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生活と趣味にまとわりつく義務感の話

※有料部分はおまけで、ほぼ全文無料です。


常にある義務感

僕の生活は、常に強迫観念じみた義務感と焦りに支配されている。
柔らかく言うなら『~しなければならない』という感じだ。

普通の人がどんな感じなのかは知らないが、この義務感は僕の生活の隅々にまで浸透している。
朝起きれるかどうか、ご飯を食べられるかどうか、お風呂に入れるかどうか、仕事をするためのPCの前に座れるかなど、生活の1つ1つにセルフチェック項目があり、すべてに義務感がつきまとっている。

そして1つでもできないと、ズルズルと自分を責め、力なく横たわってしまう。そして天井を眺めたまま時間が過ぎていき、連鎖的に他のこともできなくなっていく。プチセルフネグレクトの完成である。
はたから見ればみすぼらしいおっさんが怠けているだけだが、頭の中では常に自分を責めている。
『なんでこんなことも満足にできないのか』
『もう嫌だ』
『安楽死はよ』
などと、しょうもないことをグルグル考える。自己嫌悪の洪水状態だ。

誰にでも義務感はある

僕ほどひどくないにしても、義務感というのは誰にでもあるものだ。人が社会の中で生きていくために、義務感は必要不可欠だろう。
学生なら登校して授業を受けて部活をしなきゃいけないし、社会人は仕事に行ってノルマをこなさなきゃいけない。
特に人間関係の中でどう立ち回るのかは万人に共通する大きな課題であり、みんなも毎日その義務をこなしているに違いない。
僕は在宅仕事だが、オンライン上のやり取りで多少は人間関係に揉まれている(うまくいってはいない)。

仕事、学業、人間関係…。
それらに疲れた人にとって、癒しはどうしても必要だ。
何が癒しになるかは人それぞれで、気の置けない友人と過ごす時間かもしれないし、恋人とのデートかもしれないし、たまに行く旅行かもしれない。美味しいご飯を食べるという人もいるだろうし、喧騒から離れて黙々と趣味を楽しむのが何よりの癒しになる人もいるだろう。

趣味の話

友達も少なく恋人もおらず、旅行に行くほどアクティブでもない僕だが、幸いなことに趣味らしきものがいくつかあるので羅列してみる。

①ゲーム
新しいゲームに触れるより、やり慣れたゲームを繰り返しやることが多い。
趣味というより、癖と言ったほうが近いかもしれない。
スーパーファミコンをやることが多いが、ほとんど手癖のような感じだ。
やりすぎたせいで、ロックマンXを一時間以内にクリアできるようになってしまった。

②漫画
昔買った漫画を何度も読むのがメインで、これも癖に近い。
古い作品ばかり読むのも飽きてきたので、最近はスマホアプリで新作の漫画もちょこちょこ読んでいる。
気になった作品はDMMコミックレンタルで一気読みしたりもする。

③サイクリング
用事ついでのことが多いが、自転車で走るのも嫌いじゃない。
時間に余裕をもって外出し、用事の後にあてもなく何キロか走る。
通りかかった飲食店で食事を済ませるが、思いもよらずおいしかったりすると嬉しい。

④釣り
海が近いので、稀に飯のおかず目的で釣りをする。
本格的な感じではなく、ミャク釣りで根魚を狙う程度。
食べられない魚を釣ることには興味ないので、スポーツフィッシングというより飯のための釣りだ。高い道具をたくさん買うことにも興味はない。

⑤文章を書く
仕事以外で文章を書くのも趣味と言える。
noteに記事を書くのも、思考の整理を兼ねた趣味の一環だ。
一時期は長編小説なども書いていたが、創作と現実の繋がりが嫌になり、今は筆を折っている。

⑥喫茶店
たまの外出で知らない喫茶店に入るのも趣味と言えば趣味だ。
古臭くてタバコも吸えて、なおかつ前時代的なナポリタンを出すような店が好きだ。
何よりそういう店は、コーヒーを出したら後は放っておいてくれるのがいい。

⑦カプセルホテルに泊まる
変な趣味かもしれないが、カプセルホテルに意味もなく泊まるのが好きだ。
カプセルホテルに宿泊することを目的に外出することもある。
この趣味に関しては、いつか単独で何か書きたいと思う。

こうして書いてみると、僕にも趣味らしきものがいろいろある。
並べてみて悲しくなったが、どれも1人でも楽しめるタイプの趣味だ。

趣味に打ち込んでいる間は仕事のことを考えず、ただただ目の前のことを楽しみ、英気を養っている…。
のならいいのだが、残念ながらそうなることはあまりない。趣味の時間にも妙な義務感を感じてしまうからだ。

趣味は義務感との戦い

よくわからない人もいるかもしれないが、趣味に義務感がつきまとうことは珍しくないと思う。

例えば、趣味に大きな金額を投じてしまったら、金額分の何かを求めてしまうのは自然なことだ。元を取りたいという欲求は、思っている以上に人間を振り回す。
また、チームスポーツなど、人と何かを目指す趣味の場合は、より成果に関する義務感が生じるだろう。仕事という枷はないにしても、趣味の場に発生する人間関係のせいで、逆に疲弊する人もいる。

だが僕の趣味は、お金も大してかからなければ、ほとんど人と関わることもない。見事に性格を反映した趣味だ。
そんな趣味に、いったいどんな義務感がつきまとうのかというと『楽しまなければならない』という自縄自縛だ。

趣味をする自分と、それを監視する自分

最初に触れたが、僕は自分の生活をつぶさに監視し、ダメなところを容赦なく責める癖がある。誰に言われるでもなく自分に課題を課し、それが達成できないと自分を責める。人と関わると課題が増えるだけで、たとえ誰とも関わらなくても僕は勝手に疲弊する。

そしてそれは、楽しいはずの趣味の場面も例外ではない。
釣りに関する義務感の例をあげてみよう。

『楽しまなくてはならない』
『近くの釣り人とトラブルを起こしてはならない』
『人に釣果を尋ねられたら、うまく返答しなければならない』

こんな課題を、僕は無意識に自分に課している。
特に通行人に話しかけられた場合の応答はしんどい。
他の趣味にも、大小はあれど、同じような義務感が生じている。

趣味を整理してみる

さっき挙げた趣味に対する義務感の大きさを比較すると、こんな感じだ。
釣り>>サイクリング>>喫茶店>>文章>カプセルホテル>ゲーム=漫画
※釣りは人の有無による

改めて見ると、なんて窮屈なんだと思ってしまう。
果たして本当に趣味と呼べるものがあるのかと、自問したくなる惨状だ。

しんどい趣味の特徴

しかし、こうして図にしてみることで、自分がプレッシャーに感じることの傾向も見えてきた。
要は人の目が入るかどうか(人の目が入るかもという予感も含む)と、成果が問われるかどうかだ。

サイクリングには、せめてこれくらいは走らないととか、すれちがう人の目を気にするとか、細かいストレスがある。
喫茶店も、店の雰囲気を壊してはならないと感じてしまう。隅っこの席に座れなかった場合は針のむしろだ。

楽な趣味

今、僕が割と楽にやれる趣味は、カプセルホテル宿泊と文章を書くこと、それとゲームと漫画だろう。どうやら、慣れていることだったり、人の目が入らなかったり、ボーっとしながらできることだったりすると、そこまでプレッシャーを感じずに済むらしい。

中でも、文章を書くことに関しては、それなりにプレッシャーにも耐えられるようだ。未だに自信が持ちきれないが、僕は文章を書くのは苦手じゃない。
こうして書いたnote記事は人目に触れるが、匿名だしいいかと思える程度なので問題ない。

ゲームも漫画も、特にストレスを感じることはない(オンラインゲームになると神経を使うが)。

今後の生活と趣味の展望

しんどい趣味と楽な趣味を分類してみたが、別にしんどい趣味だからと言って嫌いなわけではない。むしろ、なかなか楽しめないことを歯がゆく思ってもいる。できることなら、趣味を楽しめる人間になりたいと思う。

では、どうしたらもっと気楽に趣味を楽しめるだろうか?
まず重要になるのは、精神疾患(気分変調症と社会不安障害)を治療し、寛解まで持ち込むことだろう。仕事の人間関係や収入、個人事業主ゆえの今後のかじ取りなど、考えることも疲れることも多いが、合間にいろんな治療法を試したい。

また、存在や言動が許されやすい場に身を置いて、人間関係への抵抗感を減らすことも重要になるだろう。
少し仕事の手が空いたら、ごみ拾いのボランティアにでも参加しようと思っている。さすがにごみ拾いをしている人間を責める人はいないし、僕もいいことをしていれば自分を許せるような気がするからだ(この発想自体がダメな気もするが)。

アクティブとかポジティブと形容される人間にはなれないにしても、穏やかに物事を楽しめる人間になりたいと思いつつ、今日も楽な趣味としてnote記事を書かせてもらった。

この先の有料部分には、僕がやっている、陰キャスタイルのミャク釣りについて書いている。
釣りに興味があるけど難しいのも人と関わるのも嫌だ!!という人は参考にどうぞ。


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