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【連作】夢想家あんぱんヒーロー

来ないはずの明日』→(略)→『クリームパンの問い』→(本記事)

 あるところに、ひとりの男がいました。
 その男は貧しく、両親からも兄弟からも友人からも愛を貰えませんでしたが、義理の父母からはとても大切にされていました。そして、男はどの人にも平等に愛を分け与えていました。
 同時に、努力家であり勤勉家でもあり、そして手を付けられない程の夢想家でもありました。周囲の人達は男を「悪い奴じゃあ無いが、地に足の付かない放浪者」「分別の付かない自己犠牲愛者」と陰で呼び、嗤っていました。

 やがて、人類を脅かす恐怖が地球を駆け巡ります。
 もうダメだ! と誰もが諦める中、男だけは決して諦めませんでした。専門家でも研究者でもなければ、医師でも政治家でもないのにです。
 酷い言葉を浴びせられ、SNSで誹謗中傷を受けても、男だけは希望を捨てません。

「人間は、必ずこの困難を乗り越えられる!」

 男を知る人達は「夢想家の妄想」と吐き捨てました。しかし、人類は恐怖を乗り越えます。
 乗り越えるキッカケが男の『ある呟き』なのだから、余りにも皮肉です。

 世間は──そして、世界は──男を『救世主』として崇め奉りました。地球上に生きる人間で、男を知らない人は居ませんでした。それ程までに、彼の名は流星の如く一瞬にして知れ渡ったのです。
 しかし、男の栄光は長く続きません。

 なんと、崇め奉られた男が、実は『アンパン中毒』だったと報道されたのです。
 そのショッキングな内容は瞬く間に拡散され、全人類は嘆き悲しみ、怒り、失望し、絶望しました。報道される前の熱気がエネルギーとなり、負の感情は気球の如く膨れ上がって次々と宙へ浮かび上がります。「救世主を断罪せよ!」と叫ぶ声が轟くのは、『救世主』と崇めるよりも早かったのでした。

 糾弾する紳士淑女を眺めながら、先生はポツリと一言だけ呟きます。

「過激な息抜きぐらい、許してやれば良いのにね。何十億って人間を救ってやってたんだから」

 そんなことを軽く言ってしまう先生の謎に寛容なところが、私は大好きです。
 満面の笑みで「そうですね」と返しながら、私は朝ご飯の詰まったエコバッグをテーブルの上に置きました。そして、嬉々として牛乳パックと餡パンを引っ張り出す姿を眺めて「今日も平和だなあ」と改めて実感し、有難い気持ちで天へ祈りを捧げるのです。

(了)

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