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ハマスホイ展のこと

 月曜に、内覧会に行って以来、「ハマスホイ」展のことがずっと頭を占めている。

「早く案を出さなくては」と焦る一方で、「デンマーク絵画」という日本ではあまりなじみのないジャンルについて、どこから取り組んだものか、と頭を抱えている。

 印象派のように浸透しすぎているくらい浸透しているのも、かえってやりにくいが、今回は資料が少なすぎて、事前の予習もできなかった。(だからこそ、注目度も高くなるから、プレッシャーがキツイ)

 2年前にやったロシア絵画の方がまだやりやすかったかもしれない。あの時は、展覧会レポートだった事もあり、知識や情報を詰め込むよりも、一人の客として感じた素直な「感動」をベースに、絵の持つ魅力、見どころを伝えていくようにした。

 以前、ある記事で、情報を詰め込むことに汲汲としすぎて、「マニアックすぎる」と友人に評され、それがトラウマになったことがある。

 記事案をひねり出す度に、「マニアックすぎてないか」「わかりにくい表現になってないか」「面白いと思ってもらえるか」と迷っている。

 迷いに迷った末に、一度出した案を没にしてもらったこともある。

 読む人の存在を考えずして、良い記事は出来ない。

 それがあまり知られていない作品・作家だとしても、「面白そう」「見てみたい」と、どうしたら思ってもらえるのか。

 実際に展覧会に行って、絵の魅力を肌で感じて、それを人に伝えていく。興味を持ってもらうように書くのが私たちの「仕事」だ。

 

 白状すると、ハマスホイは、決してやりやすい相手ではない。

 単体で扱うなら、たぶん難しい。生涯に起伏が少なく、劇的な事件がない。

 あの「静謐」の極致のような作品は、他の似たようなジャンルの絵、つまり同時代の他の作家の「室内画」と並べた時に、独自性がより際立つ。

 同じような絵ばかりを並べられても飽きてしまうだろう。

 そう考えると、今回の展示構成のやり方も興味深かった。

 四章構成で、まず前半2章に、ハマスホイが尊敬し、作品を所持していた19世紀前半の「デンマーク絵画の黄金時代」の作品、そしてハマスホイの師であるクロイアを含めたステーイン派を宛てる。

 これらは、ハマスホイの根とも言える部分に当たる。

 3章目には、1880年代からデンマーク美術において重要な一角を占め、ハマスホイの代名詞的存在にもなっている「室内画」の紹介。

 ここでの見どころの一つは、何と言っても、ヨハンスンの<きよしこの夜>。

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 デンマーク室内画の底流にある、「ヒュゲ」(あたたかさ、いごこちのよさ)を肌で感じさせてくれる、暖かな幸福そのものの一枚。

 こういう絵のモデルになっているのは、画家自身の家族たちだ。見ていると、クリスマスソングや話声も聞こえてきそうだ。

 この時期の北欧の寒さを想像すると、家の中の居心地の良さ、家族と過ごす温もりはまさに「宝」だろう。

 そして、その「宝」を表す単語が、「ヒュゲ」なのかもしれない。

 

 しかし、時代が下ると、「室内画」の関心の向く先は、暖かな家庭風景を描くものから、部屋の美しさそのものを描き出すことへと、変化し、無人の室内が描かれることも多くなっていく。

 後者の例に属するのがハマスホイだ。

 彼の作品は、展覧会の最終章にまとめられている。

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 このように、人間(ハマスホイの妻や妹など、やはり近い存在)が描かれていても、このように後ろを向いていたり、生きて会話をする存在というよりも「室内」にアクセントを加えるパーツのようだ。

 怖いくらいにしんと静まり返り、物音ひとつ聞えない。

 絵の前に立つと、じっと前から動けなくなる。動いたり、喋ったりするのは野暮なような気がしてしまう。描かれているモチーフに見入ってしまう。ドアに、家具に。壁に。窓から差し込む光に。

 彼の絵の持つ独自性、静けさは、他の作品と比較すると、より際立つ。

 たとえば、こちらは今回の展覧会には出ていない作品だが、ハマスホイと同時代で彼と影響関係のあった画家ホルスーエの一枚。

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 トレイを持った後ろ向きの女性は、ハマスホイの描く女性に比べれば、動きそうな気配がある。

 言ってしまえば、生活感と温度がある。食器を置く音などが入る余地もありそうだ。

 対するに、ハマスホイの作品は、色々な物を削ぎ落していった末の、「究極」と言えるかもしれない。

 彼自身こう言っている。

「私はかねてより、古い部屋には、たとえそこに誰もいなかったとしても、独特の美しさがあると思っています。あるいは、まさに誰もいないときこそ、それは美しいのかもしれません」(1907年)

 そして、彼は絵の中でそれを体現し、「室内画の画家」として今注目を集めている。


 そんな彼の根っこ、深い深い部分にある、「デンマーク絵画」という土壌から見ることができるのが、今回の「ハマスホイ展」である。

 「デンマーク絵画」という今まで知らなかった世界へ、この機会に是非一歩を。

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