GARGERY」と同様に、チャールズ・ディケンズの小説『大いなる遺産(Great Expectations)』の登場人物の名前だ。主人公のピップが生涯憧れた女性の名前がエステラ。エールの華やかな香り「エステル香」にもつながる優しくエレガントな響きを持った、このビールにぴったりの名前だと思っている。

小説の中のエステラは冷淡な美少女だが、ビールの「エステラ」はさまざまな表情を見せてくれる。ひんやりとした最初のひと口は少し青さを残した果実のような香味、ゆっくり飲みながら温度を上げていくと最後のひと口では熟した果実へと変化する。

そんなエステラの味わいは、製法に秘密がある。

ビアスタイルではペールエールという分類が一番近いのだろうと思う。しかし、ヨーロッパ伝統のペールエールをそのまま模したわけではない。

一般論として、エールは上面発酵酵母によって造られるビールで、20℃程度の高温で発酵が行われ、2週間程度の熟成期間を経て製品になる。高温発酵による華やかさがある反面、どちらかというともったりとしたボディ感が特徴になる。一方、エールに対してラガーは下面発酵酵母によって醸されるビールで、10-12℃程度の低温で発酵が行われる。そして0℃近い低温で3〜4週間熟成される。代表格であるピルスナーを筆頭として、キレのあるすっきりとした後味を特徴とするビールが多い。

エステラは、両者の“良いとこ取り”をしている。つまり、上面発酵酵母による高温発酵でフルーティーな華やかさを付与し、一般のピルスナーよりもさらに長い間の低温熟成をすることによって、高度に調和の取れた香味のバランスをつくり出すとともに、すっきりした飲みやすさも実現した。エステラの熟成期間は60日以上を基準としているが、これはエールとしてはもちろん、国産大手のピルスナーと比べてもかなり長い熟成期間になる。10年以上継続して定番として販売している国産の樽詰ビールで、ガージェリー・エステラのような長期熟成を必須としているビールは、ガージェリー・スタウト以外には無い、それは間違いないだろう。

最後に、もうひとつ。

エステラは濃くて苦いビールだ。単純に分析値を見ると、一般的な国産大手ビールと比べるとそうなる。しかし飲んでみると、その濃さも苦さも実際にはさほど感じない。その理由は、バランスとコンディション。

苦味だけではなく甘味もしっかりと残しているため、両者のバランスにより苦味だけが突出することがなく、先に書いたとおり長期熟成によって高度な調和がつくりだされている。

そしてコンディション。これはGARGERYブランドの最も重要なこだわり。長期熟成したビールを、注文があった分だけ樽詰めして翌日に冷蔵便で飲食店に届ける。こういう言い方は好みではないが、いわゆる「できたて工場直送」ということだ。容器に詰めた後に起こるビールの酸化劣化を最小限に抑えてお店にお届けし、メンテナンスをしっかりしたディスペンサーでサーブしてもらう。フレッシュでコンディションの良いビールは、雑味がなくフレッシュな果汁のようにするすると飲める。そして、ゆっくり飲めば、温度が上がるにつれて香りが立ち、熟果のようになっていく。それがガージェリー・エステラだ。

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