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魔法の呪文は、こもんちゅたぺる?

おまじないのように覚えた最初のフランス語がある。

こ も ん ちゅ た ぺ ー る?
コ モ ン チュ タ ペ ー ル? 

「あなたのお名前は?」という意味だ。

フランス語には、二人称の「あなた」でも、家族や友人の間柄で使う「tu/チュ」を使った話し方と、目上の人や年配のかたと話すときに使う「vous/ヴ」を使った話し方があるけれど、飛行機の中で父が教えてくれたのは、相手に親しみを込めて使う「チュ」の方だった。

「ぼんじゅーる」と「こもんちゅたぺーる?」を手に入れたわたしは、パリのシャルルドゴール空港に着いてから、チャンスを見つけては、さっそく使ってみた。

黒髪のアジア人の小さな女の子がニコニコやってきたと思ったら、「お名前なんていうの?」と聞かれるのである。

たいていの場合はギョッとされたが、5歳の子どもにはみんな優しい。意外にもウケがよくて、おもしろがってくれたり、あたたかな反応がかえってきたので、わたしもすっかり楽しい気分になって、この国の人たちと仲良くなれる気がしてきた。

母国語以外で、言葉が通じることで広がる世界にわくわくした最初の経験だったのかもしれない。(とは言っても、返ってきた返事は何を言われているのか、ちんぷんかんぷんだったのだけど。)

一連のやりとりをにやにやおもしろがってみていた仕掛け人の父は、その後も、パリの街角のカフェのお兄さんや、小学校の校長先生にまで(!)、娘の「こもんちゅたぺーる?」を披露させた。

そんなわけで、5歳のわたしにとって、「こもんちゅたぺーる?」は、大人も子どもも、みんなと仲良くなれる魔法の言葉だった。

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昨年の初夏、夫の出張に家族で便乗して2週間ノルウェーのオスロに滞在した。3歳の娘にとって、初めての海外だった。

世界中で英語が通じる世の中だけど、その国の言葉を話せると、現地の人との心の距離がぐっと縮まるということを、フランスでしみじみと感じてきたわたし。せっかくなら、現地の言葉をひとつだけでもと思って、Youtubeを見て娘に覚えさせたノルウェー語が「ヤイ へーテル アン(わたしの名前はアンです)」。

おしゃべり好きの娘は、旅行中、公園で遊んでいた同じくらいのお友達や、トラムで隣り合わせになったおばさん、滞在していたアパートホテルの清掃員のおじさん、夫の同僚などにも、ひとつ覚えのように、この「ヤイ へーテル アン」を連発していた。

覚えるのも、忘れるのも、あっという間のお年頃。

きっともう昨夏の旅の記憶はないだろうと思っていたら、つい先日友人の結婚式に家族で参加したとき、海外からのゲストに「ヤイ へーテル アン!」と娘が繰り返し言っている姿を見た。

あなたのお名前は?
わたしはアンだよ!
お話をしよう!
お友達になろう!

娘のそんな想いが伝わってきた。

娘にとっての「ヤイ へーテル アン」は、わたしにとっての「こもんちゅたぺーる?」とおなじ、世界への扉を開いてくれる、おまじないの言葉なのかもしれない。


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