放課後のドッペルゲンガーは嘘をつく
「ねぇ樹、ドッペルゲンガーって知ってる?」
弟のベッドで枕を抱えて座るジャージ姿の姉、実琴は質問をした。姉が部屋にいる事など気にもせず、樹と呼ばれた弟は授業の復習を熱心に続けていた。
「知ってる、あれだろ自分とそっくりな奴に出会ったら死ぬって怪異話」
何でそんな話をするのか。と樹は聞き返した。
「ドッペルゲンガーというよりも。私と共通点が多い人と学校で知り会ったって言う方が正しいのかな」
「姉ちゃんとドッペルゲンガーの共通点?」
「ドッペルゲンガーは例え話。私の部活に2日前見学に来た生徒なんだけど、転校生みたい。趣味とか身の回りの事が何だか似てるなーと思って。・・・そういえば話すの忘れてたかも。先週別の部活に入部したんだ。今度は科学!」
「科学部って部員がほぼ来ないという噂のやつか。物好きな。その生徒、似てるって具体的にどの辺が?」
実琴はベッドで仰向けに横たわった。物好き呼ばわりに苛立つ素振りもなく楽しそうに話す。
「そうだなー。好きな作家や趣味が一緒。家族や親戚、友達に同じ名前の人がいて、将来の夢も似てる。私達が子供の頃に住んでた加三咲市、その近くに住んでた事もあるんだって。あっ容姿と性格は全然違うよ。あちらの方が断然綺麗」
「ただの偶然の可能性は?うちも引っ越しは1回したけどさ、加三咲市に近いってかなり広範囲すぎる」
教科書の問題に集中している樹はノートの上で鉛筆をクルクルと回す。実琴も樹の方は見ずに、抱いていた枕を空中へ何度も放り投げ会話をする。
「偶然かなとは思ったよ。でも何故か他人とは思えないんだよね。共通点がありすぎ。違う場所で生まれた自分が理想的な容姿と性格になって、突然目の前に現れた。そんな風に見えてさ。 新しく生まれ変わったもう1人の自分と話をしているような気分」
「ちょっとミステリアスだと思わない?」
「全く思わない。仮にも科学部なのに非合理的。それ、相手にも全部話したの?」
樹の言葉に実琴は不満げな様子で起き上がる。
「全部ではないけど話した」
「相手は何て?」
「特に何も。そうなんですか。くらいの薄ーい反応。部室に他の生徒がいないから会話も続かなかったし。そこで下校のチャイムが鳴ってサヨナラ」
科学部の活動をする気は無いんだなと樹は思った。実琴は天井を見つめ両手で枕を力任せにギュウッと押しつぶす。
「今日、部室来なかったんだよね。見学だけで終わっちゃったのかも。他にもいろいろ聞いてみたかったな・・・」
姉との会話の内容には無関心だが、樹は教科書を見ながらも話は真面目に聞いていた。
「あまり深追いしない程度に。姉ちゃんはすぐ詮索したがるから。ところでその転校生、名前と性別は?クラスは同じ2-A?」
先に肝心な部分を話していなかったと、実琴はおぼろげに2日前の放課後を思い出す。
「少し長身な男子生徒。ここの制服はまだ買えてないのか別の服だった。クラスは1-A、名前は・・・天野 真理って名札に書いてた。『あまの』はクラスに同じ苗字の人がいるから名前の『まこと』で呼ぶ事にしたんだ」
樹は教科書から目を離した。くるりと姉の方に椅子ごと振り向き、なんだか奇妙な表情のまま持っていた鉛筆で姉を指差した。
「1-A? いやそれ変だ。隣のクラスに転校して来たのは女子だ。俺のクラスが1-Bって忘れた?その女子以外に他の転校生はいない。部活を見学に来たっていう2日前、AとBの合同授業があって、1-Aの友達から転校生は風邪で欠席中だって聞かされた」
「その名前さ。 『真』と『理』で確かに『まこと』とも呼ばれる人いるけど・・・1-Aの転校生の名前は『 あまの まり 』女子生徒だ」
「・・あまの・・・まり?」
「なぁ姉ちゃん、いったい誰に会って誰と話したんだよ?そいつ本当に天野 真理か?」
ー 嘘つきドッペルゲンガーは誰のもの ー
-亜珠チアキ-