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24:最後の対顔(下-1)

 前回までの話。
22:最後の対顔(上)
23:最後の対顔(中)

 これまでの話。


 私達家族がホテルに宿泊している事実に、悪魔が非常に不満を感じ、激怒している。

 父からそう聞かされていたけれど、玄関先に出てきた悪魔──三女・陽子は今まで見たことのない満面の笑みで我々を出迎えた。
 序でに、後から現れた次女・純子も朗らかそうな笑顔を浮かべている。

 あまりの歓迎っぷりに、私はやや引いた。否、だいぶ引いた。
 と言うより気味が悪かった。何でこの二人、こんなに笑顔なんだろう……──笑顔とは“イイモノ”である筈だ。なのに純子と陽子の笑顔は、私の臓腑をムカムカとさせる不可思議な魔力があった。

 居間には家主であるおばあちゃんの他に、長女・佳子と、長男・貴志の嫁である冨美子さんの姿もあった。
 冨美子さんが居る事に、私は少しだけ驚いた。如何やら『亡くなった長男の代理』として参加しているらしかった。夫の代わりに一家の大黒柱を勤め、病に苦しむ夫の世話に長年明け暮れた体は細く、背中も丸まっている。
「初めまして」と微笑む外見も、実年齢よりずっと老けて見えた。相当苦労してるんだな……と思いながら、私も頭を下げた。

 対して長女・佳子は、良くも悪くも『普通のおばさん』だった。
 何処にでも居る、中肉中背の中年女性。この時が初対面という事実を抜きにしても、一声掛けられない限り、街中で擦れ違っても気付けないだろう地味さ。ちょっぴり値が張りそうな眼鏡を除いては、服装も髪型も普通で、必要最低限の経費しかかけない印象を受けた。
 そして散々、おばあちゃんも父も『風変わり』だの『おかしな人』だのと言うから、どんな変わり者かと密かに身構えていたのに……実際は如何という事もない。話し方も物腰も穏やかで、丁寧な人だった。
 なんで父達は、この人を『おかしな人』だなんていうのかしらん。私は内心で首を捻った。

 佳子と冨美子さんに比べれば、不気味な二人の方が、よほど風変わりで浮いていた。

 純子は「今からお茶会にでも行くんですか?」と訊きたくなるぐらい、ばっちり髪型をキメていた。普段から気を遣って、頻繁に美容院へ通っているのかもしれない。室内の灯りが細身の眼鏡のフレームにキラリと輝いて、何とも言えない威圧的な雰囲気を醸し出している。

 陽子は、純子ほど髪型に気を遣っている様子はない(否、もしかしたらばっちりキメてきたけど、長旅で乱れてそうは見えなかっただけかもしれない。当時は判別付かなかった)が、それなりにお金は掛かっていそうだった。
 そして何より、一家の中で最も恰幅が良かった。集まった女性陣の中で一番背が高かったのは私だが、陽子叔母さんの横幅は、少なく見積もっても私の三倍はあった。はて、遙か昔に従姉妹に会いに行った際、この人はこんなに肥えていたかしらん。私はまた内心で首を捻った。


 こうして上っ面に微笑みを浮かべながら通された先──昔懐かしき八畳程の居間には、おばちゃんがぽつんと俯いて座っていた。
 久方振りのおばあちゃんは、最後に見たときより遙かに細く、小さくなっていた。白髪の範囲は増え、髪の量はかなり減っていた。

 促されるまま、私はおばあちゃんの隣に腰を下ろす。
 その時、俯いていた顔がゆっくりと上げられた。落ち窪んだ目が、こちらを見上げてくる。以前には無かった弱々しさが瞳を揺らしていた。

 ──ああ、これはおばあちゃん、憶えてないな。

 予想していた通り、おばあちゃんは孫の顔をすっかり忘れていた。
「おばあちゃん、お久しぶりです」と挨拶しても「誰ぇ?」と小さな声で呟くのみ。耳元で純子が「孫の燕ちゃんだよ、ほら博志の娘さん!」と教えても、ピンと来ていないようだった。
 仕舞いには暫く時間が経った後に「誰かのお嫁さんか? 博志のか?」と言い出すものだから、孫は笑うしかない。まさか、実の父親の嫁と言われるなんて想像もしなかった。純子が「可愛い嫁だこと」と嫌味なのか、珍妙なフォローなのか分からん発言をしても、孫の笑顔は崩れなかった。

 しかし、おばあちゃんは全く忘れている訳でも無かった。
 例えば、我が子の顔を忘れて「誰?」となっても、数秒後にはきちんと思い出して名前を呼んでいた。佳子伯母さんに対しては、平素なら絶対隣に居ない存在であるが故に「佳子? 佳子さんか!?」と驚き「私は今日死ぬんじゃないか……」と慄くぐらいだ。
 如何やら過去の記憶は残っているらしく、そこから不意に思い出す場合もあるらしい。自分の名前と誕生日は正確に言えるけれど、年齢は訊ねる度に微妙に違っていた。集まった人達の中に子供が何人居るか当てさせようとしても、やっぱり間違えた。
 けれど、繰り返し教えれば、短時間だが記憶は保持されるようだった。おばあちゃんの状態を証明する為、純子が『質問と回答』を何度か繰り返してやると、少しずつ間違える回数が減って、正解の方が増えていった。

 純子伯母さんは「これが結構厄介なのよ」と言う。

 彼女曰く、認知症患者は総じて医者に対し「自分は大丈夫」「大したことない」とアピールする。
 分かったフリをする、らしい。子供が親に「自分はイイ子」と見せるのと同じなのだとか(この時、陽子の『ようこはいいこ』伝説が脳裏に蘇った)。

 おばあちゃんも他の患者と一緒で、医者に「私は大丈夫だ」と主張する。でも、実際は大丈夫じゃあない。
 進行具合を診るテスト──鞄に入っている物の名称を言いながら一度見せ、暫く経過してから再び物を見せて「これは何ですか?」と問うテスト。数回繰り返される──をやっても、数分で忘れてしまう。それに加えて、己が認知症だと自覚していない。

 嗚呼、これでは認知症が進行したとされ、介護の保障レベルが一段上がってしまう……。

 かと思いきや、ある日のテストで突然、失われた記憶力が発揮される。
 話し合い当日も、おばあちゃんは純子に付き添われ、病院で検査を受けていた。
 そして普段なら忘れてしまう『手帳』をきちんと認識し、あっさりと言い当ててしまったのだ。

「迷い無く『手帳』って言うから、焦ったわ〜」

 純子は心底困り果てた様子で笑う。

「あっさり言い当てるとね、軽度の認知症だって診断されて、介護保障のレベルが一段軽くなるのよ。すると当然、自分達の負担が増えるやない。それは避けたいから私、三度目のテストの時は『言い当てるな〜言い当てるな〜』って祈っちゃったわ」
「ほんと、あたしも昼に来て、純子姉さんと合流した時はドキドキしたわあ。只でさえ低くないレベルが、これ以上落ちちゃったらねえ、困るもんねえ」

 朗らかに語る純子に、陽子が笑顔で賛同する。
 二人の様子を目の前にして、私は如何やっても拭えない違和感を覚えた。

 負担が増えるのが嫌なのは、まあ分かる。行政からの保障が多ければ多いほど助かるだろう。それだけ介護も大変になるからだ。その気持ちと理論は理解出来る。
 でも、だからって「言い当てるな」と祈るのは可笑しくないか?
 実の母親だろう。普通、言い当てたら「良かった、さほど進行してない!」と安心するところでは。おばあちゃんが初めての認知症患者で、他の患者とその家族の事は分からないけれど、そういうものなの?

「言い当てるな」って……「認知症よ、どんどん進行しておくれ」と変換して聞こえるのは私だけ?
 そもそもこの話題、笑顔で話すことか?

 最初こそ愛想笑いを浮かべて聞いていられた。が、次第に笑み作るのがしんどくなって、最後は不可能になってしまった。
 違和感によって冷静になれた私は、ちらりと周囲を見渡して驚いた。

 純子と陽子の語りを笑顔で聞いていたのは、我が父、博志だけだった。
 長男・次男の嫁二人は笑っては居なかった。冨美子さんに至っては困ったように眉尻を下げ、何とか俯かないよう必死になっていた。
 そして、恐ろしいのは佳子伯母さんだった。

 穏やかな雰囲気は何処へやら。佳子伯母さんは仏頂面だった。伏し目がちで、グツグツと煮え滾る何かを抱えて抑え込みながら、おばあちゃんの背中を只管に摩っていた。
 おばあちゃんが「もう良い、ありがとう」と言う時だけ優しげな笑顔を浮かべ、おばあちゃんが違う方向を向くと秒でに仏頂面に戻る。
 その姿に、「こりゃあヤベえな」と悟った。

 ──この人の事よく知らんけど、めっちゃキレてる。

 私の悟りも、佳子伯母さんの怒りも、嫁二人の居心地悪そうな様子もつゆ知らず。おばちゃんは机の下にあった新聞や雑誌に手を伸ばし、触ったり広げたりし始めた。
 かと思ったら、両手の指先を四本くっつけて、残りの一本同士を回し始めたのだ。頭の体操かしら? 同じくおばあちゃんの行動に気付いた佳子が「お母さん、頭の体操ですか?」と問う。けれど、答えは無い。
 暫く見ていると、回していた指の腹を叩き合わせたり、畳を引っかく動作も加わった。指遊びのような行動を何度かした後は、再び新聞や雑誌を広げたり捲ったり……。

 これらの行動の説明をしたのも、純子と陽子だった。

 新聞と雑誌については「読んでない」「内容を理解している訳ではない」。単に意味無く閉じたり開いたりしているだけだと言う。
 言われてみれば確かに、文章のない写真だけの広告欄を、まるで文字を追うかの如く指でなぞったり顔を近付けたりしていた。意味が無いかは判然としないが「読んでない」という見解は頷けた。

 指回しは、頭の体操では無かった。
 情緒不安定になると現れる症状で、言葉にしない代わりに指で音を立てたり、回したりして己の不安等を主張しているらしい。この行為は頻繁に行われるので、純子の夫・信久は「こちらが情緒不安定になる」と嫌がって、義母と一緒に過ごすのを拒否しているのだとか。

「耳障りだから止めさせたくても、どうせ直ぐ始めるんだからね。放っておくのが一番よ」

 半笑いの純子が吐き捨てるように口にした台詞が、姉妹喧嘩のゴングだった。

佳子「ちょっと、さっきから黙って聞いてれば……」(めちゃくちゃ震え声)
純子「なによ」
佳子「どうして『分かってない』『読んでない』『理解してない』なんて言い方するの。もっと他にあるでしょ?」
純子「実際に読んでないし理解してないもの。そう言って何が悪いの」
佳子「読んでなくても新聞を広げたりして良いじゃない、如何して本人の前で態々言うの」
純子「別に『新聞を広げちゃいけない』とは言ってないでしょww 意味がないだけww」
陽子「それに本人の前で言ったって平気だよ〜。どうせ覚えてないんだから」
佳子「覚えてないなら何言っても良いわけ? 違うでしょ?」
純子「寧ろ言ってあげてんの、態々。本人が分かってないから」
佳子「言うにしても、もっと違う言い方が──」
陽子「言い方なんて無い! 事実直ぐ忘れるし、この会話も理解出来てないんだから!」
佳子「『理解出来てない』って言うんじゃねえっつってんだろ!?」

 佳子の突然の豹変に、思わずビクッと肩を震わせる私。
 諭すような口調からの劇的な変化に、純粋に驚いただけだったのだが、目敏く気付いた純子&陽子はビビったと勘違いしたらしく。「ほら〜燕ちゃん恐がっちゃったじゃ〜ん(笑)」と揶揄されてしまった。

 嗚呼、姉妹喧嘩に水を差して申し訳ない。
 それと、私は決して恐がっていない。プライドが酷く傷付けられたので、頭の中で純子伯母さんを一万回火炙りに。陽子伯母さんは二万回鞭打ちした挙げ句、五万回轢き殺した。

佳子「(咳払い)……兎に角、同じ空間に居る以上、耳に入ることは変わり無いんだから。もっとお母さんに配慮してください」
純子「配慮する事なんてありません。これが現状であり事実です」
陽子「アナタは何も分かってないから、そういうことが言えるんだよ!」
佳子「二人が酷いこと言ってるって事だけは十分に分かってます」

 言葉を交わせば交わすほど激しく、平行線を辿っていく姉妹喧嘩。
 傍らで聞くしかない冨美子さん、母、私はポカーン状態。唯一喧嘩を止められるであろう父は、私達と同じく傍らに座り、腕を組んで黙りを決め込んでいる。
 おい次男! 悪い癖だぞ!! おめーしか止められないんだからしっかりしろ!!
 外野のポカーン状態も願いも放置され、喧嘩の声量は益々膨らんでいく。

 不意に、おばあちゃんの様子を見る。
 指回しが先程よりも激しくなっていた。
 嗚呼、おばあちゃん今、もの凄い不安や恐怖を感じてるのかもしれない──。
 私は、恐る恐る丸まった背中に手を伸ばし、そっと小さく撫でた。おばあちゃんは何も言うことなく、こくりと頷くだけだった。


 姉妹喧嘩で明らかになったことがある。
 それは招集の『本当の目的』だ。
 恐らく、言うつもりなど無かったのだろう。喧嘩の勢いに任せて陽子がポロッと零し、そのまま止まらなくなったに違いない。

 招集の『本当の目的』は、おばあちゃんの世話をするのが如何に大変か。関東組+αに身を持って体験・経験させる。
 只それだけの為だった。介護や財産の話し合いはオマケに過ぎなかった。

 純子伯母さんと陽子叔母さんの主張は以下の通り。
①…同じ県内に住み、世話役だった純子。三年ほど前から必ず年一回帰省していた陽子とは異なり、博志は約五年以上帰省しておらず、佳子は一度だって帰省しない。貴志が長期入院していたことで九州から一歩も出ない冨美子を含め、コイツらは現状を全く知らないし、介護に関わることも無かった。
②…①から、二人は「自分達だけが世話をしている」「押しつけられている」と強く感じ、非常に不満に思っている。

 ②を主張する時、陽子は遂にヒステリーを起こす。

「アンタもアンタもアンタもアンタもアンタも、此処に来ないから分かんないでしょ!?!?」

 ご丁寧に佳子・博志・母・私・冨美子さん、一人一人に人差し指を突きつけて、力強く喚いて下さった。
 私は陽子叔母さんのヒスを眺めながら
「いい歳して『人を指さしちゃいけない』って知らないのかな」
 と思う反面、
「自分より遙かに年上の兄嫁二人に躊躇い無く指さして喚き散らすなんて、凄い根性してるな」
 と感心していた。

③…何も知らない奴らに現状を叩き込むには、如何すれば良いか。話し合った結果「そうだ、自分達がどれだけ精神的・身体的な苦痛と苦悩を強いられているか、身を持って思い知らせてやれば良いんだ!」となり、騙し討ちの形で最低一晩泊まらせようとした。

純子「一晩でも一緒に居れば、私達の大変さが一寸は分かるでしょ」
陽子「なのにさあ、なんでアンタもアンタもアンタもアンタも(佳子・博志・母・私を順に指さしながら)ホテルなんか泊まってるわけ!? 特にアンタら!!(私達家族)帰って来てた頃は此処(祖母宅)に泊まってたでしょ!? なんで今回は此処を選ばなかったのよ!! それが一番納得出来ない!!!」

 そう言われましても……。

 おばあちゃんを気遣ってのホテル選択だったので、何とも言いようがない。というか何か言ったところで死んでも納得しないだろうから、反論する気が芽生え無かった。
 聞く耳を持たぬ者に与える言葉は無いのである。

 ただ一つ「なるほど」と思ったのは、ホテルに泊まった事実への激怒が『やっかみ』ではなく『苦痛を味わせる目論見が回避された苛立ち』から来ていた件だ。
 なるほど、確かに。さぞ悔しいだろう。思い通りに行かなくて。

「苦痛や苦労を強いられていると思うなら、何でもっと早く相談や連絡をして来なかったのよ」

 佳子さんは極めて冷静に、落ち着いた口調で問うた。
 陽子は顔を真っ赤にして睨みつけ、息を荒げていた。純子は部屋の隅に放って置かれていた洗濯物を畳みながらブツブツと
「だから今集まって、実際に目で見せてる」
 と言った。

 私は静観しながら「多分、佳子伯母さんが欲しかった答えは、それじゃ無いんじゃないかなあ」と思った。


 部屋がシーンと静寂に包まれたところで、オマケ扱いされた話し合いをするべく、旅館への移動が開始される。タイミング良く、しとしとと降っていた雨が豪雨に変わった。これから更に荒れ狂うのでは? と予感させる神懸かり的な現象であった。
 各々が準備をする中、陽子伯母さんに「燕ちゃん、二階の窓が開いてないか確認しよう」と名指しされた。

「は〜〜〜〜? 貴女と一緒とか超嫌なんですけど〜〜〜〜〜〜確認なら一人でやって貰えます〜〜〜〜〜〜〜〜〜??」

 と、親指を天高く突き立て創り上げたグッドサインを、全身全霊で地面に突き刺したかった。しかし残念ながら、実際にそんな行動をする根性と度胸など私には無く。笑顔で了承して階段を登った。
 階段の急さから、おばあちゃんが二階へ上がることは無かった。それに、二階には立派なエアコンが設置されている。窓なんか開いてないのでは──予想に違わず、窓は一カ所も開いていなかった。それどころかカーテンもきっちり閉まっている。
 じゃあ、何故呼び出した。もしや姪だけに聞かせたい罵詈雑言を浴びせるつもりじゃ無かろうな!?
 警戒する私を余所に、陽子はピピッとエアコンを起動させた。

「少しでも疲れたら此処で休んでね。もし冷房が苦手だったら、エアコン側に居ると良いよ。あっち側はあまり風が来ないから」

 何故か労られた。
 先程の喧嘩中に起こしたヒスや剣幕が、嘘か幻かと疑ってしまうぐらいの、穏やかで優しい声だった。いつかに感じた気味悪さが襲来する。
 それにしても「一人に出来ないから」と呼ばれたのに、休んで良いとは如何いう了見か。母にも同じ話は伝わっているのだろうか。
「それは『母一人に押しつけて良い』と暗に仰ってるわけじゃありませんよね?」とは恐くて訊けなかった。


 一行が去った後。
 残されたおばあちゃんと母と私の時間は、穏やか極まりなかった。荒れ狂ったのは天気だけだった。

 おばあちゃんは暴れることも、何処かへ徘徊しようとする動きもなかった。寝転んでいるのが楽なのか、畳の上に横たわってゴロンゴロンと寝返りを打った。けれど、リラックスしているわけでも無かった。転た寝しているのに気が付いた私達がガーゼケットを掛けてあげると、パッと目を覚まして「すみません、すみません」と呟いた。
 テレビの音声と雷鳴に混じって、おばあちゃんがレターケースを指で弾く音が時偶響く。その音も、姉妹喧嘩の時に比べたら遙かに少なく小さい。三人きりで過ごしたのは三時間半程度だったが、「ぱちん、ぱちん」と聞こえたのは二〜三回程度。
 雷が落ち、窓がビリビリと震え、照明が点滅した際には「気味が悪いなあ」と笑いかけてくれた。その笑顔は昔と変わらない、可愛らしいものだった。

 何とも言えない不思議な空間だった。

(続く)

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