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【連作】来ないはずの明日

 センセーが『それ』を持ってきた時の僕の感想は、「遂にやっちまったのか」だった。
 センセーは個性を煮詰めて煮詰めて煮詰めまくった鍋底に残る何かみたいな人なので、笑顔で「さあ、どうぞ」と『それ』を差し出してくる姿に驚きはしない。この人の奇行に一々驚いていたら、睡眠時間が二十四時間あっても足りなくなってしまう。現実味溢れる発言をすれば二十四時間の睡眠は辛い。が、二十四時間以上寝ないと心身が癒されない気がするのも確かなのだ。それほどセンセーは可笑しな人である。
「ほぅら、受け取り給え」
 ずい、と今一度寄せられる『それ』。
 センセーの奇行は兎も角、『それ』の見た目が一番の問題だった。『それ』は、とても見覚えがあった。具体的に言うと、今朝、洗面所の鏡の前で突き合わせた顔にソックリだった。部屋の姿見で見た背格好にもソックリ。服もそのまんまだった。

 つまり、僕だった。

 この世には、ドッペルゲンガーと呼ばれる者が居る。自分自身と全く同じ外見、同じ背格好の人間が三人居て、その三人を目撃すると死んでしまう……なんて都市伝説もある。
 それらの話を鑑みて、もう一度『それ』を見遣る──「遂にやっちまったのか」としか言いようが無い。
 遂にやっちまったのか。センセー。『それ』を僕の眼前に持ってくるということは、僕に死の宣告を一つすることと同義だ。この世に三人は居るであろうドッペルゲンガーの内、二人が顔を突き合わせた。つまり、僕達に死んでくれって言ってます?
 僕の問いに、センセーは肯定も否定もしない。笑顔を崩しもしない。腹立つな……。でも、腹を立てても仕方がないことだった。問いの答えが返ってこないのは常だ。この人の思考や行動を理解するなんて、宇宙の謎を解明するより難しいのだ。考えたって仕方がない。

 僕は黙って手を伸ばし、差し出された『それ』を受け取る。僕の背丈と変わらない『それ』の重みが、ズシリと両手に掛かった。
 これが、人ひとりの命を脅かす重さなのか。ツンとした痛みが鼻の奥を攻撃する。眼の奥が熱を持って、ジンジンと痺れてくる。その痛みと痺れを誤魔化すように、柔らかい温度をそっと抱き締める。

 最期へのカウントダウンが始まる明日なんて、来ないはずだったのに。

 センセーは人でなしだ。何で、こんなものを僕に寄越したのだ。
 あと、酷いケチだ。カウントを遅らせる道具の一つぐらい、付属してくれても良いのに。もう一体の『それ』と巡り合わないように配慮したGPS機能付きの何かをプレゼントしてくれたって良いのに。それとも、もしかしたら三つの顔を突き合わせる気なのだろうか。だとしたら、ちょっと酷すぎる。
 もっと違うサービス精神を見せて欲しかった。例えば愉しい夢を観させてくれる機能とか。そういうのが欲しかった。

(了)

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