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【連作】ボケゴロシ

来ないはずの明日』→(略)→『嘘も×××回吐けば、』→(本記事)

 名前も知らない顔見知り程度の男性が発した言葉に「ふうん」で返答したら、横っ面を全力で叩かれた。

 明らかに成人を迎え、それなりの筋力を有する男性の平手打ち。その一撃が齎す威力は凄まじい。か弱い女の身体なんて空っぽのアルミ缶を彷彿とさせる程度に軽く吹っ飛ぶ。
 私の身体も、例に漏れず吹っ飛んだ。但し、アルミ缶と違ったのは、地面に踏ん張る力が備わっていることだった。私は先ず、衝撃に備えて全身を硬直させた。そして、威力に耐え切れなかった場合に備えて、傍らのブロック塀に打ち付けられまいと両脚に力を込めた。

 その代償に、首が百八十度近く捻られる。オノマトペを添えるなら『ぐりん』と。

 痛い。

 男は怒り散らしながら去っていく。
 私は平素の状態に比べて百八十度異常な状態のまま戻らない首を極力動かさず、歩行時に生じる振動一つにも気を遣いながら、アトリエ『ミラ』を目指す。

 セーラー服の上から白衣を纏い、珍しく真剣に芸術活動に勤しんでいた先生は、奇妙な体勢で入室した私を見て不思議そうな表情を浮かべる。首が戻らない経緯を説明すると「それは君が悪い」と言って軽やかに笑った。

「折角ボケたのに殺されたら、そりゃあ復讐の一つでもしたくなるよ」
「じゃあ、私は如何すれば良かったんです?」
「無心で爆笑すれば良い」

 爆笑すれば良いと言われても。「布団が吹っ飛んだ」なんて古風過ぎる駄洒落で、今更どう爆笑すれば良いのだ。逆に、その駄洒落で爆笑したら「ワザとらしい」と逆ギレされて殴られませんか? 
 首の位置を戻してもらう間、私は可笑しそうに笑い続ける先生を、ほんの少しだけ睨み付ける。呑気に無責任なこと言いやがって、と、絶対に音に変換出来ない苛立ちを、内心で燃やしながら。

(了)

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