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『情事イン情事』 その前


   自伝風の映画を企てようとする監督と、それへの密着取材をもくろむ 
   批評家。ある事件を機に様相は一変するが、そこには重層的な問題が
   はらんでいた。映画の作り方、在り方を語りながら同時にそれ自体が
   ドラマとなるとき、周囲の人との関係はねじれ、異様な境地へ導かれ
   ていく。虚構にまみれた映画そのものの換骨奪胎をなぞる顛末は…。
   (本作はフイルム撮影による映画を前提とする)


 登場人物

       映画監督           円城寺 満
       プロデューサー        津村 美沙
       映画批評家          阿仁屋 優

       主演男優(監督役)      須田 彰
       主演女優(プロデューサー役) 山下 響子
       新進女優(恋人役)      日比野 まり
       脚本家            佐久間隆

       カメラマン          柏崎 次郎
       美術             貝塚 俊彦
       編集             戸崎 雄一
       助監督            野々村 保
       ライン・プロデューサー      宮部 幹夫
       配給担当者          橋爪 祐輔
       演技講師           仲沢 コノ
       助演男優(主演男優役)    鷲尾 勇
       助演女優(主演女優役)    不破 れい
       音楽             マザマザ
       映画祭コーディネーター    コリーヌ・ベソン



○  現像所

    特有の機械音がミニマルっぽい音楽へ変化していくなか、ラボの各
    工程が切れ目なく、トラックバックによって映画生成の過程をたど
    るように映し出されていく。

○  同・ロビー

    現像所のどん突きまできて試写室のドアが現れる。

    試写中のランプが灯るかたわら、待合スペースに並ぶ椅子。

    苛立たしげに揺れる男の手足。

○  同・ロビーの壁時計

    壁時計が24時(午前0時)をさし、男の呟き声がオフでかぶさる。

 阿仁屋優 「いつになったら終わるんだ」

○  タイトル

    時計の針と数字が歪むようにくずれ、ファインダー内らしき枠の中
    に『情事イン情事』と浮かび上がる。

    やがてそれは紺碧の空へ溶解していく。

■  友人の証言①(養豚場)

    沖縄県北谷(チャタン)町のはずれにある安っぽい建物。その前でアロハ
    姿の男がランドクルーザーにもたれて喋りだす。

 奥間常文 「高2の秋だったかな。ここにあったアパートが火事になり、
       第一発見者となったあいつがみんなを助けたのは。幸い、半
       焼程度ですみ死人は出なかったけど、勇敢な高校生の活躍と
       いうことで消防署からも学校からも表彰され、たしか新聞で
       も取り上げられたはず。一時はヒーローだったよ。だが翌月
       には学校を退学させられ町を出てった。姉と母親の家族3人
       ともにね。なんせ、あいつが自分ちに火をつけた張本人だっ
       てばれちまい、俺たちはそうじゃないかって薄々疑ってたん
       だが、周囲がみんな阿呆づらこいて持ち上げたもんだから、
       反動が大きかったんだろう。あいつはひょうひょうとしてた
       よ。同級生のあいだじゃ伝説となったけど、その後あいつと
       つきあってたのは俺だけだった。よかったら中に入ってみる
       かい。ここ、俺んちのもんなんだ、人に任せてるけどね」
       (実際は沖縄方言)

○  沖縄のビーチ

    人っ子ひとりいない砂浜で若い女性がまぶしそうに太陽を仰ぐ。

    タンクトップ姿の彼女は何かに気づいたのようにカメラに向かって
    歩きだす。

    手前に見えてくるのは、砂に埋まりかけたギター、ベース、ドラム
    セット。

 円城寺満 「カット!」

    MVの撮影現場。固唾を呑んで見つめるスタッフ。

 円城寺満 「どう? いいよね」

    うなずくカメラマンの柏崎次郎。

 円城寺満 「オーケイ!」

    彼女は人から離れて波打ち際へいく。

○  モニター画面

    浜辺を歩く彼女。

    その動きがストップモーションとなり、肢体、顔、胸、腰、髪の
    毛、つま先などがフラッシュバックする。

○  オフライン編集室

    大型モニターを見入る女優の山下響子。

    ファイルを手にした監督が顔を近づける。

 円城寺満 「この子が噂の日比野まりだ」

    テーブルに置かれたプロフィールに目をやる響子。

 円城寺満 「今度のヒロイン役にいいんじゃないか」

    真意を測るようにその横顔を見る響子。

 山下響子 「……それよりこのカット、寒気がしてくる」

 円城寺満 「ああ、それは置いておこう。この子の印象を聞きたいんだ」

 山下響子 「タイプなの?」

 円城寺満 「勘違いしないように。あくまでも映画のなかの話だよ。女優
       の先輩として、この企画に関わった人間の一人として相談し
       てるんじゃないか」

 山下響子 「……相談ねえ」

 円城寺満 「もしかして嫉妬? そりゃ、ないでしょ。今回、監督の意中
       の人はプロデューサー役をやるきみなんだぜ」

 山下響子 「もちろんよ。私たちの間は気まぐれ。プロデューサーの津村
       女史と一緒になるようすすめたのはこの私ですから」

 円城寺満 「何度もいうけど、現実とあまり混同しないでほしい。これは
       須田彰が監督役を演じるフィクションなんだ」

 山下響子 「でも、本当の監督はあなた。今度のホン(脚本)って、狙い
       とはいえあざとすぎない?」

 円城寺満 「それはきみが深読みしすぎるせいだろうな。もっと客観的に
       なってほしい。それに、いまは日比野まりの話をしている」

 山下響子 「もう一度見せて。彰くんはなんていってるの?」

 円城寺満 「(操作卓を操りながら)聞くまでもないさ」

■  友人の証言②(ランドクルーザー内)

    街並みを抜け、海岸道路へと走らせる奥間常文。

 奥間常文 「(ときおり助手席へ顔を向けつつ)あいつはコザへ引っ越し
       たんだが、家がどこかは知らねえ。そこもすぐいなくなっち
       まったしな。スナックで働いていた姉貴がアメリカ人の貿易
       商とできて、それで生活が少しは楽になったと聞いたことは
       ある。ある日突然、電話がかかってきて一緒にバイトしよう
       って言い出し、それが映画の撮影を手伝う仕事だったんだ。
       演出スタッフという触れ込みだったが、まあ土方だね。空き
       地にでかい穴を掘った覚えがある。2人で3日間掘り続けて
       なんて言われたと思う? もとへ戻せ、止めるのを忘れてた
       だってさ。感動したよ。俺はそれっきりだったが、あいつは
       撮影隊につきまとってたらしい。死んだ親父がベースで映写
       技師してたっていうから、映画には思い入れがあったのかも
       しれない。監督になったなんて全然知らなかった。それって
       高校中退でもなれんのか」
       (実際は沖縄方言)

○  都内の料亭・外観(夜)

    明かりが灯るものの裏筋にひっそり佇む店。

○  同・個室

    会食する四人。

    円城寺満と津村美沙、向かいに須田彰と山下響子が座る。

 須田彰  「……デビューしたころを思い出しますよ。同郷だという理由
       でオーディションに呼ばれたものの主役とは思わなかったか
       ら、役者冥利というか俳優人生としてエポックメイキングな
       作品でした。あれほど沖縄を誇りに思ったことはなく、当時 
       は混血というコンプレックスもあったからなおさらかな」

 山下響子 「そして今度は、監督自身の役だもん」

 円城寺満 「いやいや、そこは違う」

 津村美沙 「自伝風、よね」

 須田彰  「脚本は何度も読みました。十年近くたって円城寺監督とこう
       して再び組めるのが嬉しいし、ぼくにとってもこの役は分身   
       のような気がする」

 円城寺満 「まだどんでん返しがあるかもしれない」

 須田彰  「そういうサイコパスっぽい設定も、監督の偽悪的な趣味かも
       しれませんが好きですね」

○  那覇の街並み

    首里城から見下ろす円城寺満と津村美沙。

    風景に背を向け、肩を組んで笑う二人。

 津村美沙 「シナリオハンティングの最終日。一応、参考にということで
       やってきました。首里城から見渡す那覇市内です」

 円城寺満 「こんな風景、撮るわけないよな」

○  ノートPC

    ディスプレイに映し出される前の映像からの続き。

    那覇市内をバックにカメラ目線で並んだ円城寺満と津村美沙。

 津村美沙 「この人は《フィクション》なしに生きられない」

 円城寺満 「このプロデューサーは《異常なほど》すばらしい」

    引いていくと、このディスプレイ映像を見る人らしき後頭部。

○  試写室

    スクリーンを見つめる円城寺満と津村美沙。

    ロールが終わって室内が明るくなると彼がおもむろに話しだす。

 円城寺満 「俺はこの『ハックニイド』できみと出会った。4年前のフッ
       テージだけどちっとも色褪せてなく、この作品がいろいろな
       意味でターニングポイントだったと思う。最初に見た8年前
       の『お願いだから』は、これで俺と須田はデビューしたんだ
       が、痛々しくて愛に満たされてないのがよくわかる」

    彼女は続けざまの試写にいささかぐったり。

 津村美沙 「私は初期の作品も好き。今日の参考試写で、映画界の裏側を
       描く新作のヒントが見つかればけっこうだけど、あまり批評
       的にならないで。ありままでいいと思う」

 円城寺満 「ありのまま、か。『それぞれのすべて』のテーマにそういう  
       要素を入れろって?」

    彼女のうなじを揉むふりをして、そっと唇を近づける円城寺。

    と出入口のドアが開き、人の影が現れる。

    振り向く二人。

 阿仁屋優 「試写はもう終わったって聞いたんだが」

 円城寺満 「いま打ち合わせ中だ」

 阿仁屋優 「円城寺監督! 約束の時間をもう2時間以上過ぎてる。呼び
       出したのはそちらのほうだぞ」

 円城寺満 「映画の密着ルポをやりたいんだろ。今日はそれが生まれる、
       重要な場面だと思うんだがね、阿仁屋先生」

 津村美沙 「いま、お呼びに伺おうと。遅くなってすいません」

    監督に目配せしながら、頭を下げる美沙。

 円城寺満 「(立ち上がりながら)そのとおり。話したいことがたくさん
       ある」

    上着からタバコを出し、それをくわえて出入口へ歩く円城寺。

 阿仁屋優 「おい」

    円城寺が顔を上げると、ピストルの銃口が向けられている。

    じっと睨み合う二人。

○  イメージ(ステージ)

    須田彰から銃口を突きつけられる円城寺満。

    じつはスクリーンプロセスを設えたステージでの風景。

    遺恨を晴らすかのように拳銃が火をふく。

○  イメージ(映画館)

    がらんどうの観客席から立ち上がる阿仁屋優。

    スクリーンに映し出された円城寺満のクレジットへ銃を向ける。

    駄作に対しとどめを刺すかのように銃口が火をふく。

○  試写室

    ピストルをはさんで向かい合う二人。

    やがて阿仁屋が引き金をひき、銃口が火をだす。

    ピストル式のライターだ。

    複雑な表情でタバコに火をつける円城寺。

 阿仁屋優 「その、大切な話とやらを取材させてもらおう」

○  熱海のリゾートマンション・書斎(深夜)

    デスクに向かいうつぶせる円城寺満。

    周囲に散乱する資料と吸殻の山、そしてピストル式のライター。

    パソコンは『それぞれのすべて』改訂稿のファイルが開いたまま。

    腕がキーボードに触れて警告音が鳴る。

 円城寺満 「(半目を開き)ありのまま……それぞれの……ウィ」

■  義兄の記録①(アパート/モノクロ)

    家庭用カメラで撮られた手持ちの映像。

    アパートの階段を駆け上がっていき、部屋のドアを慎重に開ける。

    寝室へと進み、ベッドでよがる男女を見つける。

    振り向き、狼狽する白人の義兄とアジア系女性。
    (撮影者と思われる女性の鼻息が聞こえる)

○  熱海のリゾートマンション・キッチン(深夜)

    冷蔵庫からペットボトルを出し、水を飲み干す円城寺満。

○  同・寝室

    ドアを開けてベッドを確かめるがだれもいない。

○  同・リビングルーム

    砂嵐のテレビ画面。テーブルの上の書類。

    ソファに腰かけたままスーツ姿の津村美沙が眠っている。

    その斜向かいに座る円城寺満。

    何も語りかけず、自らの足先を彼女のふくらはぎ、膝うら、太もも
    へとそわせていく。

    体をくねらせ、目覚める美沙。

    円城寺はそのまま、足先で彼女の全身を愛撫する。

 津村美沙 「……ファンドのほうはうまくいきそう」

 円城寺満 「ゆうべ、聞いたよ」

 津村美沙 「一つだけ注文されたわ」

 円城寺満 「ん?」

 津村美沙 「脚本家の佐久間隆を入れること」

 円城寺満 「むりだな」

 津村美沙 「でも」

 円城寺満 「あいつがどういうタイプか、知らないのか」

 津村美沙 「話し合えばわかるわよ」

 円城寺満 「無知で…、節操がなく…、センスのかけらもなく…、骨抜きに
       することが得意な…、プロデューサー連中に最も人気のある
       作家だ」

 津村美沙 「なぜ人気があるのかしら」

 円城寺満 「わかってるだろ」

 津村美沙 「なぜなの」

 円城寺満 「……もういいや」

    立ち上がった円城寺は、衣服がはだけ、髪を乱した美沙の口につま
    先を突っ込む。

    荒々しく絡む二人。

<FO>


○  撮影所入口

    ワゴン車がゆっくり入ってきて、運転席から警備員に声がかかる。

 宮部幹夫 「円城寺組ラインプロデューサーの宮部です。スタッフルーム
       はもう開いてますか」

    警備員があわてて鍵を持ってくる。

○  東名自動車道・上り車線

    BMWのハンドルを握る津村美沙と助手席の円城寺満。

    用賀インターの案内表示が見えてくる。

 津村美沙 「撮影所まで送ったら、私は夕方までに戻れるかどうかわから
       ないから、宮ちゃんに電話しとく」

 円城寺満 「最初のコンテ会議なんだから、顔を出してほしいな。きみが
       いるとみんな盛り上がる」

 津村美沙 「そうしたいけど仕方ないわ。配給交渉だって大切でしょ」

○  撮影所入口

    マウンテンバイクの野々村保が猛烈な勢いで駆け込んでくる。

 野々村保 「おはようございます。円城寺組チーフ助監督の野々村です。
       まさか、一番じゃないすよね」

    警備員が笑いながらあごで行けと示す。

○  BMW車内

 円城寺満 「ところで佐久間の話、その後どうなったんだっけ?」

 津村美沙 「あなたの思うようにしたいけど、一応、脚本を見てもらって
       る」

 円城寺満 「へえ、そうなの。で、なんか言ってるわけ?」

 津村美沙 「いえ、まだべつに」

○  撮影所入口

    4WDを運転する美術の貝塚俊彦がやってくる。

 貝塚俊彦 「美術の貝塚です。円城寺組のスタッフルームまで車をつけた
       いんだ」

    うなずく警備員。

○  BMW車内

 円城寺満 「どうせなら、阿仁屋をホン(脚本)作りに参加させたってい
       いんだ。やつも昔はそれをめざしてたんだから」

 津村美沙 「勝手なこといわないで。彼が聞いたら怒るわよ」

 円城寺満 「そうかな、喜ぶかもしれないぞ。俺からいわせれば、佐久間
       の話もそれくらい突拍子もないということ」

○  撮影所入口

    門の手前でバスを降り、歩いてくるカメラマンの柏崎次郎。

    首からさげたビューファインダーで周囲を眺める。

    手を上げ警備員に挨拶しようとしたとき、円城寺のBMWが入って
    くる。

 円城寺満 「(助手席の窓を開けながら)おはよう、柏さん」

 津村美沙 「(その奥から)おはようございます」

 柏崎次郎 「おはようっす。なんか、象徴的なツーショットですな」

○  ホテルの高層階・客室棟

    エレベータホールに向かう廊下を、阿仁屋優と映画会社の宣伝マン
    が連れだって歩いてくる。

 宣伝マン 「さすがに阿仁屋さん、という感じでしたね。本国でも気むず
       かし屋で知られる男優をあそこまで喋らせるのは、映画への
       愛情や知識はもちろんですが、やはり勘どころを押さえた、
       切り返しの話術ですね。他の評論家の方では……」

 阿仁屋優 「相性がよかっただけさ」

 宣伝マン 「そうですか」

○  同・ラウンジ棟

    エレベータホールに向かう廊下を、佐久間隆とテレビ局の編成マン
    が連れだって歩いてくる。

 編成マン 「佐久間さんのおかげです。脚本家から直接意気込みを聞かな
       いと検討すらできないっていうから、あの女優とマネージャ 
       ーには手が焼けます。来年の放送枠も決まってないのに、他
       の事務所やスタッフへも示しがつかなくて……」

 佐久間隆 「ぼくには光栄なことです」

 編成マン 「助かります」

○  エレベータホール

    二組のグループが鉢合わせをする。

 阿仁屋優 「おや、佐久間隆じゃないか」

 佐久間隆 「あれ、阿仁屋さんですか。ご無沙汰してます」

 阿仁屋優 「こちらこそ。たしか数年前、東京映画祭のパーティで会って
       以来だと思うが、最近は売れっ子のようだ」

 佐久間隆 「右往左往するばかりで、恥ずかしいかぎりです」

 阿仁屋優 「ぼくだって同じようなもんさ。回り道してるよ」

    下りのエレベータがやってきて、阿仁屋と佐久間が乗り込む。

    宣伝マンと編成マンは丁重に頭を下げ戻っていく。

○  都心のBMW

    一人で車を走らせながら映画会社の高層ベルへ向かう津村美沙。

    カーナビの調子がおかしく苛々している。

○  ホテルのエレベータ内・下り

    阿仁屋と佐久間の二人だけである。

 阿仁屋優 「よければお茶でも一緒したいところだが」

 佐久間隆 「このあと、新作映画のシナリオ打ち合わせがありまして」

 阿仁屋優 「そうかい。ぼくも円城寺組のルポをやろうとしてて、これか
       らコンテ会議に立ち会う」

 佐久間隆 「えっ、ひょっとして『それぞれのすべて』ですか?」

 阿仁屋優 「よく知ってるね。……えっ、まさかきみも?」

 佐久間隆 「プロデューサーの津村さんに呼ばれてるんです」

 阿仁屋優 「いやはや奇遇も奇遇。このあとも一緒ということか」

    途中でゲイらしきカップルが乗り合わせてきて、二人は沈黙する。

○  高層ビルのエレベータ内・上り

    都心の景色を見渡しながら高層階へと向かう津村美沙。

    彼女をじろじろ見つめるオヤジが隣にいる。

○  スタッフルーム

    話がはずむ円城寺、宮部、柏崎、貝塚、野々村の面々。

    テーブル上にはそれぞれ改訂稿、ストーリーボード、第一次ロケハ
    ン写真、セットのイメージ画が飲食類とともに置かれ、打ち合わせ
    の真っ最中といった様子。

 円城寺満 「もう一度、コンテの頭からいこうか。とくに須田がさまよい
       歩くシーンは固定観念を捨て、日常なんだけどなぜか違和感
       を覚える風景だということを忘れずに」

■  友人の証言③(バーガーショップ)

    目の前は基地のゲート。

    奥間常文が、カウンターからトレイを手にテーブルへやってくる。

 奥間常文 「姉貴は行方不明だな。自殺したっていう噂も聞いた。だんな
       の野郎はフィリピーナと一緒に那覇にいるらしい。兵站係の
       軍人に知り合いがいるんで情報はときどき入ってくるのさ。
       (ハンバーガーを頬張りながら)これ、本土のものと大違い
       でボリュームがあるだろ。アメリカ人てのは質より量、見て
       くれなんだろうね。昔、初めて白人の家に招待されステーキ
       をご馳走されたんだが、こいつら、ゴム草履食ってんのかと
       思った。サラダは雑草に藁みたいで、ソースはくどいしな。
       同じ人間同士、セックスするのは簡単でも食事に馴染むのは
       むずかしい。(全部平らげたあと)まあ、たまに食ってみた
       くなるがね」
       (実際は沖縄方言)

○  撮影所入口

    タクシーから降りてくる阿仁屋優と佐久間隆。

    佐久間がチケットで精算する。

○  映画会社・応接室

    窓の外に広がる都心の眺望。

    一人で待つ津村美沙は付箋の挟まれた改定稿を開き、手帳に何やら
    書き込んでいる。

    ノックの音にあわててそれを閉じる。

 橋爪祐輔 「まだいらっしゃらないみたいですね。」

 津村美沙 「(腕時計を見やり)忙しい作家の方だから、もう少し待って
       みましょう」

 橋爪祐輔 「私は挨拶できればいいと思ってますから構わないんですが、
       作品を配給する者として、いや製作委員会の一員として担当
       者を招集するのはやぶさかじゃないんですよ」

 津村美沙 「今日は佐久間さんの意向と、脚本に対する意見をお聞きする
       場だから気を使わなくて大丈夫。部屋をお借りしながら申し
       訳ないんですけど」

 橋爪祐輔 「とんでもありません。うまく話が運ぶよう願ってます」

 津村美沙 「ありがとう」

    そこで彼女の携帯電話が鳴りだし、会釈しながら取る。

 電話の声 「宮部です。いま、脚本家の佐久間さんがここに現れ、大変な
       ことになってます。美沙さんに呼ばれたって言ってますが、
       監督と一触即発の状態なんです」

    青ざめる津村美沙。

 津村美沙 「私はこっちで彼を待ってるの。ちょっと替わってもらえる」

 電話の声 「ムリですよ。二人で、いや阿仁屋さんを入れて三人でどこか
       へ行っちゃいましたから」

 津村美沙 「すぐそっちへ戻るわ。とにかく宮ちゃん、監督をみんなから
       離し、相手をしてて」

    大急ぎで資料をバッグに放り込み、振り返る津村美沙。

    橋爪祐輔が神妙な面持ちで立つ。

 津村美沙 「佐久間さん、本社じゃなく、撮影所へ行っちゃったみたい」

○  撮影所・某ステージ

 円城寺満 「(佐久間の胸倉をつかみ)よくもそういうことがぬけぬけと
       言えるな。だれも、おまえを望んじゃいないんだ」

 阿仁屋優 「おい、暴力はやめろ」

    ここは他の組のステージ。

    立て込みも飾り込みも終わっているが作業日でなく、セットの裏に
    円城寺、佐久間、阿仁屋の3人が立っている。

 佐久間隆 「ぼくは頼まれたことをやっただけです。あれじゃお客さんに
       伝わりにくいと思ったから提案しました。監督の狙いが活き
       るよう腐心したつもりだし、他者とコミュニケーションでき
       なくてどうするんですか」

 円城寺満 「出たよ、その言葉。作家がそれを金科玉条としたらおしまい
       だぞ。コミュニケーションするまえに内省しろよ。向き合う
       んだよ、自分と。脚本家の表現とは、そこからだろ」

 阿仁屋優 「なんだろう。二人とも筋が違うような気がするな。嫌なやつ
       だが円城寺の才能を俺は買ってるし、真似はできないものの
       佐久間の技量は認める。言い分もよくわかる。だがこの脚本
       の問題点はユーモアがない点じゃないか」

 円城寺満 「はあっ!?」

 佐久間隆 「ええっ!?」

 阿仁屋優 「俺なりに直しを入れてみたんだ。(ショルダーバッグを叩き
       ながら)ちょっと見てみないか」

    壁をぐるりとまわると、男の隠れ家風の、バーのセットだ。

○  猛速度のBMW(夕暮れ)

    撮影所に向かって急ぐ津村美沙。

    ハンズフリーで宮部幹夫と話している。

 津村美沙 「まだ見つからない? 大きなトラブルとならないうちに何と
       かしてね」

○  撮影所・所内の通路(同)

    あちこち駆けまわりながら無線で話す宮部幹夫。

 宮部幹夫 「表には出ていないので所内のどこかにいるはずなんです
       が……」

○  撮影所・某ステージ

    バーのセットで飲み物もないまま喧々諤々と議論する3人。

 円城寺満 「で、このシーンはどういう意味になるんだ」

 阿仁屋優 「ここでワンクッション、しなりだね」

 佐久間隆 「そんなねじ曲げちゃっていいんですか」

 阿仁屋優 「じわじわくるだろ」

 円城寺満 「じゃあ、そのあとは?」

    額を寄せ合いながら頁を繰る3人。

    その背後にそっと現れる津村美沙と宮部幹夫。

 津村美沙 「(小さな声で)宮ちゃん、ビール買ってきてよ」

<FO>


○  クラシックホール付近

    首都高を降り、都心のビルの谷間へやってくるBMW。

    助手席の円城寺がハンドルを握る津村美沙に毒づく。

 円城寺満 「だいたい、なんでクラシックホールと名のつくところでオー
       ディションをやるんだろうね。この作品はそこでやるような
       音楽と縁がないし、山下響子の朗読劇がセットされてるのも
       解せない。宣伝イベントとはいえ誤解されるに決まってる」

 津村美沙 「見えてきたわ。あれがそう」

 円城寺満 「おいおい、ずいぶん立派じゃないか」

    車は地下駐車場へと入っていく。

 津村美沙 「だって主役のオーディションでしょ」

 円城寺満 「といったって、主役という役をやる脇役だろ」

○  地下駐車場

 津村美沙 「(ドアを閉めながら)ねえ、そのケース忘れないで」

 円城寺満 「わかってると思うが、主演は監督役をやる須田とプロデュー
       サー役をやる山下響子、そして日比野まりだぞ。どう考えて
       もこれは大げさすぎる」

○  通路から階段

    エレベータではなく階段を上がる津村美沙。

 円城寺満 「あれ、エレベータで行かないの」

 津村美沙 「すぐ上。急ぐのよ」

 円城寺満 「でも俺、このスーツケースが……」

○  審査員控室

    やっとの思いで部屋に入る円城寺。

    他に人はいない。

 津村美沙 「私は打ち合わせがあるから、あなたはここで待ってて」

 円城寺満 「そうなの」

    彼女が閉じた扉、そして部屋の調度を見まわす円城寺。

○  オーディション会場・本番前

    山下響子のリハーサルが終わり、マスコミの姿がちらほら。

    舞台上で次の準備が進められ、参加者に説明が行われる。

    離れた客席からそれを見つめる阿仁屋優。

    のそのそと円城寺満が近づいてくる。

 円城寺満 「いたんだな」
    と、彼の横に腰を落ち着ける。

 阿仁屋優 「もちろんさ」

 円城寺満 「これ、ちょっとずれてる感じがしないか。確かに主演俳優と
       いう名の役だが、あくまでも助演で20代後半、それも事務所
       所属者のみという条件だ。こんな華やかな場はそぐわない」

 阿仁屋優 「男女10人の書類を見せてもらったが、風変わりなキャリアの
       持ち主ばかりでそれなりに辛酸をなめてきてるらしい。見た
       目もなかなかのもんだ」

 円城寺満 「一次選考で、そういうのを選んでる」

 阿仁屋優 「よけい興味が湧くよな。彼らがどんな人物でいかに役柄をつ
       かんでいるか、作品をどう膨らませてくれるのか、それをは
       かるにはうってつけの場だろう。山下さんのパフォーマンス
       もあるわけだし」

 円城寺満 「阿仁屋にしては前向きだな」

 阿仁屋優 「それ、ほめてんのか」

 円城寺満 「(前方を眺めながら)プロデュースする側にはべつの思惑も  
       あるがね」

 阿仁屋優 「当たり前さ。それを呑み込まずに映画なんてやってられない
       でしょ」

 円城寺満 「人を乗せるのもうまい」

 阿仁屋優 「ん?」

 円城寺満 「明日からロケハンだ。そして日比野まりに会える」

○  ジャンボジェット機

    沖縄上空を飛ぶ飛行機。

○  基地に面した町

    北谷(チャタン)町の古い一軒家の前を動きまわるロケハン隊。
    (宮部、柏崎、貝塚、野々村の面々)

    円城寺と阿仁屋は近くのワゴン車でタバコを吸っている。

 阿仁屋優 「実家はたしか隣町のコザだろ。沖縄をロケハンするんだった
       ら景勝地はともかく、基地の町としての内実をもっと探るん
       だがね」

 円城寺満 「作品のテーマ、登場人物の設定ありきだから、それさえ全う
       すれば充分」

 阿仁屋優 「肩肘張った言い方だな。実名を名乗らない人間らしいが」

 円城寺満 「それは本質と関係ない。わかってないやつだ」

 阿仁屋優 「テーマとやら、ひと言にできるのか」

 円城寺満 「言わなかったっけ。交じる肉と混ざる血、世界を変えるのは
       純粋さよりも異物が紛れ込んだときだと」

 阿仁屋優 「だったら基地の問題を描かないと」

 円城寺満 「映画も人生と同じだ。今度の映画は、俺にとってフィルムと
       故郷(くに)へのレクイエムであり、独身生活の総決算。次
       からはデジタルで撮るだろうし、津村美沙とのあいだで子供
       を作る。そしてリスクを背負い込む」

 阿仁屋優 「俺はてっきり、日比野まりの存在がモチーフだと思ってた」

 円城寺満 「(吸殻を灰皿に捨てながら)次元が低いな、阿仁屋は」

 阿仁屋優 「なんだよ、その決め台詞。話が逸れてく一方だ」

 円城寺満 「それそれ、それが重要」

■  友人の証言④(公民館)

    鍵を開け、倉庫と化した古い公民館へ入っていく奥間常文。

    奥から口笛を鳴らす。

 奥間常文 「あったよ、あった。この映写機がそうだ。ガキのころここで
       上映会があってさ。あいつの親父がこれをまわしてたんだ。
       教育映画とかニュース中心だったが、娯楽映画やらアニメも
       たまにやってくれた。よく覚えてるのは『ピンクパンサー』
       に出てたあの俳優、そう、ピーター・セラーズがロンドンで
       女の子に追いまわされるやつ。題名は忘れちまったが、あれ
       は面白かったな。もしかするとああいう作品も、やつの親父
       が基地から持ち出してたのかも。あるときからばったりなく
       なっちまって、親父が死んだのもそのころだろう。それにし
       ても懐かしいもんだ。これ、うちで引き取り、店に飾ろう」
       (実際は沖縄方言)

○  海辺のレストラン(夕暮れ)

    テラスにある卓を囲んだ円城寺、阿仁屋、そして津村美沙。

    気落ちした様子で海鮮料理に手をだす。

 津村美沙 「仕方がないわ、彼女の仕事なんだから。私だっていい知らせ
       ができたとわざわざスケジュールを変更し飛んできたのに、
       肝心の本人がNGと聞いてがっかり」
    と、ワインを口にする。

 円城寺満 「石垣島での彼女の仕事って、なんだい?」

 阿仁屋優 「特番というのは、どういう内容なんだろう?」

 津村美沙 「いっぺんに訊かないで。石垣島では、地元ホテルのポスター
       撮りが明日まで延びたらしいの。事務所の人によると、沖縄
       でも彼女は注目されつつあるようね」

 円城寺満 「まだ、そういう仕事やってるんだ」

 津村美沙 「で特番というのは、私たちが仕掛けた話なんだけど、彼女に
       焦点をあてた若者ドキュメント。その生い立ちからモデルの
       現在、『それぞれのすべて』出演をきっかけに女優として成
       長する姿を追うメイキング番組ね。結局、彼女とは対面でき
       ないけど、琉球チャンネルのプロデューサーがそろそろくる
       はず」

 円城寺満 「え、これからかい?」

 阿仁屋優 「それって全国放送されるの?」

 津村美沙 「当然よ。須田さんや山下さんもどこかで顔を出すし、だから
       即決なったのよ」

 円城寺満 「(ビールを飲み干し)俺はあまり気乗りがしないな。映画に
       とって大切なんだろうか」

 阿仁屋優 「円城寺、みんなそのために動いてるんだぞ」

 津村美沙 「明日、私は石垣島で彼女に会ってくるけど、夜は必ず連れて
       くるわ」

 円城寺満 「べつに昼間でもいいんだが」

 阿仁屋優 「昼はロケハンがあるだろ」

 津村美沙 「そういえば監督、今夜はあなたの部屋に泊めてくださいね」

○  バンガロータイプのホテル(夜)

    月明かりのバンガローに帰ってくる円城寺満と津村美沙。

    部屋に入ると彼は、書斎でノートパソコンを立ち上げる。

    彼女はドア口で立ったままだ。

 円城寺満 「シャワーでも浴びろよ」

 津村美沙 「ええ」

 円城寺満 「蒸し暑いな。そこのクーラーを入れてくれ」

 津村美沙 「うん」

 円城寺満 「(彼女を振り返り)どうした。俺は制作発表に出ないなんて
       いってない。きみが切り盛りしてくれることに感謝してる。
       今日のことだって見上げる一方だった」

 津村美沙 「ねえ」

 円城寺満 「オーディションのことだって忘れてないさ。東京へ帰ったら
       すぐ二人に会うつもりだ」

 津村美沙 「いつまでそうやって話してるの」

 円城寺満 「……」

 津村美沙 「ここは絶好の環境じゃないの」

    円城寺は黙ったまま歩み寄っていき、彼女の頬をぶつ。

    床に倒れた彼女を寝室まで引きずり、スカートと下着を剥ぐ。

 円城寺満 「びっしょりだ」

 津村美沙 「あなたも汗だく」

    むさぼるように抱き合う二人。

○  製作発表会場

    都心のホテルで行われた『それぞれのすべて』記者発表。

    特大ポスターを背に、円城寺満監督をはさんで須田彰、山下響子、
    日比野まり、そしてオーディションで選ばれた鷲尾勇と不破れいが 
    並ぶ。

    カメラの放列と瞬くフラッシュ。

 記者の声 「じゃあ、今度は俳優さんだけでお願いします」

    喜んでその場から離れる円城寺。

    会場の一隅で阿仁屋優が刷り上ったばかりの決定稿を食い入るよう
    に読んでいる。

○  同・監督控室

    スーツから普段着へ着替える円城寺満。

    そこへ部屋のノック。

 円城寺満 「どうぞ」

    冷めた表情の阿仁屋優が現れる。

 阿仁屋優 「おめでとう。大盛況だった」

 円城寺満 「これで一連のセレモニーから解放される」

 阿仁屋優 「決定稿、読ませてもらったよ」
    と、それをテーブルの上に置く。

 円城寺満 「ああ、俺はまだ見てないんだ」

 阿仁屋優 「今朝刷り上って、届いたばかりだそうだ」

 円城寺満 「いよいよだな」

 阿仁屋優 「それより、俺や佐久間の指摘はどこに活かされてるんだ」

 円城寺満 「クレジットのことかい」

 阿仁屋優 「そんなんじゃない。中身の話だよ」

 円城寺満 「阿仁屋、勘違いしないでほしい。きみにはいい後押しをして
       もらったが、一字一句その通りになるなんてありえないよ。
       佐久間はとっくに了解してるし、きみらの指摘は十分に活か
       されてる」

 阿仁屋優 「だからそれはどこにある」

 円城寺満 「決まってるだろ。俺の頭の中だよ」

 阿仁屋優 「頭の中!?」

 円城寺満 「阿仁屋、ここで逃げちゃだめだぞ。今夜は飲もう」

<FO>


○  衣裳合わせ・イメージ(日比野まりの場合)

    所狭しとカジュアルな衣裳が並び、衣裳部屋というよりブティック
    のロフトのよう。

    スタイリスト、助監督、スクリプターにはさまれ、ソファに座って
    見つめる円城寺満。

 円城寺満 「もっと動いて」

    緊張した面持ちでポーズをとる日比野まり。

    ストリート系ファッションに身を包んでいるが、彼女が着るとどこ
    かシックとなってしまう。

 円城寺満 「これはモデルじゃないんだぞ」

    次から次へと衣裳を替え、徐々に表情が変わっていく日比野まり。

    ミクスチャー系の音楽に合わせるように無邪気にはしゃぎ、沖縄の
    海岸で波と戯れていた情景がフラッシュバックする。

○  同・イメージ(須田明の場合)

    同じく、ラフな映画監督といった出で立ちで現れる須田彰。

    さまざまな衣裳に着替えるも、その面影は円城寺満自身とダブって
    しまう。

    羽田空港を飛び立ったときと、那覇空港へ降り立ったときの二人の  
    姿がオーバーラップする。

○  同・イメージ(山下響子の場合)

    そして、やり手のキャリアウーマンというスタイルの山下響子。

    衣裳をいくつか着くずしつつも、いかにもなサマになる。

    津村美沙の気質や色気を連想させ、首都高に停めた車のなかで監督
    役の須田彰と濡れ場を演じる。

○  湾岸道路

    疾駆してくるオープンのクーペ。

    円城寺満の横に日比野まりが乗っている。

○  稽古場

    湾岸の空き倉庫を借りて行われるリハーサル。

    スウェット姿の鷲尾勇と不破レイがストレッチを終え汗をふく。

    指導するのは演技講師の仲沢コノと、助監督の野々村保。

    壁に日程表が貼り出され、ベッドを模して積み上げられたマットと
    箱馬があるだけ。

 仲沢コノ 「日比野さん、遅いわね。もうくじけちゃったのかしら」

 野々村保 「まさか。先生が厳しいからといったって、まだ稽古に入って
       3日目ですよ」

 仲沢コノ 「そういうパターン、多いのよ。円城寺組でやるとき、最終的
       に私のやり方は否定されるんだけど、徹底的に基礎をしごか
       ないと気がすまないの」

 野々村保 「それは否定じゃないですね。何度も声がかかるんですから」

    そこへ鷲尾勇と不破れいが近寄ってくる。

 鷲尾勇  「あのう、このあとの《愛撫》の時間なんですが」

 不破れい 「もうやり尽くしちゃった感じがして、毎日3回、どうすれば
       いいかと」

 仲沢コノ 「そんなわけないでしょ。あなたたち、そんな貧相なイマジネ
       ーションしか持ってないの。これは監督からとくに念を押さ
       れた課題じゃない」

 野々村保 「ぼくなんか、毎日が妄想の連続なんだけどな」

○  同・屋外

    クーペが稽古場の前に滑り込んできて停まる。

    しばらくじっとしたままの円城寺と日比野。

    やがて彼女一人だけ車を降り、入口の奥へ消えていく。

○  湾岸の空き地

    路肩で無造作に停車されたクーペ。

    遠くに臨海地帯の工場や倉庫が並び、空き地の脇にはホームレスの
    小屋が密集する。

    それを見るともなくドアに腕をのせ黙考する円城寺。

○  稽古場

    スウェットを着て、仲沢コノから発声訓練を受ける日比野まり。

    横には野々村が見つめるなか愛撫しあう、鷲尾勇と不破れい。

○  撮影所・ステージ

    セットの陰でディープキッスをする鷲尾と不破。

○  同・オープンセット

    建物の陰で乳繰り合う須田彰と山下響子。

○  同・ダビングルーム

    コンソールに津村美沙が尻をのせ、太腿に顔をうずめる円城寺満。

○  円城寺のマンション・玄関(夜)

    ビニール傘とボストンバッグを持って玄関に立つ日比野まり。

○  同・寝室(夜)

    一人で眠りにつく日比野まり。

○  同・リビングルーム(夜)

    ソファでシーツにくるまる円城寺満。

○  湾岸の空き地

    ダッシュボードの携帯電話が鳴る。

    円城寺はおもむろにそれを取り、津村美沙の声を聞く。

    白い雲が空をゆっくり流れている。

 電話の声 「また厄介ごとよ。出資者の一つが決定稿に難色示してるの。
       それもクリエイティブにいちばん理解があると思ってた出版
       社。私たちで説得はしてるんだけど、どうやら監督と話した
       がってるようなのね」

 円城寺満 「俺が出てったらよけい揉めるんじゃないのか」

 電話の声 「儀式みたいなものでしょ。監督から直接、話を聞きたいらし
       いの」

 円城寺満 「わかった」

 電話の声 「じゃあ、今夜ね。また電話するわ」

    携帯を助手席に放った円城寺は、ホームレスの小屋に目をやる。

    エンジンをかけ、猛烈な勢いで車を発進させる。

    その向こうに浮かぶ白い雲。

○  同・カメラテスト(十数日後)

    撮影部と照明部を中心としたテスト。

    レンズ、露出、光の具合とともに俳優の表情もチェック。

    ワゴン車からパラソルが出され、日比野まりが被写体となる。

 柏崎次郎 「(うしろを振り返り)監督、こっちで自由にやってますか
       ら、なんかあったら声をかけてください」

    クーペの中から手を上げる円城寺満。

    隣には阿仁屋優がいる。

 阿仁屋優 「柏崎さん、ルックやトーンのチェックもしてるんだって」

 円城寺満 「カメラテストは奥が深く、要素がたくさんある。彼に任せる
       と安心できるから新人の役者がいるときは必ず呼ぶようにし
       てるんだ。撮影の大半は東京だしね」

 阿仁屋優 「日比野まりは、ずいぶん印象が変わったからな」

 円城寺満 「どういうふうに?」

 阿仁屋優 「大人になったのかな」

 円城寺満 「……若いやつは成長が早い」

 阿仁屋優 「化けるかもしれない。しかし危うい気もする」

 円城寺満 「どういう意味だ?」

 阿仁屋優 「一途になると反動が大きいからな。一般論だよ」

 円城寺満 「それを制御するために日々、稽古を積んでるんだが」

 阿仁屋優 「確かに、あれはリハーサルなんてもんじゃない」

○  映画会社・会議室

    午前中から行われるプロモーション会議。

    宣伝部員、製作委員会の担当者、プロデューサーの津村美沙。

 橋爪祐輔 「お早うございます。いよいよクランクインを3日後に控え、
       津村さんから進捗状況をお話しいただきますが、今日は宣伝
       計画とそれぞれの役まわりをチェックさせてください。詳細
       はお手元の資料にある通りで、担当の宣伝部長から説明いた
       します」

    とドアが開き、受付の女性が恐縮そうに津村のもとへ歩み寄る。

    彼女は何ごとか聞くと橋爪に耳打ちし、静かに退席する。

■  ファッションビル

    コザにある6階建てのビル。

    セレクトショップやレストランが入り、地下に改装したてのライブ
    ハウスがある。

    奥間常文はビルの中へ消えると、再び現れ地下の店へ案内する。

 奥間常文 「(開店前のVIP席に座ってビールを注文し)このビルが俺
       の城だよ。以前はちんけな飲み屋ばっかりで、その前は平屋
       の市場だった。あいつの母親も一時働いてたはずだ。俺の代
       になって5年前に大改築し、通のあいだじゃ評判なんだぜ。
       (ビールを口にして)アンドユーっていうバンド、知ってる
       か。白人のボーカルとギター、黒人のドラム、日系のベース
       でやってるんだが、本国のレーベルと契約しそこそこのして
       きてるらしい。彼らが最初に演奏したのがうちの店で、ハイ
       スクール時代、この土地でやんちゃしてたんだ。ライブ映像
       を見せてやるが、女を世話してやったこともある。ギターの
       野郎はそのうちの一人に追いかけられ、向こうで所帯をかた
       めたんだってよ。あいつ、こういう話を映画化してくれりゃ
       いいのに」
       (実際は沖縄方言)

○  湾岸の空き地

    雲一つない青空の下、空き地に乗り入れた円城寺満のクーペ。

    数日前のカメラストがうそのような相変わらずの風景。

    ドアにもたれた円城寺は、むしりとった草が掌から舞うのをじっと
    見つめる。

○  高台の住宅街

    駐車スペースに入れたBMWを降り、足早に闊歩する津村美沙。

    そしてある建物へと入っていく。

○  ウィークリーマンション・玄関の前

    管理人を伴い、ドアを開ける津村美沙。

○  同・部屋の中

    だれもおらず、家具や調度に暮らした形跡はほとんどない。

    ベッドのシーツがわずかに乱れ、東京の区分地図が置かれている。

    窓の外に広がる住宅街の景色。

○  フィルムセンター・外観

    京橋の交差点近くにあるフィルムセンターの建物。

○  同・ロビー

    まばらな訪問者。

    回顧上映のポスターを見まわしながら津村美沙が携帯で話す。

 津村美沙 「そう、宮ちゃんにもまだ連絡ないのね。事故や事件でないと
       したらわけがわからないわ。私のほうも完全に行き止まり。
       <レネとアントニオーニ>という特集をやってるんだけど、
       彼女らしい人間は来てないみたい。地図に印があるのは撮影
       所と稽古場、私と監督の自宅、そしてここフィルムセンター
       だけだから、来るつもりはあったのよ。とにかく対応を考え
       ましょう」

■  義兄の記録②(スーパーの駐車場/モノクロ)

    入り口近くに停まる型落ちしたセダン。

    運転席に座り、じっと正面を見つめる白人の義兄。

    店のドア口から多くの女性が出入りしている。

    義兄の横、助手席に置かれた小さな包み。

○  撮影所・全景

    雨に煙る撮影所の棟々。

○  同・大会議室

    入口に置かれた案内板に「円城寺満組『それぞれのすべて』オール
    スタッフ会議」とある。

    開始が遅れ、集まった者たちはさまざまな表情を見せはじめる。

○  同・スタッフルーム

    電話回線が外され、ドアは内側から施錠される。

    険しい顔つきで腕を組む津村美沙。

    その奥のソファで円城寺満と宮部幹夫が向かい合う。

 宮部幹夫 「……考え直してください、監督。昨夜は代役でいくって決心
       したわけだし、いま当たりをつけてる最中です。ここで撮影
       を延期するのは、少々のことならぼくらも頑張って駆けまわ
       りますけど、台本をいちから書き直すなんてすべてバラすこ
       とに等しくなります。スタッフやキャストのスケジュール、
       もろもろ手配した段取り、出資者の出方だってあるじゃない
       ですか。監督の気持ちは理解できますが、億単位のおカネの
       責任、どうなるんでしょう。美沙さんの立場もわかってあげ
       てください。ぼくは、個人的な意見ですけど、日比野まりが
       いなくなったことをどうやってプラスに転じられるか、この
       枠組みを壊さないでどう抜け出すことができるか、そういう
       チャレンジをしたいと思ってます」

    いつのまにか津村美沙が横に立ち、重苦しい沈黙が続く。

    思いがさまざまに交錯し、それぞれ瀬戸際に立った表情。

    雨はずっと降りつづける。

 円城寺満 「……みんなのところへ行こう」

<FO>


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