ルノワールの眼差し~ルノワールと妻アリーヌ
「ルノワールが嫌い!」
と言う人にはお目にかかったことはない。
女性像であれ、花や果物を描いた静物画であれ、温かみを帯びた明るい色彩や、全体から漂う優しくまろやかな雰囲気は、かさついた心にも優しくしみこみ、トゲトゲしていた気分も和らげてくれる。
まさに「幸福の画家」だ。
しかも、彼が描く「幸せ」は、手の届かない「夢」ではない。
ルノワール、<田舎のダンス>、1883年、オルセー美術館
この<田舎のダンス>はその典型だろう。
ほぼ等身大に描かれたカップル。
赤いボンネットを被り、扇を広げて踊る女性は、当時のルノワールの恋人だったアリーヌ・シャリゴ。
こぼれんばかりの笑顔、そして全身から漂うはじけるような「幸福感」は、画面を越えてこちらにも伝染する。知らず知らずのうちに私たち見ている側も微笑んでいる。
「私を見て!」
と言わんばかりの笑顔が向く先は、絵筆を持つルノワールだろうか。
ボンネットも赤い花柄のドレスも、張り切って用意したのかもしれない。
恋人の目に映る一番「魅力的な自分」―――それを描いてもらえたアリーヌは、何と幸せなことか。
実は、この時のルノワールには、恋人だったアリーヌ以外にも気になっている女性がいた。
職業モデルのマリー=クレマンティーヌ・ヴァラドン、シュザンヌ・ヴァラドンという名前の方がなじみ深いだろうか。
ルノワール、<都会のダンス>、1883年、オルセー美術館
すらりとした美しい女性で、恋人のロートレックをはじめ、多くの男性と恋を楽しんでいた。
この<都会のダンス>でモデルを務めた時は妊娠しており、数か月後に誕生したのが、パリの街並みを描いた画家モーリス・ユトリロである。
彼の本当の父親が誰なのか、はわからない。
が、シュザンヌ本人がほのめかすところによれば、ルノワールだとも…。
真相は藪の中だ。
そしてそのような女性が恋人のまわりをちょこちょことうろついているのは、アリーヌにとって平静ではいられないことだった。
ある日、アトリエでルノワールとヴァラドンが一緒にいるところに出くわした時など、箒を持って追い回したというエピソードもある。
<田舎のダンス>も、本来はシュザンヌがモデルを務めるはずだったのが、アリーヌが嫉妬したせいで、彼女の顔に変えられた。
最終的に、ルノワールは二人の女のうち、アリーヌを選ぶ。
気取らない性格で家庭的な彼女は、ルノワールにとっては理想的な相手だった。
単身像や息子に授乳する姿など、彼女をモデルにした絵は多いが、どれも優しい雰囲気に溢れている。
ルノワール、<ブロンドの浴女>、1882年
ルノワール、<アリーヌ・シャリゴの肖像>、1885年、フィラデルフィア美術館
ルノワール、<母性>、1885年、オルセー美術館
3年前のルノワール展で、<母性>をもとにしてルノワールが制作したアリーヌのテラコッタの胸像を見たことがある。
ぐるりと回りを一周して思ったのは一つ。
「本当に愛されてたんだなあ、この人(アリーヌ)」
胸像を制作した時、すでにアリーヌは亡くなっていた。
キャプションでその事を知った時、ルノワールが制作した時の胸中に思いをはせずにはいられなかった。
<田舎のダンス>の中で彼女が見せる「輝き」は、今でも変わらない。
彼女は、そしてルノワールに描いてもらった女性たちは、絵筆を通して、「生きた証」を残し、そして永遠の命を得た、と言えよう。
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