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冬苺(ふゆいちご)  一、虫の味

全四話 /


 いちごは生まれて初めて虫を食べた。何の虫かはわからない、たぶん、カナブンみたいな硬い小さいやつだ。元が独房だったかのような薄暗い公園のトイレに、震えるいちごの顎をつかんだケイのわめき声が響いた。

「噛め! ちゃんと噛めよ!」

 イケメンではないがハーフらしい整った顔立ちのケイの薄い唇が、斜めにゆがんできれいな歯並びを見せた。メッシュのかけ過ぎで今日先生からダメ出しされてイラついている。クラスで一番ヘアスタイルをキメているが、間近のケイはけっこう汗臭くて、ピーコートの胸から嗅いだことのない臭いがした。

 ケイの後ろで、スマホのカメラごしに未唯みゆが青白い笑みを浮かべた。

「しっかり噛めよ、カメさんよ~」

 未唯の後ろで腕組みしたまま長い髪をいじっていた真理絵が言った。

「ナメちゃんでしょ」

 いちごの強制アダナだ。未唯が言いなおす。

「なーめちゃん」

 いちごが梅干しを含んだような顔で噛んだフリをして頬をこわばらせると、未唯のピッグ・テールがうれしそうにゆれた。真理絵の低い声が冷たい床を這った。

「ダメ、噛んでない」

 蛍光灯の下に立つ真理絵の黒目は陶器にあいた穴のように見えた。いつでも自分では一切手を下さない真理絵の声が、いちごには一番重苦しく恐ろしかった。色のないトイレの壁が、入ったこともない刑務所の壁のように見えた。いちごは目を閉じ、身体の他の場所から力を借りるかのようにして顎に力を入れたが、虫の手足や小さな触角みたいなものが舌に触れると頬が震えて噛み込めない。唾液がどんどん溜まってくる。もし虫が動いたらケイの顔に吹きかけるかもしれないと思った。

 ゲームの音がする。見張り役の勇二だ。勇二は何もしない、ただいるだけでチームが何をしていても誰も触れてこない。他人ひとを簡単に殴れる子だからだ。近頃は慣れて、学校でない場所でも好き勝手にしはじめていた。

 ケイの手がいちごの頬をワシづかみにして揺すりだした。

「オラ、早よ! 噛め、のめ! 早よっ!」

 ケイの白い息が凍る前に消える。頬を絞り上げられ、いちごの口の中でじゃりのような音がして、甲羅みたいな硬い上翅じょうしが跳ね上がった。すると何かが舌の横へ滲み出て経験のないきつい臭いが鼻をぬけた。つぶれたらしい。いちごの顔が猛烈な勢いでケイの手を振りとばし、便座に突っ込んで吹き出した。

「あ、バッカ! 何やってんだよ、クソッ!」

 唾液が喉に流れ込んだ気がした。いちごは、身体の中にあるものすべてを引きずり出すかのように、出せるだけのものを出した。吐き気はなかったが、大げさに嘔吐するような声を上げると、案の定、未唯が声を引きつらせてよろこんだ。気にしているつり目をためらいなくつり上げている。早めに終わらせたかった。

 舌打ちしたケイが、突っ伏したままのいちごの襟を後ろからつかんで引っ張った。吐いた虫をすくい上げろと言われる前に、いちごはすかさずレバーをひねった。水にもまれて跳ねる虫の残骸を、未唯の甲高い笑い声が追いかける。ほとんど噛んでいないつもりだったが、虫はいくつかの欠片になっていて、口の中で感じたよりもずいぶん小さく見えた。

「ンだよッ! このバッカ!」

 ケイがいちごの赤いニット帽をつかんで個室の壁にぶつけると、帽子が脱げてちぎれたヘアゴムの赤い飾り玉がひとつ便器に落ちた。苺を模した小さな飾り玉は、虫と一緒に円を描きながら、断末魔の人間の声のような音をたてる渦の底へ吸い込まれていった。

「ダッセーなー、ったく」

 いちごの頭越しに未唯がのぞきこんできた。

「ケイくん、その虫、何?」

 ケイは薄いソバカスをゆがめた。

「知らね。たぶんキタネー虫」

 未唯が鼻を吹いたとき、ゲーム音が止まった。入り口で黙っていた勇二が声を出した。

「行くぞー」

 外に声が聞こえたのだ。誰かが入ってくる。真新しいスニーカーが底を鳴らし勇二がトイレを出ると、真理絵が髪をかき上げながら音もなく続いた。未唯がいちごをせかした。

「おいで」

 未唯の一番のお気に入りの時間なのだ。

 いちごが立ち上がると、便器の底から赤い玉が吐きもどされてきた。いちごは、行き場がわからなくなっておびえるように揺れ動く飾り玉を咄嗟につかみ上げると、コートのポケットに入れ、洗面へ走って口をゆすいだ。置きっぱなしだったいちごのスクバを蹴ってケイが外へ出ていった。

 最初に始まってから十ケ月ほど続いていた。はっきりとした始まりはいちごにもわからない。そもそもなぜなのか、どうして自分なのか教えてほしかった。いちご自身に説明できないからだ。逃げ出すためにあらゆることを考え、毎日今日こそ最後の日だと目覚め続け、逃げ出せない日々を繰り返した。考え尽くした最後には市の相談センターとかに電話したこともあった。結果、何も変わらず、今では男子まで加わりだした。とうとう何を考えたらいいのかわからなくなり、考える必要のないことまで考えはじめていた。もう後がなかった。

 いちごが自分で不思議でそして一番困ったのは、抵抗できないことだった。男子が加わってきたからではない、初めからだった。抵抗したいし、していいはずだった。だが、一度もしなかった。できなかった。どころか、言葉ひとつ発せなかった。なぜできないのか自分でわからないのだからずっとできないのだろうと思いはじめたとき、真理絵が現れた。

 覚えている始りは、違う子たちからのちょっとしたからかいからだった。起こっていることを認識したくなかったいちごを、透明な闇がゆっくり巻き取っていった。少しずつ少しずつ、知らないところで追い込まれていくと同時に、悪い病気をかたくなに信じないでいるように、”いじめ”としての姿があらわになっても認めないでいる自分がいた。やがて闇の中に立っている真理絵を見たときは、もう心が折られていて言葉を発するところが壊されていた。だからこそ、彼女が姿を現したのだとわかったが、どうすることもできなかった。

 男子を呼び込んだのも、みんなが使う”なめくじ”のアダナをつけたのも彼女だった。

 「手がナメクジみたいにベタベタしてるから、”なめくじ”」

 一人の男子がいちごを「あいつ、いっつもツヤっツヤだよな」とからかい半分で噂していたのが気に入らなかったのだ。いちごの猫背に未唯がオババをつけ足して”なめくじオババ”にしたが、流行らなかった。真理絵は何もしない。今でも自分がつけたアダナも使わない。いつでも手を下す子の後ろに立っているだけだ。最初から全部真理絵が配したことなのだとわかったときは、いちごはいっとき生理が止まった。

 体育館裏で文化祭の片付けをやらされていたとき、地窓の向こうにしゃがんだバレー部の子が真理絵を噂するのが漏れ聞こえたことがあった。

 ――私、あのコ、こわい――

 真理絵をうとむような言葉に、いちごは正直驚いたのを覚えている。真理絵は不良ではない。髪や靴やスマホや何でも、教師曰く器用に白線踏んでる程度で悪目立ちすることなどまったくない。誰とトラブルこともなく、どちらかといえば大人しいくらいの真理絵の何を彼女らは見ていたのか、いちごには想像もつかなかった。しいて言えば、笑っても笑っていない、奥行きのわからない薄暗さがあるかなというくらいしか思いつかない。だからダメなのかもしれない、理由などわかるわけがないと思った。

 むろん聞いても無駄だ。真理絵が心の内を話すことはない。

「何それ、誰に言ってるの? 私のせいってコト? 何言ってるかわかってる?」

 と、なるだけだ。いちごには見たことのないはずの真理絵の怒りに染まる黒い目が頭に浮かぶ。そして、余計にひどいことになる。だから理由がわかることはない、おそらく最後まで。何の琴線に触れたのか、暗闇の本体がわからないことがいちごにはもっとも苦しかった。ただ、ひょっとしたら彼女にもわかっていないのかもしれないといちごは思ったことがある。好きでできることではないと思ったからだ。いちごは、いじめというカラビ・ヤウ空間を覗いていた。

 おおよそいじめには一つで断つことのできる原因がない。一つの場所ですらないかもしれない。だからタチが悪い。起点がないから、帰着点もないのだ。いちごは身動きもできないのに、手につかめる理由を求めてあちこち思いをめぐらせ続けてきただけだったことに気づいていなかった。

 トイレを出ると、入れ違いに入ろうと近づいてきた営業マンらしい男性が、男子トイレから出てきた制服のいちごを見て一瞬足を止めた。マフラーに顔をうずめ地面を見て足をはやめるいちごの背中を見つめながら男性がトイレに入っていくのを、公園の出口の車止めに寄りかかったマスクの四人が見物していた。

 外は入ったときよりさらに空気が冷えていて、冬枯れした公園は日差しの中でさえ色を失っていた。葉の落ちきった桜の枝がヒビのように空に広がる下を、いちごは出口へ向かった。枯葉一枚ない路面の冷たさが靴の下から刺さってきて、割れガラスの上を裸足で歩いているようだった。

(虫とか、どっから見つけてきたんだろう)

 いちごが公園を出たとき、ケイらはもう横断歩道を渡って向いのショッピング・モールの駐車場入り口の前までいっていた。早く暖まりたいのだ。

 大きなファーの耳当てをした未唯の、ショート丈のダッフルコートと三回折りのスカートが信じられなかった。夏のくるぶしギリギリのアンクレット・ソックスは、さすがにロークルーだった。真理絵は、順当にタイツの足を薄いブルーグレーのロング・コートで包み顎までバーバリーを巻いている。

鈴生すずなり!」

 昔の苗字を呼ぶ声に、いちごは太い白線の上で立ち止まった。ケイらではない。少し離れた大通りの方を見ると、くすんだ紺のベンチ・コートがゆっくり近づいてきた。よく知っただるそうな動きで副担任の安川が歩いてきた。見廻りだ。ショッピング・モールの裏まで廻ってきたのだ。

 白線の終わりに立った安川が、いつもの眠そうな目で面倒くさそうに鼻にかかった声を出した。

「何やってんだ」

 ケイらを見つめたままでいると、いちごの視線を追って安川はゆっくり振り返った。四人はショッピング・モールの入り口で立ち止まってはいるが、誰もこっちを見ない。安川は、いちごを置いて未唯らの方へ歩きだした。いちごは白線の隙間に脚をかませたように動かなかった。

 副担任はいちごと彼らのことを知っている。真理絵は始終ふし目で黙っているだけだった。とぼけたような顔の未唯やケイとしばらく何か話しただけで、もどってきた。いちごを見ることもなく交差点の方へゆっくり戻っていった。四人はモールへ入っていった。教師公認、ということだった。

 もともと生徒に無関心な安川だったが、生徒同士の諍いのようなものを見たりすれば、一応割り込んできて散らしたりしていた。面倒くさそうに。だが、いちごが電話した市の相談センターからの問い合わせを安川が学校側として受けて以来、あからさまにいちごを無視するようになった。学校を飛び越して外部を優先させたのは相当マズかったとわかったときは、いちごには事態をどうすることもできなくなった頃だった。

 教師が未唯らと一緒になって何かしてくるわけでは当然ない。ただ、いっさい何も見なくなった。いちごが空気として扱われるようになっただけだ。一度だけ話をした教頭先生ですら、死人のように無感情にいちごに接した。怖いのは安川ではなく、教師の細微な変化を逃さず読み取ってしまう真理絵だった。安川の無視に最も力を得たのは真理絵だったはずだ。最悪、このままいったらいずれ安川も真理絵ら側に加わることも考えられなくないと、いちごは覚悟しなければならなかった。

 いや、もう知らないところで加わっている、SNSとか、といちごは思った。教室で安川と真理絵が言葉をかわした後、ケイと未唯が理由のわからない含み笑いを向けてきたことがあった。真理絵はスマホの画面をいじりながら薄笑いを浮かべているだけだった。


 暖かいショッピング・モールの中に入ると、いちごはニット帽を目深にし、マフラーを深く巻きなおしてマスク顔をうずめた。

 いつも通り人気のない階段の踊り場で十五分ほど立っていると、ひととおり”店内巡回”を追えた未唯が一人で降りてきた。

「ほれ」

 未唯が出した紙切れを手のひらで見つめた。

 化粧品、文具、コミック、ゲーム……

 ”ほしいものリスト”だ。雑にだが陳列棚の場所まで書かれた万引きリクエストには、スマホまであった。前回、駅ビルで勇二のブランド・スニーカーをちゃんと盗ってきたことが逆に要求をエスカレートさせていた。勇二以外の三人が同じブランドのスニーカーを履いていて、いちごが勇二の分を盗ってきたことで、お揃いになった。

「スマホ、電源入るヤツ。モック持ってくんなよって」

 黙っていると未唯がせかした。

「ここ、アラーム入ってないからって」

 いくらなんでもスマホなんか盗れるわけがない。大体、もう何度もやっているモールだ。いい加減目をつけられていてもおかしくない。おまけに書いてあるもの全部盗ったらカゴいっぱいになる。できるだけ盗ってこいということなのだ。だが、化粧品は必須だ。絶対に盗らなければならない。未唯のリクエストだからだ。彼女は本気だ。真理絵のはない。あとから足のつくようなことは絶対にしない。一人だけ身を汚さずにいようとすると気まずくならないのか、それとも平気で万引きを指図する未唯の方が実は内輪では軽蔑されていたりするのか、彼女らの関係はいちごには推し量ることができなかった。しても仕方なかった。

 万引要求が始まったのは、安川のシカトが始まってからだ。公認を得たかのように教室でさえイジメがまかり通るようになり、放課後へつながるようになり、強制万引きに悪化していった。もがいた分を計ったように状況が悪化していく。渦の底へ吸い込まれていくようだった。

「覚えたぁ?」

 黙っているいちごから未唯は紙切れを取り返した。万が一のとき、いちごに「ついやってしまった」と言いわけさせるためリストは持たせない。いちごのためではない、自分たちに足がつかないようにだ。いちごが捕まってもやめさせるつもりはない。どこにも出入りできなくなるまで続けさせるつもりだ。最初は違ったろうが、未唯には今では万引きがイジメの目的になっていた。やる方もやられる方にも、歯止めはなくなっていた。

 二階に上がると、真理絵らはかなり離れた柱のところにいた。万が一、いちごが捕まったとき一緒にいた姿を防犯カメラに残さないためだ。大きなマスクの真理絵はいつもはしないメガネまで掛けている。柱にもたれたまま勇二はひたすらゲームをやっていた。

「勇ちゃんが、スマホ絶対だからなって。ゼ・ッ・タ・イって」

 未唯の大きすぎるカラコンがむき出た。

「ロナルドにいるから」

 彼女らは、いつもモールの外の交差点のバーガー・ショップで待っているだけだ。

 未唯は危ないものをもて遊ぶようにショッピング・リストを小刻みにはためかせながら、仲間と合流してエスカレーターを降りていった。一年のとき、いかにもいじめられそうなコだった彼女の面影を、彼女は自分で削り取っていた。

 いちごはまず、文具コーナーへ向かった。隠しやすいものからだ。万引きの仕方などわからないいちごは、ただ、買い物をカゴに入れるようにポケットに入れるだけだ。初めてやらされたとき、どうしていいからわからず捕まるに決まっていると思ったから、いちごは逆に捕まるつもりでやった。捕まって、すぐに終わらせたかった。誰かにすべてを知られたかった。だが、何ごともなくうまくいっただけだった。何人も店員がいたはずだった。自分は誰でもある誰でもない顔、万引きとかや”れ”そうに見えなかったのだろうと思ったが、考えてみれば店員が四六時中万引きを監視しているわけでもない。仕事があるのだと当たり前のことに思いあたると、自分だけがマンホールから首だけ出して行きかう足を見ているように感じた。

 捕まらなくてほっとするはずだが、治らない傷口をさらに汚しただけの気分だった。初めて万引きさせられた夜、いちごは帰り着いた家の玄関で鏡を見つめつぶやいた。

「誰も見てない」

 回を重ね、何ごともなくうまくいくごとに、傷口は爛れていく。何も考えずに感覚をなくして、ただ機械的に、捕まる瞬間をだけを待ってやるようにした。だから、だんだんうまくなることもなく、産まれ出たとたん凍らせた罪悪感のタマゴをいくつも抱いて、近づく渦の底へ身をゆだねるだけだった。特に眠れないことはなかった。

 だが最近は、あまりに捕まらないため蓄積してきた余罪とため込んだ罪悪感の重みがさすがに気になりだし、夜中に目覚めてこれまで覚えている分だけを適当に計算してみた金額に、初めて恐怖心がわいた。万引きですまない金額だった。「犯罪」、心がはっきり言った。目いっぱい余罪を抱えた今になって学校にバレたらという恐怖と焦燥感が渦巻き、音をたてて流速を増した。渦の底はまだまったく見えなかった。

 絶対につかまれないという気持ちで文具売り場に入り、いちごは指定されたボールペンを握りしめた。すると、今までなかった胴体の真ん中あたりの内臓が勝手に縮んで逃げようとする感じと、足から血液が引き上がるような流れが同時にあった。身体のあちこちが凍り発熱し動きにくくなるのを感じながら、自分でも気づかず、今までしなかったように周囲を見回していた。数十回目にして初めての、本当の万引きだった。

 交差点のはす向いにあるバーガー・ショップの二階の窓側カウンター席に、四人が並んでスマホをいじっていた。道路を渡った角の花店の店員が、店頭のプランターを並べ直しているのが見下ろせた。きれいだったが、ずいぶん歩道に張り出していた。

「ヤベ!」

 未唯の押し殺した声に、他の三人がフクロウのように一斉に顔を上げた。ショッピング・モールの入り口を飛び出したいちごが、マフラーをたなびかせ髪を踊らせていた。後方からは、いちごを増す勢いで警備員が走り出てきた。未唯は自分の心臓の拍動を店内の他の客に聞かれまいとするかのように首をすぼめ、真理絵は窓外を睨みつけながらまつ毛さえ動かさなかった。

 駐車場誘導員の真横を走り抜けカラーコーンをふっとばしたいちごが、点滅する横断歩道に一秒も止まらず突っ込んで来ると、横断中の人らが驚きながらよけていく。

「こっち来んな、バカ!」

 未唯の囁き声が店内に響いた。真理絵は自分のスクバを持った。ケイは外を向いたまま目線だけを勇二に送った。勇二は軽く口をひんまげ眼中にないという余裕をつくって返し、再びゲームに戻った。どうなっても勇二は、「知らね」と言うだけだ。

 大柄な警備員はすぐに息が切れたように歩道で立ち止まってしまい、合流してきた若い警備員が一人で追った。横断歩道を渡りきったいちごが花店の前でどっちへ行こうか一瞬迷ってバーガーショップを見上げたとき、飛び込んできた警備員がプランターにぶつかりながらいちごの腕をつかまえた。群生したように並べられたクリスマス・ローズと人垣に囲まれたいちごが、手加減なく振り回され腕をねじ上げられるのを、真理絵以外の三人が無言で見おろしていた。

(つづく)

 ここまで読んでくださってありがとうございます。
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 続きも読んでいただけるとうれしいです。全四話です。

 一、虫の味
 二、人形の部屋
 三、彩雲
 四、渦の底

 蒼井あぜ

         






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