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『リサイクルショップはせがわ』

「暇だ……」
おじさんのお店――「リサイクルショップ・はせがわ」でバイトして3年目。
いまだにフリーターでくすぶってる俺ですけどなにか? なんて言えない。「……ったく、仏壇屋みてえな名前だから客が全然こねえじゃねえかよ」
言って、レジのカウンターにぐったりと突っ伏す。

もう9月も半ばだというのに、残暑が名残惜しげに東京の片隅にとどまり、
庶民にうとまれ続けている。かくいう俺はお店の中でクーラーという文明の利器におぼれ、エコそっちのけで涼みまくっている。おかげですっかりクーラー病だ。だるい。だるすぎる。いや、だるいのクーラーだけのせいじゃないか。
俺の人生がそもそもだるいのかもしれない。

なんだかんだ言って26歳にもなると、いろいろと考えてしまうわけで。
このまんまでいいのか、とか。いや、だめだろ、とか。じゃあ、どうしたいんだ?って言われると、これといってそんな答えがあるわけでもなく、ただなにやら、ざわざわとした得体のしれない焦燥感に襲われる日々だったりする。

こんなこと考えてしまうのも、たぶん暇すぎるからなんだろう。この店、平日とはいえ、こんなに暇でどうやって生計なり立ててるんだ? ――なんて思ってたのは最初だけ。これはおじさんの趣味の副業で、本人は本職の方であちこち飛び回っている。だから、繁盛しなくてもさほど問題にはならないそうだ。

そもそも、別段たいしたものを売ってるわけでもないお店だ。子供の古着だったり、オモチャだったり、本や漫画だったり、いらなくなった家具や電化製品、CDにゲームにDVDに雑貨……。まあ、要するに限りなく雑然とした何でも屋みたいなものだ。

もう何度目かわからない溜息をついたときだった。カランコロン――と、店のドアに結びつけてあった鈴が鳴り、 お客さんが入ってきた。
「い、いらっしゃいませ!」
俺はカウンターに投げ出していた体を慌てて起こした。入ってきたのは年配の女性の客で、昔は相当もてただろうなあと安易に想像がつくほど、目鼻立ちの整った品のいいおばあさんだった。

銀縁のメガネの奥でくりくりとした目がせわしなく泳いでいる。お目当てのものが見つからないのだろうか。豊かな白髪にふんわりとした上品なパーマがあてられていた。
「あの……」
おばあさんが遠慮がちに俺に尋ねてきた。
「小さい子供用のオモチャは置いてあるかしら?」
柔和な笑みをたたえたまま、くりくりした綺麗な目で まっすぐに見つめられて、思いがけずドギマギしてしまう。
「あ、ありますよ! こちらです!」
うわずった声でオモチャ売り場におばあさんを案内する。おばあさんはニコニコしながら俺のあとに続いた。


オモチャ売り場に向かいながら、おばあさんがふと思い出したような口調で俺に聞いた。
「3歳くらいの女の子なのよ。どんなものがいいかしらね?」
それで俺の緊張は和らぎ、すぐに同じ年頃の姪の顔が浮かんだ。
「音が鳴るものですね。小さい子はみんな好きですよ。これなんかどうですか?」

売り場についた俺は、携帯電話のオモチャをひとつ手に取っておばあさんに渡した。おばあさんが赤くていっぱいボタンのついた携帯電話をしげしげと眺める。
「これ……話せるの?」
「え? いや、ええと、オモチャなんで、その……」
「あらやだ、そうよね、うふふ」
恥ずかしそうに笑うおばあさんにつられて俺も苦笑する。
おばあさんが興味を電話に戻し、ぽちぽちといろんなボタンを押し始めた。「あ、すみません。それ今、電池入ってないので鳴らないんですよ」
「あら、残念」
おばあさんが残念そうにおどけてみせる。

携帯は『お助けキューピット! マイマイ?マリンちゃん』というアニメキャラのグッズ商品で、ボタンを押すと主人公マリンちゃんの声やオープニングの曲などが電子音で流れる仕掛けだった。

おちこぼれでおっちょこちょいの天使マリンちゃんが、天使の正式な試験に落第し、 地上へ修行に出される。そのとき天使の羽をもがれて、代わりにカタツムリの殻を背負わされる。アニメの中で何かビビるようなことが起こると、
マリンちゃんがすぐに殻に引きこもってしまうというのがお約束のギャグとなっている。それでも勇気をだして、地上を彷徨うあわれな魂を天上界に送り届けるのがマリンちゃんの修行であり、使命なのだ。

携帯のアニメキャラについておおざっぱに説明してみせると、おばあさんはなるほどねえと感心したように何度も頷き、「これいただくわ」といってニッコリ笑った。

「天使ちゃんの携帯なら、あの子の声が聞こえるかもしれないもの」
「え?」
「今日が孫の命日なのよ。それで何かあの子が好きそうなものをお供えしようと思って」
「……」
俺はなんて言っていいのかわからずに、固まったまま動けずにいた。
「あら、ごめんなさい。こんなこと言うつもりじゃなかったのにね。あなたと話していたらなんだか楽しくて、ついうっかり口がすべってしまったみたい。
いろいろとご親切にありがとう」
おばあさんがぺこりと頭をさげた。
「あ、いえ……。どうも、ありがとうございました」


携帯のオモチャを袋につめておばあさんに渡したあと、しばらく茫然としていた。奇妙な罪悪感が胸の奥で埋み火のように燃えて、じくじくとした痛みが残り続けた。

ふと、レジの傍を占領している棚に目をやる。
「――くっ!!」
俺はそこにある物をひとつかみ掴んで、店の外へと駆け出した。まだ間に合うかもしれない! どこだ! おばあさんはどっちにいった!? 店を出てすぐの十字路であたりをうかがう。いた! 遠くの横断歩道をゆっくりと渡っている。俺は息が切れるのもかまわず、全力でおばあさんのあとを追った。「おばあさん!」おばあさんに追いついて叫ぶと、おばあさんが「あらま」と驚いた顔して振り返った。

「あら、ごめんなさい。忘れ物でもしたかしら?」
「これ……これで、話せます!」
俺は持ってきた電池のパックをおばあさんに見せた。
「まあ……わざわざこれを?」
「マイマイ マリンちゃんは天使です! 地上で彷徨ってる魂を天上界まで送り届けてるんです! だから、きっと、お孫さんのことも知ってます!」

26歳にもなって自分が馬鹿なこと言ってるのはわかっていた。でも、なにか、このおばあさんにできることがあるとしたら――
「そうね。うん。きっとそうだわ……」
おばあさんが薄紫色のハンカチをだしてメガネの奥の目をぬぐった。俺はおばあさんから携帯のオモチャを預かり、電池を入れた――『ハロー♪ あたしマイマイまりんちゃん♪ 今日もあなたの声を届けにいきますわ!』
携帯からかわいい女の子の声が流れた。
「ほんとね。これならあの子と会話できるわね。ありがとう……」
おばあさんが目を潤ませながら礼を言って、またぺこりと頭を下げた。俺は払うといってきかなかったおばあさんをなだめ、なんとかそのまま後姿を見送った。おばあさんの青と白のさわやかなワンピース姿が見えなくなってから、店の方へときびすを返した。

「リサイクルショップ・はせがわ」のダサい看板が目に入る。残暑の厳しい、うだるような熱気の中で俺はちょっとの間、その看板を眺めていた。俺の人生、案外、悪いものじゃないかもしれない。そう思った。

END.

水もしたたる真っ白い豆腐がひどく焦った様子で煙草屋の角を曲がっていくのが見えた。醤油か猫にでも追いかけられているのだろう。今日はいい日になりそうだ。 ありがとうございます。貴方のサポートでなけなしの脳が新たな世界を紡いでくれることでしょう。恩に着ます。より刺激的な日々を貴方に。