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ショートショート『常識』

「なあ、目玉焼きには何かけてる?」
先日同棲を始めた彼氏が目玉焼きを箸で突きながら聞いてくる。
「目玉焼きにかけるものに選択肢なんてあるの?」
私が質問し返すとその質問を聞いた彼がびっくりして目を大きくさせる。

「目玉焼きに醤油かソースのどっちをかけるかって定番の質問だろ。日本の定番の二択質問ランキングみたいなのがあったらベスト10くらいに入りそうなくらいメジャーな質問だぞ?」

そう言って彼はソースの瓶を手に取り、勢いよく目玉焼きにソースをかけたので私は思わず「ちょっと!」と言って静止する。彼は首を傾げ「なんだよ」と言ってこちらを見る。

「なんで目玉焼きにソースなんてかけてるのよ!」私は目玉焼きとソースという明らかに合わなさそうな組み合わせを彼が躊躇なく実行したことにビックリした。そしてそんな私に彼もビックリしていた。

「いや、目玉焼きにソースって定番中の定番じゃないか……逆に君は目玉焼きに何をかけるのさ?」
「私はワサビだけど……」
「はぁ?」
彼が目を丸くする。

「そんな合わなさそうなのよく合わせられるな……考えただけで胃が悪くなるよ」
「そうなのかな?うちではずっとそうだったから目玉焼きにはワサビが常識だと思ってた……」
「君の常識は少しおかしいよ。もう少し自分の常識を疑いながら生きた方が良い」
この時彼が嫌味のつもりで言ったことなんて知らず、私はこの日から真剣に自分の常識を疑いながら生活することにしたのである。

その数日後の話である。

私が道を歩いていると歩道のど真ん中に拳銃が落ちていた。私が拳銃の存在に気がついたのとほとんど同時くらいに目出し帽をかぶった男が慌てた様子でその歩道に置いてある拳銃を持ち去っていった。目撃した事態が明らかに異常な光景だと思ったので警察に通報した方がいいのかもしれないと思い、スマホを取り出し110番をしようかと思ったが、少し指を止めて考える。

"もしかして私の常識がおかしいだけで道端に拳銃が落ちていることも、それを目出し帽をかぶった人物が慌てて回収していくことも実は普通のことなのかもしれない……"

そう思い私は何もせずにその場を去った。
その後に近くの銀行に強盗が入ったらしいがそれはまた別の話である。

またさらに数日後の話である。

家に帰ると彼が縄で椅子に縛り付けられていた。口にガムテープを何重にも貼られて言葉を発せなくなっている彼の横に刃物を持った男の人がいた。これは明らかに異常事態である。流石におかしいから今日こそはスマホを取り出し110番をしようとスマホに指を伸ばす。

……だが待ってほしい。また私がおかしいのかもしれない。そう思い聞いてみる。

「これって異常事態ですか?それとも儀式とかお芝居の練習とかそういうのですかね?……」
私が入ってきた瞬間には動揺していた刃物の男はホッとしたような顔を見せる。

「そうなんですよ、僕はあなたの彼氏さんと今度お芝居をする機会がありまして。もうすぐ本番なんで練習してたんですよ。
「そうなんですね」

やはり私の常識が誤っていたようだ。危うく勘違いで大騒ぎしてしまうところだった。
「お邪魔してすいません、ごゆっくり〜」
そう言って私は笑顔で部屋から出た。

その時彼が心なしかこの世の終わりみたいな表情をしていたような気がしたが多分役に入り込んでいるからだろう。とりあえずカフェにでも行って時間を潰すことにしよう。大事な練習の邪魔をしてしまったら申し訳ない。

後に私は怪しい人物に異常事態かどうかを確認することは常識からズレているということを認識することになるのだけど、それはまた別のお話……。

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